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短編2

それを捨てるなんてとんでもない

作者: 猫宮蒼

 ぐぬぬ……花粉症ぐぬぬ……!

(訳 誤字脱字 気になった表現部分は後日そっとサイレント修正します)



 とある国には複数の聖女がいた。

 それぞれ別の神から祝福を与えられた聖女たちは、その力を国のためにと使っていた。


 それぞれの聖女たちの力によって民は恩恵を受け、そうして国を発展させてきた。


 王家は代々そんな聖女たちの中から一人を選び王妃として迎えていた。

 

 王妃に選ばれなかった聖女たちが王家から不要とされたわけではない。

 選ばれなかった聖女は時には王妃の友として、時には側妃として、時には神殿で、各々聖女としての務めを果たしていたのである。


 聖女の血は受け継がれるものではない。

 ある日突然聖女としての力に目覚めるのである。

 それ故に必ずしも貴族の娘の中からしか聖女が現れるというわけでもない。

 実際歴史を紐解けば、初代の聖女は三人、いずれも平民の娘だったという。


 それでも神の祝福を授けられた娘だ。

 生まれがどうあれ、その存在は尊いものとされていた。


 ところが、そうして国が発展していくうちに、少しずつ平民聖女の立場は貶められるようになってきた。


 大して発展していなかった頃は、それこそ他国からの侵略の危険であったり、それ以外の対処できないトラブルなどもあってどの聖女も尊ばれていたが国が豊かになってくると、聖女たちの中でも明確なヒエラルキーが出来上がるようになっていってしまったのだ。



 現在の聖女は三名。そのうちの一人は侯爵家の令嬢。

 彼女は戦の神の祝福を授けられ、兵士たちの力を向上させる加護を持っていた。


 その力によって、兵士たちはメキメキと実力をつけ少数であっても他国の軍勢に負けないくらいの力を得た。


 二人目の聖女は伯爵家の令嬢。

 彼女は癒しの神の祝福を授けられ、多くの怪我人を癒すことができた。

 これにより民は怪我をしてもすぐに治してもらう事ができるため、余程の大怪我でもない限りは命を落とす事もなく、また兵士たちも戦いで死にさえしなければ彼女の力で傷を癒す事ができた。

 その為国での死傷者が大量に出るような事にはならなかった。


 三人目の聖女は平民の娘だった。

 彼女は命の神の祝福を授けられていた。

 けれども、命の神の祝福と言っても死者を蘇らせるだとか、そういった事はできない。

 彼女の加護は健康だった。


 健康の加護、と言われても具体的に何があるわけでもない。


 そのせいだろうか。

 生まれが平民というのもあって、彼女だけが気付けば軽んじられるようになっていた。


 戦の神の祝福を授けられた聖女・ディシュリーと癒しの神の祝福を授けられた聖女・ガルシアは命の神の加護を授けられた平民聖女のノンナを内心で蔑んでいた。

 ディシュリーのように兵士たちの力を向上させてそれぞれが一騎当千と言える程強くできるわけでもなく、またガルシアのように多くの人々を癒す事もできない。

 健康の加護、と言われても本当にその加護が働いているのかすらわからなかったのだ。


 かつて、まだ国が荒れていた時代では食べる物が不足していたりだとか、医者が足りないだとか、薬も買えないなんて者たちが餓死したり衰弱死したり病死したりという事もあったけれど。

 国が発展した今となっては、食べ物に困る事はないし結果として栄養が足りているのでそう簡単に病気にかかるような者もいない。

 それ故国内での医者の数は足りるどころかむしろ少し多いくらいだし、薬だって豊富にある。

 ちょっと風邪をひいてしまった、とかでも薬を飲んで一晩ぐっすり眠れば大抵は治るものだし、昔の荒れた国であるなら衛生面も問題があったから病気というのもよく発生していたようだが、しかし今はそういう事もほとんどなくなっている。


