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07 増える思い出と芽生えと理由

 お泊まり会はある意味いい思い出になった。それを噛み締めつつの一週間が過ぎ――ちあちゃんに誘われて、再び遊ぶ日となった。待ち合わせの、ちあちゃんの家の近くの駅の前にて――

「ちあちゃ~ん!」

「むーちゃ~ん!」

 名を呼び合ったのは、あたしが駅から出て来たタイミングだった。

 まずは手と手で触れ合って、ハイタッチみたいに出会った。

「……みーちゃんとあーちゃんは?」

 と、あたしが問うと。

「今日はというか、今日も、私だけ」

「そう…? そっか……まあ、その予定でいいんなら…。それで、どうする?」

 ちあちゃんは何か決めていたようで、「それなんだけど」と話し出した。

「今日はうちの近所で色々体験コ~~~ス!」

「おお~っ」

「まずは…コーヒーカップ陶芸体験」

「えー、楽しみ」

 今いる所から何駅か移動して少し歩くと、お洒落なお店を発見した。カップの形の看板に「製造体験で作ったものは出来上がりを宅配します」とある。

 戸を開け、入ると、少し年配な女性が駆けてきて。

「いらっしゃいませ、体験ですか?」

「はい」

 ちあちゃんはそう返事をすると、代金を財布から出したようだった。

 入ってすぐの所にカウンターがあり、色々と手続きがあって――「はい、ではこちらへ」と言われると、ワクワクの中、店の奥へと案内された。

 土いじりは思った以上にうまく行かない。力を抜いて、流れに逆らわないように……指を引っ掛けないように……などなど気を付けて、やっと、「ふぅ」と思い通りに形は完成。

「ちあちゃんはどうなった?」

「こんな感じ」

 ちあちゃんのは小さなカップだ。あたしのはもう少し縦長で底がそんなに広くない。

 今日は帽子を被っていない。メガネとメイク、特に涙袋を暗色で強調して変装していて、髪は左肩に掛かるように白いヘアゴムでフィッシュボーンにしている。そんな自分には今は似合わないように見えるかもしれないけれど、カップの持ち手を付けてもらうと、あたしは、このカップの柄を、花や羽にしたいと思った。まずはボールペンでそのイメージの下絵。そして筆を手に取り、その絵に色を付けていく。まるで色付いていくあたしの生活そのもののように思えた。しかも絵は、自分で意外と思う程にうまく行った。

「ちあちゃんはどう?」

 と、あたしが覗き込むと、ちあちゃんはかなり自信あり気に。

「私のは、パンジーとかクローバーを横に一周並べた感じ」

 見ていると、その色は、どんどん、下絵からはみ出たり、ごちゃっとしたりしていった。

「い……いや、これ…独特な味があると思うよ! あたしは好きだよ?」

「むーちゃん……ありがとぉ~……」

「何なら戻せるけどどうする?」

「……ううん、この思い出を大事にしたいから…、これを大事にしたい。これを焼きたい」

「…そっか」

 と、あたしは嬉しくなった。どんな思い出も大事にしてくれそうだからかな。

 そんなこともあり――次は、ガラス細工体験へと、ちあちゃんは、連れて行ってくれた。

 ガラスで、可愛いコップ作り。それはどうなったかと言うと――

「やった、可愛くできたっ」

 というあたしに対し、

「これは私も綺麗にできたよ。いいぇい」

 と、ちあちゃんも満足顔だ。あたしもつられる。

 どちらの店でも、配達先はちあちゃんの家ということになった。あたしの住所バレをちあちゃんが気にしたからだった。守られてる感じがして地味に嬉しい。

「じゃあ、あとは私の家にゴー!」

 あたしがちあちゃんの家に行きたいと前々から言っていて、それを予定に入れてくれた。そんなちあちゃんの家はというと、マンションの一室だった。

 STEOP(スティープ)能力に目覚めた身として、一人暮らしの人は多い。ちあちゃんもそうだという事で、「いらっしゃい」と言ったちあちゃんに中からの声もなく、あたしが「お邪魔します」と言うのは誰からも邪魔されなかった。

