第13話 脱出
「『アルヴァマーの槍試合の女』は貴殿だったのか……」
カルロスが目を丸くする。
「おかげでここまで来るのにちょっとばかり苦労したんだよ。でもよく知ってるね」
「すぐ隣の領地での騒ぎだったからな」
「オヤブン、ツヨイ! ポーリー、マジョジャナイ……」
「あなたも苦労したのね、ポーリーちゃん」
アントニアがポーリーの手を取って優しく撫でる。
「ゴシュジン、モ、オヤブン、モ、トッテモヤサシイ。ポーリー、シアワセ!」
「これ以上ないくらい、最高のご奉公先ね」
「ポーリーは僕らにとって友達であって、メイドではないのですが、なんだかメイドみたいになってきてしまっていて……僕の身体が弱いのは事実ですし」
ジョンが微笑む。
「それで、どうしますか。この町を出ないことにはおそらく話になりませんが」
「こちらも差し迫っていてな。ご覧の通り、ほとんど着の身着のまま出奔する羽目になってしまった」
「行くあてはあるのかい?」
「大叔父のフェルディナンド卿が住まう館であれば、何とか取り計らって貰えるだろう。東へ向かう街道は人通りが多いゆえ、この町を抜けて街道の人の波に入ってしまえば追手からも逃れられると思うが……」
「うちらも東に行く予定だったんだよ。さて、どうしたもんかね」
「……ドレスなら一着余っています。アントニアさんなら、着れなくはないでしょう」
ぽん、とイザベラが膝を打って、言った。
「なるほどね。その手があった」
「大陸から物見遊山にきた貴族とその奥方……用心棒に、従者に、メイド、といったところでしょうか。馬車は四頭立てですね。調達してこなければ。アントニアさん、こちらに着替えてくださいますか」
ジョンが自分が着てきた劇団のドレスを荷物から再度引っ張り出し、イザベラも衣装を取り出してくる。
「まあ少なくともこのカツラとマントでなんとかしようか。服は入らないだろうけど、あとは勢いで何とかなるもんさ」
アントニアのメイド帽をポーリーがかぶる。
「コレデ、バッチリ?」
「ええ、とても可愛いですよポーリー。ではイザベラさん、四頭立ての馬車を調達しにいきましょう。駆け落ちに四頭立ての馬車は普通使わないものです。ですから、きっと怪しまれることはないでしょう。ご主人様の名前は偽名にしておけばいい」
「あんたも大分手慣れてきたもんだね」
「これでもあなたの『夫』ですからね。足を引っ張らないようにしなければ」
「言うねえ!」
そんな二人のやりとりを不思議そうに見つめるカルロスとアントニアが、
「貴殿らは夫婦ではないのか」
何気なく聞いた。思わずジョンとイザベラが顔を見合わせる。
「……まあ、なんというか、暫定で夫婦未満、みたいなところから突然スタートしちまったからね……」
「えっと、そうですね。もう少し壮健だったら、色々と考えていたかもしれませんが」
「色々と?」
ジョンが瞬時考え込んだのちに、こう答える。
「………僕は、僕より自由な人が好きなんです」
イザベラが、不敵に笑ってみせる。
「いい言葉だ。さすがは大詩人先生だね」
「もちろん、今は麗しい侍女と手に手を取り合って森を駈ける、恋する男のソネットを作るほうが先なわけですが」
生真面目なカルロスとアントニアが再び、揃って真っ赤になった。
「……とまあ、そういうわけなんだけどさ、あんたもなんかこう、可愛らしい女の子とかがこの旅先にいたら、色々考えていいんだからね」
「イザベラさんもですよ」
「私は私より強い男としか結婚しないって誓いを立ててるから問題ないんだよ」
「ではあなたの勲を歌にしてもっと広めておく必要がありますね」
「はは、つまり当分私らは腐れ縁ってわけだね。可愛いポーリーもいるしさ」
馬車を借りに行く道中、二人は並んで歩きながら笑う。
「こうして笑っていると、胸の内まで健康になる気がします」
「私の勲を百年先まで残る歌にしてくれるまで、死んでもらっちゃ困るからね!」
「旅がこんなにも波瀾万丈になるだなんて、まるで思いませんでしたよ」
「私もさ。でもまあ悪くない。行き先も偶然東だったしさ」
町外れにある馬車の借り場までやってくる。借り場の主人が言った。
「二頭か、四頭か、屋根ありか屋根なしかを選びな」
イザベラが顎に手を当てて考え込む。
「……屋根がない方が軽くて速い。屋根なし四頭立ての速いやつを頼むよ。お貴族様がちょっとした所用ってやつで使うんでね」
さらさらとジョンが書類を書き、屋根のない四頭立ての馬車を借り出して、イザベラがひらりと御者台に飛び乗りながら言った。
「時々、思うんだよ。強さっていうのは、もしかしたらもっと他にもあるのかもしれないってね。私みたいな武芸一筋の女にはまだわからない、何かがさ……」
暮れていく夕日を眺めて、イザベラが目を細める。
「……それがわかった時、きっとイザベラさんはまた強くなれるのでしょうね」
イザベラの隣に座り、ジョンが言った。
「よしきた、書きごたえがある女になってやるよ」
「楽しみです。僕とて身体は鍛えられなくても、筆は鍛えられますからね」
石畳の上を蹄が蹴る音が心地よい。心地よいが、心の内の何かが少しだけ変化していくような夕暮れの光が、二人の横顔を照らしていった。
陽が落ちて、街の表通りが暗くなっていく。
「この部屋の窓から馬車に降りられます。宿のご夫妻から領主へ通報されないとも限らないので、そちらのほうが良いでしょう」
「お心遣い、痛みいる」
「降りるときは気をつけてくださいね」
「は、はい」
「大丈夫だ。私が背負っていこう。そのくらいの力はある」
メイド帽を被ったポーリーが部屋のシーツを窓枠に括り付けてロープ代わりにすると、身軽に屋根のない馬車へと降りていく。カルロスがアントニアを背負うと後に続く。
「意外とやるねえ」
「山登りが趣味だったのだ。珍しい花を探しては、館で待つアントニアにこっそりと捧げていた」
「山?」
「東には険しい山もいくつかある。冬の山々はジョン殿には多少厳しいかもしれないから、東へ向かうならあの山は迂回するのを推奨しよう」
「なるほどね。ありがとうよ」
アントニアをそっと馬車へ抱き下ろして、カルロスが言った。ジョンがいつもの薬の入った鞄と共に降りてくる。
「気骨のある青年だ。身体は弱くとも」
「そうだろう?」
「手放さないようになされよ」
「……もちろんさ」
カルロスが珍しく無言で微笑み、くるりとアントニアの方へ踵を返す。入れ違いにやってきたジョンが、ちょっとその様子に首を傾げてから、言った。
「さて、では急ぎましょうか。早いところ街道に出てしまいましょう」
「よしきた。全力で行くよ。カルロス、あんたはアントニアをきちんと抱きしめてやりな。かっ飛ばすからね!! ジョン、ポーリー、あんた達も、うっかり落っこちないように気をつけるんだよ!」