 ちょっとくらい羽目を外して夜更かしして不摂生な暮らしをしたところで、その程度で身体を壊すような者はこの国には存在していないと言ってもよかった。


 なので、健康の加護、と言われても本当にその加護は役に立っているのか。

 ディシュリーやガルシアだけではない。

 王家の者たちを筆頭にその家臣たちも、民ですらノンナの力に懐疑的だった。


 普通に生活をしている限りは、そう体調を崩す事もない。別にそんな加護などなくたって、何も困らないのではないか。


 そういう風に思う者が増えつつあった。


 ノンナの立場が下がったのは、ディシュリーとガルシアが裏でそれとなく噂を流したのも原因と言えばそうなのだが、ノンナはその事実を知る事はなかった。

 神殿で祈りを捧げていても、そもそも本当に加護が働いてるかもわからない。

 ディシュリーもガルシアもどちらも自分が王子に選ばれて次の王妃になるのだと、そうであれと思っていた。

 なのでお互いライバルであるのは言うまでもない。

 だが、もし万が一が起きてノンナが選ばれるような事になってしまったら……とそれぞれがそんな風に思ってしまって。


 平民が王妃になる可能性は限りなく低いだろうけれど、それでも万が一という事はある。

 そう考えて。


 二人はどちらからともなく、蹴落とせる者から蹴落とそうとしたのであった。


 貴族令嬢でもある二人は神殿で祈りを捧げ聖女としての務めを果たした後、茶会などでお互いの派閥の人間を集めいかに己が聖女としてこの国を想っているかだとか、あの平民聖女は本当に聖女としての務めを果たしているのかさえ疑わしいだとか、情報操作に余念がなかった。

 その甲斐あってか、貴族たちの中でのノンナの評判は頗る悪い、というか低い。

 何せノンナは平民なので、二人の聖女のように茶会を開くなんて発想がそもそもなかったし、仮に茶会を開こうにも呼べる友人がいない。結果としてノンナが自らの悪い噂が流れているのを知った時にはすっかり手遅れだったのである。


 巷で流行りの恋愛小説などで身分違いの恋なんてものがあるせいで、ノンナに王子が惚れる可能性があったのも二人の情報操作に力が入った原因だったかもしれない。

 まぁ、実際の王子は聖女だからとて平民に興味を示す素振りはこれっぽっちもなかったのだけれど。


 しかし、そのせいで。

 ますますノンナの立場だけが低くなってしまっていた。


 別に加護がなくたって、規則正しい暮らしをしている平民たちにとって健康なのは言うまでもなかったし、ましてや兵士たちも鍛えているのだ。そう簡単に病気に倒れるような事もなければ、風邪をひくような事もない。


 少々怠惰に暮らしている者たちだって、別段大病を患うような事がなかったがために。


 平民聖女の立場は勝手にどんどん下がっていった。

 それはまるで坂道を転がり落ちるかの如く。


 だからこそ、こうなるのは時間の問題だったのかもしれない。


 偽物聖女と呼ばれるようになって、とうとうノンナは国から追放されてしまったのだ。

 聖女を偽った罰として処刑、とかまでは言い出されなかったけれど、のんびり荷物をまとめるような猶予は与えられなかった。ほとんど着の身着のままで追い出されたノンナは、国境にある関所から隣国へと追い出されてしまったのである。

 

 その事実に慌ててノンナを追いかけたのは、幼馴染のダニエルだった。

 ノンナの両親はノンナが幼い頃に死んでしまって、それ以来隣に住んでいたダニエルの家が彼女を引き取り世話をしていた。ダニエルは大急ぎで家に残されていたノンナの荷物をまとめ、自分の荷物と一緒に抱えてノンナを追いかけたのである。


 ダニエルの両親も後から追いかけるつもりだった。


 ノンナの加護がなくなったなら、きっと大変な事になるとわかっていたから。


 国境から追い出されたノンナは途方に暮れつつも、とりあえずそれなりに人が多いところを目指そうとしていたが、歩みは重い。

 自分は自分なりに聖女として頑張ってたんだけどなぁ……としょんぼりである。

 ディシュリーやガルシアのように目に見えてわかる力を使えこそしなかったが、それでも。

 精一杯聖女としての力を使っていたのに。


 追い出されてしまったものは仕方がない。

 そう割り切って、とりあえずどこか町に着いたら日雇いの仕事でもしてどうにかしてお世話になったダニエルの家に手紙だけは出そうと思っていたのだが、それよりも先にどうにかダニエルはノンナに追いついた。