 台所やリビングはシックな白やベージュ、グレーでまとめられていて、リビングにはぽつぽつと可愛らしいクッションや小物の存在感がある。そんなリビングにある組み立て式っぽい「棚ソファー」に座ったあたしに、ちあちゃんが。

「レモンティーがあるけどどう? あとは、アップルティーとピーチティー」

「ピーチティーが飲みたいな」

「オッケー」

 その後の雑談にも花が咲き、「えぇ~、そんなことあったの~?」なんて、笑って話した。

 友達とそんな時間を過ごせているというだけで、あたしはもう幸せだ。今が一番、心安らいでいる、そんな気がする。

 夕食は近くの店で食べた。注文前にちあちゃんが、「お酒、飲む?」って聞いてきたけど、あたしは飲まない。ちあちゃんはその返答でちょっと驚いたみたいだった。

 部屋に戻ってから風呂の用意をされて、あたしが先に入った。あたしが出てからちあちゃんが入った。つまり今、あたしはパジャマ姿。最近買ったヤツだ。

 そういえばシャンプーの残りが少なくなっていた。

「ねえ、ちあちゃん、シャンプーの替え、あるの? 少なくなってた」

「あぁ――そこの、鏡の前に立って左下の白い戸棚の中にあるから、それをすぐそこに置いてくれたら――」

 バスルームのすりガラスの戸を開けて、見える所に、詰め替え袋を置こうとしたその時だった。

 ちあちゃんの顔が近かった。

 ドキッ――として固まってしまった。ちあちゃんは大きくて綺麗でガッシリしていて可愛くて――。

 その時だ。

 あたしは、このバスルームにあるハズのないものを見て、急いで戸を閉めてしまった。

 ――えっ。……え? どういう…。あ、そういう事……?

 あたしは自分を落ち着かせて、リビングで正座をして待った。上がって着替えたちあちゃんは、すぐにこちらに来て、隣に、略式の体育座りみたいにして同じ向きで座った。ただ、ちあちゃんは頭の上にタオルを乗っけたまま、あたしに顔を見せようとはせずに――視線は平行線のまま。

「ごめんね、言わなきゃって思ってた。でも……」

「みーちゃんとかあーちゃんは知ってるの?」

「それはもちろん! ふ、二人は…知った上で友達でいてくれて……」

 あたしは、ソレをどうしても言葉にできなかった。

 まっすぐ前を――同じ方向を見ている。

 あたしも、楽な姿勢をしないと疲れそうだと思ったので、同じ体育座りに近い形にした。

 そんな姿勢同士でふたりともが黙っていた。

 数十秒が経過してからちあちゃんの声が聞こえた。

「もう…私の気持ちも言うけど……そもそも、私は男の人を好きになれなくて……いつも、ドキッとするのは女の子だったの」

「………それで?」

「それで――私にそういうところがあるのを、何となく親も分かり始めた時に……せめて孫の顔は見たかったのに…って言っているのを、聞いちゃって――」

「だからSTEOP(スティープ)能力が発現して、その時の気持ちが…?」

「だと思う。そのためだけに生えたの」

 あたしを気遣ってか、ちあちゃんは自らあたしから少し離れた位置に座り直した。

 そうかと気付いた。

 ――あの時……遊園地で押し離されたのは……あの時はバレたくなかったから…なんだな…。

「むーちゃんに惹かれたのは、素直な気持ちなんだよ」

 それは泣き出してしまいそうな声だった。

 それを耳にしたからか、ちあちゃんのことが、雨の中で震える仔犬みたいに見えた。

 気持ち悪いと言われるんじゃないかとか、変な噂を流されるんじゃないかとか、友達を失うんじゃないかとか――そんな風に不安だったに違いない。だって、あたしもそうだったから。

