【Scene 20:言葉】
静かな夕暮れだった。
牙の拠点の屋上を抜ける風が、鉄と油と、微かに煙草の匂いを運んでくる。
縁は、錆びた手すりに背を預けて空を見ていた。
見慣れていたはずの空は、七年ぶりとなれば、少し遠い。
「──探した。ここにいたか」
肩越しの声に、縁は目だけで振り返る。クロノだった。
手には煙草の箱。けれど、火はついていない。
「記録屋ってのは、こういう瞬間も記録すんのか?」
「さあな。でも、忘れないようにとは思った」
ふたりは並んだ。気まずさはもうない。
それでも、選ぶ言葉は丁寧だった。
「七年前、あの時……お前の言葉、ちゃんと聞いてりゃよかった」
「聞かなくてよかったよ。止められてたら、お前まで巻き込んだ」
「……それでも」
クロノの声がかすれる。もう泣く顔じゃない。
悔しさも後悔も痛みも抱えたまま、それでも立っている“仲間”の顔だった。
しばらく風の音だけが続いたのち、クロノが小さく息を吐く。
「──戻ってきてくれて、ありがとう。家族として」
縁は静かに目を閉じ、短く、確かに答える。
「……ただいま」
未点火の煙草の箱を、クロノがポケットにしまう。
その仕草が「もう十分だ」と告げる合図のように見えた。
藍へ溶けていく空の下、肩が触れるか触れないかの距離で立つふたり。
今度こそ、もう失くさないために。
牙という家族の中で、ふたりはふたたび、同じ風を吸い込んだ。