 追放先がわかっていたからこそ合流できたけれど、もしわからなかったら合流する前にダニエルは倒れていたかもしれない。

 それくらい疲労困憊だった。


「父さんと母さんも後から追いつくって話だから、とりあえずこの町でしばらく腰を落ち着けよう」

 ダニエルの提案に、ノンナとしては文句は言えなかった。

 無一文で放り出されて、宿をとるにもご飯を食べるにも着替えを入手するのだって、何をするにもまずは仕事を見つけなければならなかったのだ。

 けれども馬をとばしてダニエルはノンナのところへ大急ぎでやってきたので、ノンナは宿の住み込みの仕事を五日するだけで済んだ。

 国を追い出された事で、ノンナの加護がなくなってダニエルは一刻も早くノンナのところへ行かないと自分の体調が不味い事になるとよくわかっていた。


 なので合流した今、もうノンナと離れるつもりはない。


 両親もそれを見越してダニエルに旅費を多めに用意してくれたのだから。


「ダニエルは私の力を信じてくれるのね」

「それは勿論。信じないわけがない」

「そっか……そっかぁ……」

「うわ、泣くなよ」

「ごめん。思ってたより誰からも信じてもらえないのって、堪えたから」

「あー……うん、と……逆に考えるんだ。自分を信じてくれなかった奴にまで加護を与える必要なんてなかったんだ、って」


 ダニエルは饒舌なタイプではない。それ故に慰めるのも苦手だったけれど。

 それでも自分なりに励まそうと試みた。


「聖女としての力に目覚めてからは神殿で暮らしてたけど、最初は良かったの。でも段々周囲の目が冷たくなって、食事も段々質素なものになって……聞こえるかどうか、くらいのギリギリの声で役立たずとか、ごくつぶしとか、他にもね、いっぱい嫌な事言われるようになって」

「だったらなおさら見捨てて正解だ。あいつら、ノンナがどれだけ凄いかわからないなんて、残念な頭してるよ」


 ぽろぽろと涙を零すノンナを慰めようとして、しかしダニエルは躊躇った。

 この場合、頭撫でて大丈夫だろうか。抱きしめる……のは流石に問題があるか……?

 そんな風に考えて、ちょっと手が彷徨う。

 結局弱った心に付け込むような気がしたので、ダニエルはぎゅっとノンナの手を握るだけに留めた。

 というか、頭を撫でたり抱きしめたりして嫌がられたらダニエルの心が死ぬのであまり大胆な行動に出られなかっただけとも言う。


「まぁ、その、なんだ。

 ノンナがもういいっていうまでは、俺も、父さんも母さんも一緒にいるからさ。

 だからさ、元気出せよ。

 一緒にいるのが嫌なら距離をとるからさ。ただその、加護の届く範囲にいるのは許してほしい」

「嫌だなんて言わないよ。お父さんとお母さんが死んだ時にこれからは自分たちが家族になるっていってくれたおじさんやおばさんには助けられたし、ダニエルがいてくれたから立ち直れたもの」


 ノンナが聖女の力を得たのは、両親が死んでからだった。

 もっと早くに聖女の力に目覚めていたなら、もしかしたら両親は生きていたかもしれない。そう考える事もあったけれど、結局のところそんな風に考えたところで既に両親は亡くなった後だ。

 後悔するにしても、自分が聖女だという自覚があったわけじゃない。もっと早くに覚醒していれば、なんて思う事は無意味だった。


 数日遅れで追いついてきたダニエルの両親と一緒に、ノンナはそれなりに賑わっている町へ移動することにした。


 王都に近い町で暮らしているうちに、ノンナが聖女である事が知られてしまったけれど、しかしあちらの国と違ってこちらの国では聖女だからとて別に神殿にこもって生活しなくてもいいらしい。