「あたしは味方だよ」

 守らなきゃと思った。

「ホントに?」

 ちあちゃんの周りから去っていった人もいたのかもしれない。

 あたしのことを何度も守ってくれて本当は明るい人で、本当は可愛い所もいっぱいあって――、一緒にいると楽しいのに。そう思うと、今度は、守らなきゃという気持ちは去って、守りたいという気持ちが前へと出てきた。

「ちあちゃんはあたしを守ってくれた。守ってくれてる。あたしにもちあちゃんを守らせて。あたしはちあちゃんが好きだよ」

 言い終わった時、「ああ、これが本当の気持ちだ」と思った。すべてがしっくり来る。最初から好きだったんだ。男装の姿も普段の姿も、守ってくれたことも支えてくれた声も。運命の出会いはある。これがそうなんだ。

 夕日の中の――あのゴンドラの中での――横顔はカッコよくもあり可愛くもあった。

 今までのちあちゃんのすべてが好きだ。

「私もだよ」

 ちあちゃんがそう言った。そこへあたしから近付くと、またちあちゃんの声が。

「私がこうだから色々と悩むこともあった。男装カフェで働いているのは、この体の変化があったから、ちょうどいいと思って…ガッチリしたものを穿いて――性格上、合ってるんじゃないかとも思ったから」

「そっか」

「…でもね」

「ん?」

「可愛い服とかにも興味がないワケじゃなかったの。悩みながらも働いて生活してく中で――ある時ふと、雑誌を手にして、おすすめのファッションとかコーデをパラパラ見てたら――見付けたの。輝いてた。なんて凄いんだって思った。色んな物を、色んな表情で、ほとんどどんな物でも着こなして――。その中で、私に合う物を探して着られればと思った。手本だった。私の天使だった。普段の自分でもイイんだよって言ってくれてる天使に思えたの。こんな私でもイイんだって、言われてる気がした。だから――私、むーちゃんのこと尊敬してて、大好きで――会ったらやっぱり大好きで――」

「あたしもだよ」

 ついて出ていた。思い出したからだった――あの川沿いの雲間からの光とちあちゃんを。

 襲われたことも思い出した。救われたことも思い出した。今日の笑顔も。

「あたしも……天使みたいだって思ったんだよ、あの川沿いで」

 あたしはちあちゃんの腕に自分の腕を絡めて、手をつないだ。指を、ひとつひとつ、絡めた。

 あたしも告白したくなった。こちらからは何も明かさないというのは違うと思った。ちあちゃんならきっと味方なってくれる、そう思うから言いたいし、そうじゃなくても言おう――ウソにしない――それがあたしの決意だった。

「あのね」

 話し始めようとしたあたしにちあちゃんが問う声が――

「何?」

 と聞こえてから、深く暗い海に飛び込むような気持ちで、言葉を紡いだ。

「あたしは男だった。女性を好きになることはあった。多くはそうだけど男性を好きになることもあった。なんで自分は女じゃないんだろうって思うこともあった。男の時、男に連れられて酷いこととは教えられずに酷いことをされた。…舐められたの。大人が普通にすることだってむしろ嘘を教えられてさ。騙されて。そういう事をなんにも知らない頃に、あたしは既に汚されてたの。女にも酷いことをされた、変に脅されて。されたことの重みを知ったのはもっと大きくなってからで、アレは普通のことじゃなかったんだって知った時、自分を引き裂きたくなったし、クズと同じ性別の自分を大嫌いになった。自分って何? されるがままの人形と同じ? 男なんてキモい。そう思ったけど、あたしも同じ男。気が狂いそうだった。ホモって言われたこともあった。否定した。女だったらと思った、その時好きな男がいたから。女みたいに彼を好きでいたかった。別の人から告白されても、断った。それほど気にしていたはずなのに、会わないでいる間に諦めて…こんなの気の迷い、そう思ったけど、どんどんあたしは男っぽくなっていって、嫌だった。自分の全部が嫌だった。女の人を好きになっても結ばれなかった。男でいていいのかどうか、よく分からなくなって、もう考えないようにして、あんなことがあったことも全部忘れたかった。でもできなかった。ずっとチラつく。きっとどっちの性のどんな人と付き合っても、あの人があたしにした行為を、あたしは思い出す。あたしは……小さい頃から本当は壊れてた! 鏡を見て自分にしっくり来なかった。周りがどんなにあたしを褒めても、欲しい言葉じゃなかった。可愛くなりたかった。それがあたしなんだ…って、鏡を見て思いたかった。いじめをされて、苦しんでたのに、家族にも分かってもらえなくて。男のまま頑張って、誰かに親切にしても避けられて、男も女も人間そのものが嫌いになった。もういい…って、何度思ったかも分からない。ユニセックスな服、中でも丈が長くて可愛い服なんかが好きだった。やっぱりあたしは鏡に可愛い自分を映したかった! でも…人が怖かった。怖くて嫌いで、頑張っても…触られたくないのに髪を触られたりして…! 気持ち悪かった! 怖かった! 誰もあたしを丸ごとは理解しない! 味方なんていないと思った。がんじがらめ。可愛くなるのを諦めて頑張らなきゃいけない、そう思って頑張ってた時の自分の声も、大嫌いだった!」

