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Tokyo Dusk  作者: 藤宮 柊
7章『白い器』
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【Scene 15:漆黒の烏】


「……くだらん茶番だな」


空気がひっくり返った。


冷えが背骨を逆流し、耳鳴りの手前で音が潰れる。

重い扉が、傷んだ蝶番を気遣うように、ゆっくりと口を開いた。


黒衣の男が、入ってきた。

足音はない。それなのに、心臓の裏を黒い爪で撫でられるような不快さだけが、確かに近づいてくる。


「……ッ、クロウ……」


アキラとカグラが、同時に一歩退いた。

まるで自分の影を踏みつけられたかのように、肩が硬直する。


「No.81、No.82──随分ぬるんだ場所で遊んでいたな」


番号で呼ばれた瞬間、ふたりの喉がわずかに鳴った。

牙の誰も、彼らの“恐怖”を初めて見た。


「……あんた、誰だ」


低い唸りが、空気を裂く。レインだった。

伏せた睫毛の奥で、獣が牙を畳むように、視線だけが鋭く光る。


黒衣の男──クロウは、塵を払うように片手を振った。


「下衆な侵入者に名乗る義理はない。

私の任務は、感傷遊戯の観客になることではない。

“器”の管理、“異物”の排除──それだけだ」


乾いた金属音。黒の銃口が、まっすぐウィステリアへと向く。

温度が、音もなく数度、下がった。


「待て」


床が鳴らずに沈む。レインが前に出る。

疾駆の直前に身を落とす獣の姿勢。視線は銃口の奥、さらにその先へ。


「勝手に引き金引く気なら──先に落ちるのは、そっちだ」


咲間も一歩、静かに踏み出した。

表情は柔らかいままなのに、瞳孔の奥に、冷え切った火が灯る。


「この場に“牙の意志”を越えて介入するなら──」


「──まず、俺たちが相手をします」


同時に、ヨルが半歩、檻へと体を向けた。

ウィステリアが手の甲で合図し、彼の肩をそっと押し戻す。

咲間の視線が一瞬だけ振り向き、ヨルの前へ薄く壁を作った。


クロウは、退かない。

無機質な視線が、ウィステリア、レイン、咲間を順に測り、最後に檻の中の少女へと止まる。


「器は回収対象。No.81、No.82──貴様らの情動は後で処理する」


その声に、アキラの指がわずかに震え、カグラの奥歯が噛み合った音が小さく響いた。


ウィステリアが、ほんの半歩だけ前へ。

黒髪が揺れ、月のない夜のような瞳が、銃口と一直線に結ばれる。


「ここはもう檻じゃない。……通さないよ」


答えの代わりに、クロウの人差し指がわずかに動く。

引き金まで、あと一呼吸。


牙が誇る二本の刃が、同時に閃いた。

レインの踏み込みと、咲間の線の細い軌跡が、漆黒の烏へ切っ先を重ねる。


静かに、確かに──

“家族”を守るための戦いが、今、始まる。



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