 ただ、時々祈りに来てほしいと言われて、それくらいならとノンナは了承した。



 ダニエルは自分が生まれ育った国だったけれど、しかし今となってはあんな国滅んじまえ、くらいに思っていた。

 お貴族様なんてのは自分よりたくさん勉強させられてもっと賢い連中ばかりだと思っていたのに、しかし実際はどうだ。

 ノンナの加護を軽んじて、平民だからと蔑んで。挙句の果てには偽物聖女なんて言い出して追い出した。

 それだけで、ダニエルにとってあんな国知らん、と言い切るくらい嫌いになるには充分だった。


 ノンナが聖女として目覚めるまで、ダニエルは病弱だった。

 夜風に当たれば風邪を引き、季節の変わり目に体調を崩す。雨が降れば頭痛はするし、何をするにもすぐ息切れして寝込むのだ。


 きっと自分は長くない。

 そう思っていた。

 幼馴染のノンナはそんな自分を心配してよくお見舞いに来てくれていたけれど、ノンナの親が死んだ事でそれどころではなくなった。

 ノンナに他に親戚がいるとは聞いた覚えがなかったから、このままだとノンナは孤児院に行くしかない。

 けれど、先が長くないと思ったダニエルは両親に最後の我侭を聞いてほしい、と息も絶え絶えに言ったのだ。

 ノンナをこの家の子にしてあげてほしい、と。

 自分が死んで両親が悲しむくらいなら、ノンナを自分の代わりに面倒を見てほしいと。


 ノンナはダニエルにとって唯一の友達だった。

 身体が弱くて外で滅多に遊ぶこともできないせいで、同年代の友人を作る事すらできなかったダニエルに唯一寄り添ってくれた優しい幼馴染のノンナ。

 親を失ったノンナと、これからダニエルを失うであろう両親。

 そんなことを言い出したダニエルに母は「なんてことを言うの!?」と叫んだし、父も「馬鹿な事を言うな。簡単に死ぬなんて言うんじゃない……!」と怒ったけれど。


 それでも二人はダニエルの我侭を叶えてくれた。


 人を一人養うのがどれだけ大変な事か、あの頃のダニエルはそこまで考えが及んでいなかったのに、両親は今にも死にそうなダニエルの我侭を叶えてくれたのだ。


 ところがその後ノンナが聖女の力に目覚めた事で。


 ダニエルの体調はみるみる良くなっていった。

 季節の変わり目に体調を崩す事も、ちょっと夜風にあたって体を冷やしただけで風邪を引く事も、ましてや雨の日に身体が重怠くなる事もすっかりなくなってしまったのだ。

 外に出て走り回る事だって難しかったのに、それも苦じゃなくなった。


 世界が広がるようだった。


 だからってダニエルはノンナを置き去りに今までできなかったことに熱中するような事もなかった。

 嫌でも気付いた。寝込んでいるダニエルの看病をするノンナが、良くなりますようにと祈った事でダニエルの体調は本当にどんどん良くなっていったのだから。


 その後でノンナが聖女であると発覚したのだから。


 生憎聖女である事が周囲に知られてしまったから、ノンナは家を出て神殿で生活することになってしまったけれど。

 それでも、同じ国に暮らしているからこそ、ダニエルはノンナの聖女としての加護で健康を得ていたのだ。


 あの辛い日々を忘れた事なんてなかった。

 ノンナがいなくなったらきっと自分は死んでしまう……!

 割と本気でそう思えていた。


 あの国の連中のほとんどは確かにノンナの加護なんてなくたってそこそこ健康だったから、ノンナの加護がどれだけ凄いかわからなかったのかもしれない。

 けれどダニエルは知っている。

 ノンナの加護がない場所へ行けば、自分の虚弱体質が復活するであろう事を。

 しかも今それがぶり返せば、今まで健康だった反動できっと一気に重症化するであろう事も。


 健康になってからダニエルは身体を鍛えたり色々と健康に良いと思える事をしてきたけれど、しかしノンナの加護がなくなった時点でどこまで自分が健康体になっているかは未知数。

 いなくても問題ない、というくらい元気になっているかもしれないが、その可能性に賭けて楽観視できる程ダニエルは甘く考えられなかった。


 だからこそ、追放されたと知ってすぐさま追いかけたのだ。

 追いつく直前で結構ギリギリだったので、ノンナがいない人生となるとダニエルは間違いなく早死にする。


 きっと、国一番の虚弱体質だった自分だからこそノンナの有難みを誰よりも知っているのだと、そう断言できる。


 ダニエルはノンナを失って死ぬくらいならノンナを追い出した王家に喧嘩売って死んだ方がマシだと思っていた。まぁ実際喧嘩売る暇があるならノンナのところに駆けつける事を優先させたし、ついでに言うならあの国はもう――



 隣国の状況が書かれた新聞を、ダニエルは一通り読んでからざっくりと折りたたんでテーブルの上に置いた。


 この国に来てから半年が経過している。

 半年。

 その半年で、かつての自分たちの故郷は随分と様変わりした。


 まず季節の変わり目で寒暖差が生じ、結果として風邪を引いて寝込む者が増えた。

 それだけなら薬を飲んで暖かくして寝てしまえばすぐ治っただろう。ノンナの加護があった頃なら薬を飲まなくてもご飯を食べて栄養をとってよく寝るだけでも治ったかもしれない。