 いつの間にか鼻声になっていた。鼻はジュクジュクと音を立てた。

 吐息交じりに、ひっくひっくと、あたしは泣いていた。

 涙を拭きながら続きを話した。

「何もかも。何もかもが実を結ばないと思ったら――死にたくなった。手首を切るのを想像したのは大人になる前にもあったし、あとならもっとあった。でも死ぬ勇気もなかった。せめて女だったら着たい服も着れたのに。せめて可愛かったらバカな男みたいに思われずに済むのに。せめて可愛かったら――」

「それで可愛い女の子になったんだね」

「……うん。えへ、可愛い? 今のあたし――」

「可愛いよ」

 ありがとうとは言わなかった。代わりに、もっとピッタリ寄り添った。

 しばらくしてあたしから言いたくなった。

「今は……今のちあちゃんはカッコいいなぁ……。可愛いしカッコいいし、好き。どうだろうと、ちあちゃんはちあちゃんだよ」

「むーちゃんも。あんな風にやれてるんだもの。カッコイイし可愛い。大好き」

 腕を絡めたその先で、指を交互にしてつないだその手に、ちあちゃんの右手が添えられた。

 その温かさをじっくり感じてから、あたしから言いたくなった。

「ちあちゃんはあたしの天使だよ」

「むーちゃんも。私の天使」

 いつか、あたしは忘れられるんだろうか。

「これからも一緒にいたい。たまに、今日みたいに、遊びたい。……ずっと。……いい?」

 と、あたしが言うと。

「いいよ」

「付き合うってことだよ」

「ぐふっ」

「ちょっと。今の雰囲気でそういうこと――」

 あたしがちあちゃんの顔を見ると――問われた。

「どっちが彼氏?」

「…………ちあちゃんかなぁ~」と、あたしはちあちゃんの肩に頭ごと寄り掛かった。

「代わってもいいよ?」

「ちょっとあたしだとどうかなあ……。というかあたし達にその概念、合うのかな?」

「ふふ、合わないかもね」

 ちあちゃんは、あたしの手を、絡めた指でにぎにぎとした。




※作者の過去としてはノンフィクションというのは、ここの部分です。どうしても思い出してしまうので、誰か私の記憶を消す何かを作ってくれませんか。それに関しては切実だったりします。どうか、私のように、何も知らない子供の時に、嘘を教えられてナニかやらされるような被害者が今後一切出ないくらいの厳罰か、厳しい取り締まりがなされますように。この願いはいつの時代へも継がれてほしいものです。ちゃんとしないなら被害者が出るということですから。これは私の昔住んでいた所の近所で起こったことです、昨今うるさい芸能界は、実はこれと関係ありません。関係ないのに紐づけた人がいたようには感じていたので、もし誤解なさっているなら、やめていただけると嬉しいです。私に何かしたのは恐らく今は○○歳くらいの○○という名前の人、というくらいのことは覚えていますが、それは芸能人ではありません。

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