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第3.5話 Survivor's guilt

 馬車が森の街道を走る。

「ミドリイロ、イッパイ!」

 森の木々の爽やかな空気を吸い込みながら、御者台でポーリーが元気いっぱいに笑う。揺れる馬車の中で、ジョンがのんびりと気持ちのよい日差しを浴びながらうとうとと微睡んでいるのを見て、馬の手綱を手にしたイザベラが言う。

「まったく、出発した時に思ってたのとは随分違う旅になっちまったけど、これも運命ってやつかねえ。ポーリー、何か見えるかい」

「ウサギ、イル。カワイイケド………オイシイ。ポーリー、リョウリ、トクイ!」

「やっぱりあんたはとびっきり目が良いね。そろそろ。昼食の準備をしようか。あの海賊共から手頃な弓矢も貰ったことだし、ちょいと行ってくるよ」

 馬車の中に置いてあった取り回しの良い短弓を手に、馬車を止めてイザベラが言う。

「オヤブン、ユミ、トクイ?」

 ニィッといつものように笑い、イザベラが言う。

「勿論さ。戦場で使うものは全部覚えたんだよ。ちゃっといってすぐに美味しい兎を獲ってくるから、美味しく料理しておくれよ!」



 香ばしい香りが鼻をくすぐる。

「ゴシュジン、オキタ? ゲンキ?」

 船から降りた街で仕入れた料理用ナイフで手早く処理されたウサギの肉と、日持ちのする野菜を煮込んだスープが、鍋でぐつぐつと出来上がっている。

「ええ、元気です。これからこれを食べて、もっと元気になるところですよ」

「今度は鹿あたりが獲れるといいんだけどねえ。鹿狩り貴族と鉢合わせても若干面倒ではあるんだけれど……」

 せっせと食器を運んできて、三人分のスープを配膳していたポーリーが、ふと手を止める。

「………ポーリー、シアワセニナッタ。オイシイ、ゴハンモ、タベレル。デモ……」

 手にしていたスプーンが、地面に落ちる。ぽろり、ぽろりととめどなく涙が溢れ出した。

「どうしたんだい」

 そんなイザベラをそっと遮って、ジョンが静かに言う。

「………君は、元気になった。それが今、少し、後ろめたいのですね」

「…………」

「いいんです。ポーリー。君は偶然僕らと出会って、こうして生きている。けれど、自分が育った場所の言葉を、思い出を、決して忘れてはいけませんよ。どんな場所で、どんな人がいて、どんなに幸せだったのか、ちゃんと覚えておきましょう」

「………イイノ?」

「ええ、いいんです。僕は君の『友達』ですからね」

「ゴシュジン、トモダチ………」

「僕らの可愛い黒ツグミ、小さなポーリー、君にはこの世の優しさがいっぱい詰まっています。今、こうして君が作ってくれた食事を前に、君を育ててくれた人達に、感謝しているところですよ」

「チチ、ハハ、ムラノミンナ、ヤサシカッタ。ポーリー、ワスレナイ。ワスレ、ラレナイ………」

 砂や土を固めて作った家、朝日が差し込めば真っ先に井戸まで水を汲みに行くために起きて、女衆で水汲み歌を歌いながら裸足でまだ熱くなる前の砂地を歩む。男衆は狩りへでかけたり、少ない畑を耕したりしながら過ごす。豊かではないが、小さく、優しい村。それが、ポーリーことポーリーヴァエラにとって全てであり、そこが、自分の生きる場所だったのだ。

「ワスレナクテモ、イイノ?」

「君が忘れない限り、優しかったものたちは、永遠にそこにあります」

 イザベラがぽんぽんと、ジョンを見上げるポーリーの頭を撫でる。

「未来の大詩人様が言うんだ。間違いないよ」

「ウン、ウン………!」

 ポーリーが、そんな二人の間で頷いた。

「だから、幸せになることを、怖がらなくても、後ろめたく思わなくてもいいんですよ」

 森の緑の風が、柔らかく、優しく、この黒い肌の少女を包むように吹き抜けていく。

「さあ、だから、冷めないうちに食べようじゃないか。あんたはこの私が見込んだ娘だ。元気さえありゃ、父さんも母さんもびっくりするくらいのイイ女になれる。そうなったら、涙とはおさらばだ。確かに、涙ってのはイイ女の源だ。でも、流しすぎはよくない」

 むに、と小さくポーリーの頬をつまみ、イザベラがいつものように呵々と笑う。

「せっかくの美味しいスープが塩っぽくなっちまうからね!」

 ポーリーが泣き笑いの顔で、何度も何度も頷いた。

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