【Scene 10:記憶に触れる者】
「で、《ゴースト》は?」
情報フロア。ホログラムの光に縁取られた作業台で、クロノは戻ってきたウィステリアとレインを一瞥し、ファイルと識別タグを受け取った。
ウィステリアは煙草を咥えたまま、ソファに沈み込む。
「処分完了。あとはお前が解析して終わり」
「“鍵”って言葉、奴が言ってたらしいな」
「お前、盗聴してんのか」
「いや、レインが言いふらしてた」
「……こいつ……」
クロノはため息をひとつ。タグのデータを読み込み始める。
数分の沈黙のあと、静かに呟いた。
「……断片しか残ってない」
「何が?」
「“記憶”に関する実験記録。一度、全部消されたみたいだ。……だけど、それでもいくつか引っかかる名前がある」
クロノの指が止まる。
「“ウィステリア”ってコードネーム。……一度だけ、研究所の試験資料に出てきた痕跡がある。十年以上前の記録だ」
ウィステリアの目がわずかに動く。
彼女はただ「ふぅん」とだけ呟き、煙を吐いた。
ソファの背にもたれたレインが、横目でクロノを見る。
「それで、“正体”わかんの?」
「……いや。肝心な部分は、全部黒塗りだ」
「じゃあ、また姫が謎を増やしたってことか」
クロノが低く言う。
「黙れ」
そして、最後にもう一言、重く付け加えた。
「でも──確かにあった。“記憶を変える”って実験。その中心に、お前の名前が残ってる」
沈黙が落ちる。
ウィステリアは何も言わずに立ち上がった。
「次が来たら、起こして」
その背中に、レインが冗談めかして言う。
「どうせほとんど眠るつもりなんて無いんだろ? ……姫、記録より先にお前の方が壊れんなよ」
「言ってろ」
彼女は奥の廊下へと消えていく。
残ったのは、煙と紅茶の匂いだけだった。




