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Tokyo Dusk  作者: 藤宮 柊
6章『邂逅』
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【Scene13:祈りの滴】



刃が震えて、喉元で脈と同じ速さに小さく鳴った。


ウィステリアの肩が上下する。

胸の奥からせり上がるものは、もう押しとどめられない。


──ぽたり。


一滴が縁の頬に落ちた。

塩の気配と、鉄の匂い。縁の銀煤色の瞳が、そこでわずかに開く。


続けて、彼女の唇がそっと額に触れた。

赦しではない。別れの口づけでもない。

祈りの形だけが、静かに降りた。


縁の目が揺れる。

その瞳に映るのは怒りでも絶望でもなく、ただ彼を見つめて祈る彼女の黒。


「……好きだったんだよ」


月光の下で、言葉がほどける。


「愛してた。誰よりも、信じたかった」


縁の喉がひくりと鳴る。

声にならない呼吸のあと、かろうじて言葉が零れた。


「……お前の世界を、壊したくなかった」


「俺が黙って消えれば……お前たちの時間は綺麗なままで止まる、そう思ってた」


そこまで言って、彼は唇を噛む。

喉元の冷えを確かめるように、ゆっくりと目を逸らし──戻す。


「……なのに、なんで……そんな顔をするんだよ、ウィステリア」


名を呼ぶ声音は、祈りそのものだった。


彼女の指先が、縁の頬をかすめる。

屋上の夕風、紙巻の甘い煙、訓練の汗の匂い──交わした日々が、刃の線上に重なっていく。


刺せる距離にいながら、刃は震えたまま。

終わらせたかったのに、確かめたかった。

殺すためではなく、“理解”のためにここへ来たのだと、胸が知っている。


風が抜ける。

二人の鼓動だけが、現実をつなぎ止めていた。


──ここから先は、もうどちらにも戻れない。


それでも、想いはまだ、刃先と額のあいだに灯っている。



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