【Scene09:Echo】
街のざわめきが届かない地下通路。
黄ばんだ蛍光灯が濡れた壁を鈍く撫でる。
ジンはコンクリの柱に肩を預け、片耳のレシーバーを軽く指で押さえた。
「……行ったか」
返答はない。無音の了承。
相手はクロノだ。
「やれやれ。いつもワンテンポ遅ぇんだよ、お前らは」
タバコを咥え、火は点けないまま歯で転がす。
白い息が、灯りの下でゆっくり千切れた。
──縁が、生きている。
それをジンは、ずっと前から知っていた。
知ったうえで、黙っていた。
牙がこの“亡霊”を受け止められる日が来るまで、口を閉ざすのが正しいと信じて。
正しかったのかどうかは、今でもわからない。
「……このまま、誰にも思い出されずに消えてりゃ、楽だったのにな、縁」
苦く笑い、通話端末をポケットへ落とす。
立ち上がる足取りは、いつもよりわずかに重い。
かつての仲間を“もう一度、殺しに行く”。
その現実を知った瞬間、ジンは言葉を失った。
自分の沈黙が、彼女の刃を少しだけ鋭くしてしまった気がして。
それでも、背中を押したのはクロノだった。
──「お前にしか言えないことが、あるだろ」
記録屋にしては不器用な、願いの混じった声色。
ジンは小さく舌打ちし、笑いに紛らせる。
「……ったく。お人好し、感染るんだな」
音の切れたイヤホンを片耳に差したまま、歩き出す。
足音が低く地下に反響し、昔日の気配を呼び起こす。
ひとつ、またひとつ──亡霊の残響を踏みしめるように。
ジンもまた、自分の“過去”へ向けて、歩を進めた。