 今までと同じようにすぐ治ると過信して、食事を抜いたり寝不足だったりと生活が不規則だった者からどんどん悪化していった。

 そうして肺炎拗らせて亡くなった者まで出たのだ。


 流行り病か、なんて見出しで新聞にその事が書かれていたのは、四か月前の新聞だった。

 一人二人が風邪を引いたくらいじゃそこまで大事にならなかっただろうけれど、あまりにも多くの者たちが一斉に風邪を引いて寝込む形となってしまったために、流行り病の可能性が浮上したのである。


 しかも寝込んだのは平民だけではなく、貴族もそうであったし、兵士たちも多くが倒れる事となった。


 一騎当千の力を発揮する屈強な兵士たちですら倒れたのだ。

 バタバタと倒れ、今まで医者と病院はむしろ余るくらいだったというのにあっという間にどこの病院も患者で一杯になってしまった。

 そうなると次に倒れたのはその医者たちである。

 突然忙しくなって患者を診ていくうちに自分の体調管理もままならなくなり、ちょっとふらっとしたなと思ったらもう駄目だった。


 医者だけではない。

 それ以外の仕事をしていた者たちも仕事どころではなくなって病院もいっぱいのせいで自宅で寝込む者が大量に出た事で、あの国は一気に活気を失う形となってしまった。


 それだけではない。


 今ダニエルたちが暮らしている国とは別の国から流れてきたならず者たちが入り込み、余計な抵抗もできない今がチャンスとばかりに略奪の限りを繰り返した。


 今までなら兵士たちが守りに入って保たれていた平和は、兵士たちが動けなくなった事ですっかりと無防備なものになってしまったのだ。

 流行り病の可能性も勿論あったけれど、しかしそれすら恐れぬならず者たちが国で略奪の限りを繰り返した後、自分の身体はなんともないなと気づくのは当然の流れであったし、ならず者の中にはかつて医者として働いていた者もいたので、国で倒れ寝込んでいる者たちの症状が流行り病などではない、という確信を得るのも早かった……らしい。

 そうして悪党から悪党へあの国は今が狙い目だと話が流れ、あっという間にあの国は多くの悪党どもがやって来るようになり――

 最終的に乗っ取られたのである。


 だが、それを良しとする他国ではない。

 それぞれの国が悪党どもで築き上げられる王国など赦してはならないと大義名分を掲げ、そうして国に攻め入った。その頃には流行り病などではなかった事はとっくに周辺の国にも知られていたし、それ故に二か月前の新聞ではそんな悪党どもが周辺の国の連合軍によって討伐された事が書かれていた。


 そして今回の新聞で、かつてダニエルたちが暮らしていた国が完全に解体され、周辺の国に分割されて新たな領土となったというのが記されていたのである。



 かろうじて生き残っていたあの国の人間たちは、助けた医者の診断で他の国の人間より体が弱い事が発覚した。

 ダニエルも相当だったが、それ以外の者もノンナの加護がなければ他の国の一般人以下だったというのだから驚きである。


 一騎当千の力を与えられる加護を持ったディシュリーの力は、虚弱体質になってしまった兵士たちにどれだけ使ったところで効果がなかった。

 どれだけ強大な力を得ても、それを使う器が脆ければなんの効果もなかったのだ。

 むしろ無理に身体を動かしたことで余計に疲労が溜まり、症状を悪化させる事になってかろうじて軽症だった兵士たちはそれがトドメとなってバタバタと倒れてしまった。


 ガルシアの加護は怪我人を治すものであって、病人の治癒には至らなかった。

 自然治癒力を高めようと聖女としての力を使っても、同時に体内で暴れまわるウイルスまで強化してしまうのか、これもまた多くの犠牲者を出す形となってしまった。


 ガルシアの癒しの力は定期的に国中に広まる形で使われていたけれど、今まで健康だった時は問題なかったが身体が弱り免疫も低下した状態でそれを行った結果、今まで潜伏していた他の病まで発症させる形となってしまったようだ。

