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Tokyo Dusk  作者: 藤宮 柊
7章『白い器』
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【Scene 03:座標】



「……ウィステリア。少しいいか?」


場の喧騒をすっと切り取る声だった。

入口に立つクロノの手には薄型端末。紺の袖口から細いコードが覗く。


彼女は視線だけで応え、湯気の立つカップを咲間へ押しやる。


「お願い。ちょっと見てて」

「……了解です」


黒い裾が椅子の背をかすめ、ウィステリアは立ち上がる。

ふたりはラウンジ奥の小部屋──仮設の作戦卓へ入った。


扉が静かに閉じ、電子音だけが残る。


「外部分析班から回ってきた記録だ」 クロノが端末を叩くと、天板にホログラムが浮く。


粗い上空映像。錆びた通気塔、崩れた梁、瓦礫の海。

右下に走る座標と時刻。今朝、微かな熱源が点いたまま消えない。


「……この座標、見覚えある?」


ウィステリアは目を細める。 名もない施設の跡。

朽ちかけたロッカーの側面に、小さな手形のような錆が残っていた。


「十数年前に放棄された“紅蓮団”の実験拠点。記録上は封鎖済み──なのに今朝、非常用電源の立ち上がりが検出された」 クロノの声は淡々としている。


別ウィンドウが開き、文字列が滲む。 《抑制具/投薬ライン/爆薬残渣》──記録は途切れ途切れ、ところどころ黒塗り。


「……“子供”が関わってた痕跡がある」


嫌な予感が、胸を撫でる。

ウィステリアはホログラムの地図を拡大し、指先で周辺をなぞった。


「この辺り……曖昧だけど、ヨルを拾った地点に近い。関係してる可能性は?」


「高い。いや──本人が見れば、はっきりするはずだ」


短い沈黙。


「“牙”全体で動く必要は?」


「…ない。調査班単位なら動ける。任せる」


「……分かった」


取っ手に触れると、金属はまだ朝の温度をわずかに残していた。 ウィステリアは扉に手をかけたまま、振り返る。


「……クロノ、こういう時だけ静かにしてるから、分かりやすいよ」

「……否定はしない」


ふたりの口元に、かすかな笑み。


次の瞬間、ウィステリアの瞳からは朝の穏やかさが消えていた。



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