10 嬉しい言葉と怪しい文字
社長室にて、社長が雑誌を机に置き、あたしに見るように言った。その雑誌にはこうある。
石田むつき――本名逸矢田睦月――は元男で、それを隠してモデルをしている。そしてファンを欺き、ファンの女性と交際している!
――どうしてここまで情報が……。
どうしても出所が気になってしまう。
ただ、今はそれよりも。
社長はあたしに、これを読んだ上での意向を訊ねた。
整理してきっちりと応えたい。気持ちを乗せた言葉を、胸を張って放った。
「あたしは続けますよ。何も後ろめたいことなんて無いんですから」
「できるといいがな」
「取れる仕事が減る…ってことですか?」
この場にはマネージャーの遠藤連造さんもいる。彼の声が、社長の机を前にしたあたしの右隣から聞こえ始めた。
「俺もやりますよ、できる限り。いや、それ以上に。彼女を失うのはもったいない」
「ふっ。それなら――堂々としていることにしよう」
社長は、何かと戦うような顔を見せた。その実、普段通りにも見えた。結構…ほとんどの場合そんな感じだから。
社長は会見を開く気がないらしい。なんでもない情報なだけに、それを相手に何もする必要なんてないからなのか? いつも通りを徹底することで、欺いてなどいないという意味ではただのデタラメだと強調したい、ということなのか。
――ちあちゃんに迷惑、掛かんないかなぁ……。
その日の夜、腕時計が鳴った。スイッチを押し、携帯電話へと変形させる。画面には「ちあちゃん」という文字が。
通話ボタンを押し、応じると。
「むーちゃん、今大丈夫?」
時間はあるかという意味なのか、気分が――という意味なのか。
どちらにしろ、心配を掛けたくはなかった。
「大丈夫」
あたしはダイニングの椅子に座って通話していた。そんなあたしに、ちあちゃんは言った。
「私ね。ああやって出会ってから、むーちゃんの仕事現場に遭遇したことがあるの。それでね、そこでの男性の行動に対してセクハラ~ってむーちゃんが言ってるのを聞いたことがあって。むーちゃんはそんなことしないし、むしろされる人の味方だって、私は分かってるから。というかむーちゃんはされてたんだしね」
きっと、どこかであの情報を見聞きしたんだろう。今の言葉の温かさで、心が軽くなった気がした。
「……ありがと。助かる。嬉しいよ」
「よかった。…ねえ、いつも通りでいようね。何なら私が守るから」
「じゃああたしがちあちゃんを守るね」
「ん、うん」
「ふふ」
その電話以降、仕事はいっとき減ったけど、またすぐに戻った。
こういう前例は実はあったらしい。
関連があるのかないのか、定かではないけれど、とにかく今回は、さほど問題ではないと判断されたようだった。まあ――前例がなくとも、あたし達の関係を調べた者がいれば、自ずと分かることだったんだろう。
あたしがどうありたがっている存在かということを、「元男」というワードだけを切り取って勘違いした人でもいたのか。
あたしは、そんな気がしながら、ある日の帰りに、あたしの住んでいるマンションのロビーの郵便受けを開けた。そしてそこに、変なカードが入っているのを見付けた。真っ白で厚みのある…風でポストから出てしまったりしないような…電子カード。
何これと思いながら読んでみた。
「○○月××日14時、あの男装カフェにて待っています」
確かにそう書かれている。
それは、画面に指を触れて手書き文字を表示できる電子文字のカードだった。その文字は電子的だけれど手書きだった。
――ええ? なんでそんなことまで知ってるの…?
字は綺麗で、丸みを帯びていて、可愛らしかった。
「必ず来てください…?」
そんな添え書きもある。
裏画面には名前らしきものが、ふたつ並んでいた。
「宮原心音と――北海多喜……? 誰?」
見聞きした覚えもなかった。