 ガルシアは自分の体内に巣食っていた病魔を強化する形となり、自らの力で自滅した。

 新聞にはそこまで詳しく書かれていたわけではないが、ダニエルは何となく書かれている内容からそう読み取った。


 ディシュリーも多くの民や貴族、果ては王子から身体を強くする加護が全く効果がないとなり、役立たずと罵られ、詰られてすっかり心を病んでしまったらしい。

 彼女の加護はあくまでも戦におけるものであり、戦が絡まない場ではあまり効果がなかったのである。



 最終的に他の国に吸収される形となったかつてのダニエルたちの故郷は、その名を地図からも消す形となったのであった。



 ノンナの事を偽物聖女なんて言って追い出した罰が当たったな……としかダニエルは思わなかった。


 健康がどれだけ重要であるか、彼らは全く気にする事もなかったのだ。

 それが当たり前であるとばかりに。


 実際こちらの国に来てノンナが時々祈りを捧げる事で、この国にも健康の加護が与えられるようになってから、今まで身体が弱かった人たちも段々元気になってきていた。

 加齢による身体の痛みも、健康の加護によって和らいでお年寄りが前よりイキイキしているとご近所さんが盛り上がっていた。


 この国ではノンナの加護を馬鹿にする人はいない。

 故国と比べて健康な人たちが多いとはいえ、それでも怪我はするし、病気に罹ったりもする。ふとした身体の不調はいつだって潜んでいたのだから、そういったものと少しだけ無縁になったというのはとても有難いものである。


 こちらの国の聖女は一人が貴族の娘でもう一人は平民だが、どちらもノンナと気が合ったのか今ではすっかり仲良くなってちょくちょく遊びに行っている。

 今まで神殿で辛い目に遭ってきたであろうノンナが楽しそうなのはダニエルにとっても嬉しいので、ノンナが帰って来てから楽しそうに今日あった事を話してくれるのを聞くのは、ダニエルにとっても楽しみだった。


 というか、聖女の祈りは仕事の一環として認められているのでノンナは数日おきに祈るだけでそれなりにお金を貰えている。これはどこの国でも同じだ、と後になってから聞いて、ダニエルは思わず言ったのだ。

「やっぱあの国滅んで正解だったな」


 平民聖女と軽んじて、神殿で粗末な食事しか与えられなかったノンナの話から給料が支払われていないのは明確だった。


 この国にもかつてのお隣の国の土地が一部与えられたけれど、その事実もあってあの国の生き残りは受け入れなかった。ダニエルからすれば当然だなとしか言いようがない。

 精々失った健康に思いを馳せて、他の国で苦労しながら生きていけばいい。

 ダニエル的には死んでしまえと思う気持ちもあるのだけれど。

 ノンナはそこまで思っていないようなので、そういう事を口に出してノンナが悲しむのはダニエルにとっても望まないからこそ。


「あの国の奴らでノンナを大切にしなかった奴は皆禿げればいい」


 くらいの恨み言で済ませる事にした。実際に髪を毟り取りにいかないだけとても優しいと思う。



 そんなダニエルは、両親に太鼓判を押され、薬師として親の跡を継ぐ事となった。

 それから、ノンナとの結婚も控えている。


 ダニエルの代わりとしてノンナを助けてあげてほしい、とかつて願ったもののダニエルの両親は養子としては迎えなかった。

 もし養子としていたら、血の繋がりがなくともノンナとダニエルが結婚することは難しかっただろう。

 血が繋がっていてもいなくても。

 どちらにしろこれからもノンナはダニエルにとって大切な家族である事に変わりはない。


 ノンナの加護に甘えてしまわないよう、健康である状態でダニエルは身体を鍛える事を日課としていた。

 気が早いがもしノンナとの間に子供ができたなら。

 子供と目いっぱい遊んでやりたいな、というのがダニエルの小さな夢である。



 その夢が叶うのは、案外すぐである事を今のダニエルはまだ知らない。

 書いてる途中でふとこれ長編でやればよかったなって思い始めたので後日長編に手直しして投稿する予定です。でも多分内容そこまで変わらないで蛇足が増えるだけに終わる気もしている。

 需要があってもなくてもやりたいように書き散らかしていくスタイル(∩´∀`)∩


 次回短編予告

 幼馴染が嫌いだ。だから私は――


 次回 幼馴染の引き立て役でした

 投稿は近いうちにできたらいいなあ(願望)

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― 新着の感想 ―
ひとつ気になったのは、「本当にその加護が働いているのかすらわから」ないような加護なのに、加護持ちの聖女だってちゃんと認定されたんですね?ってところ。 誰が判定したの?神託とかあったのかな?それとも教会…
単純に健康の加護の影響でどんだけ無茶しても耐えられるし元気だから自爆した感があるなぁ······ そもそもノンナが聖女に覚醒してからの期間長くても十年程度だろうし それでここまでの事態に至った辺り、 …
> まず季節の変わり目で寒暖差が生じ、結果として風邪を引いて寝込む者が増えた。 これ体感気温の話じゃなくガチ気温の話だった場合、農産物の生育にも影響して食糧難併発してそう。 健康の範囲が国民だけじゃな…
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