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「――さん? コアルさん?」

「え、あ、なに?」

「どうされましたか? ぼーっとされて」


 リアはずっと呼びかけていてくれたみたいだ。心配そうに私の顔を覗き込んでくる。


「なんでもないよ。それより何か考えは浮かんだ?」


 不思議そうな顔をしながらリアは言う。


「コアルさんは羽根がないので、あそこへ行くことはできません。なので、私が少しの間、調査してきましょう。ちょうど今は昼の時間なのでソノ王子もいらっしゃらないはずです」


「でも……、リア一人で大丈夫? もし見つかったりしたら…――」


 リアは、頼もしそうに胸を叩いた。


「大丈夫です。ヨナ王子のお世話人だった私は今、ソノ王子のお世話人をしています。今日はたまたま休みで王宮にはいない筈になっていますが、見つかってもその辺はどうにか誤魔化すことができます。私を信じて、任せてください」

「――わかったけど、無茶はしないでね」

「はい。では、コアルさんはここでお待ちください。もしも誰かに見つかりそうになったら、きた道を全力で戻るのですよ」

「は、はい!」


 リアの言葉の気迫におされ、元気よく返事を返すと、リアは軽くウィンクをして、次の瞬間背中から大きな羽根を出した。


「うわぁ……」


 ばさっと広がる羽根は、一度動いただけで大きな風が私の顔面に当たり、羽が数枚抜け落ちる。しかし不思議なことに抜け落ちた羽は、キラキラと輝く粉を舞って空中に消えた。


「行ってきます」

 とリアは小さく言って飛んだ。


 実際に羽根を見るのも、飛んでいるところを見るのも初めてだった私は、口を開けたまま目でリアを追う。リアはすぐに窓へ到着すると、その中へと消えていった。

 ポツンと茂みに残された私は、たった今見た景色を現実として受け止めるのに必死だった。


 白くて……いや、銀色で、美しい羽根だった。

 あんなものが本当にあるのか、未だ信じられない。

 空の民は皆、一様にあんな美しいものを持っているのか―――。


 私はちょっとだけ自分の背中を振り返る。


「………」


 もちろん、私の背中に羽根が生えるわけでもない。

 ちょっとだけ、心が寂しくなった。

 ところで、と私は思いに耽る。

 帰り方を見つけたところで、本当に自国へと戻れる確証はあるのだろうか?今まで見つからなかったものが、今となって都合よく現れるものなのだろうか?


 否、そもそもあの薄っぺらい板はなんだったのだろうか?


 元を辿れば、あれをこちらへ持ってきたヨナが悪いのではないのだろうか?

「……いや」と私は小さく呟く。

 考えたところで、解決することはない。これ以上ヨナを嫌いにもなりたくない。

 私は首を横に振って、考えを振り払った。


 その時、大きな咆哮が後方からした。

 聞いたこともない声と、空気を伝わってくる大きな振動。初めて味わう感覚。鳥肌がたった私は、思わず服の上から二の腕をさすった。


「な、何よ……。今の」


 犬――?ではない。何か別の生き物だ。

 私は一度上の窓を見上げ、リアがまだ出てくる様子のないことを確認する。少しの間、ここから離れても問題ないだろう。

 私はそろりそろりと声のした方へ向かう。

 履きなれない薄いパンプスは、すでにすり減り足の裏は攣りそうだった。

 芝生を超え、草の壁の方へと向かう。先が見えない道を歩きながら、壁に咲いている花の匂いにくしゃみが出そうなのを耐えた。やがて草の壁が終わり、ひらけた広場のようなところへ到着する。私はそっと胸を撫で下ろした。


 よかった――。道が切れていたりしたらどうしようかと思ってた――。


 ここは空の国だ。故に、羽根の使用が必要だ。

 羽根のない私にとって未知の地形である空の国では、正直地面を踏めるのも恐ろしい。

 忘れてはいけないのだ。ここは空の上であるということを。

 いつ地面が落ちてゆくのか、わからない。今こうして地に足がついていることを、私はもっと感謝すべきだろう。


「――地に足がついているのかわからないけど……」


 足を止め、靴の裏をみると、親指のところがすり減り皮膚が見えていた。


「痛い原因はこれか……」


 私は座り込み、靴を脱ぐ。

 親指の皮が擦れて、マメができそうだ。

 今まで暮らしていた国――日本で作られていた靴がどれほど自分の足を守っていたか、痛いほどに知らされる。

 そもそも、私は歩くことも嫌いだ。

 できるならばパンプスやヒールなどと言ったおしゃれな靴は避けてきたし、足を守るためなら高い運動靴も買ってきた。建築学部という超ハードな大学生活を過ごしていたせいか、身なりやおしゃれにも無関心でいた。

 勿論、学部にも超絶激かわな子は沢山いたのだが、私は「かわいい」とか「かっこいい」ということに、驚くほど無関心であった。それも、メイクやセットをしなくてもまあまあ整っている顔に生まれたからだろう。そこは親に感謝である。

 シャープな顎は日本人離れした骨格でありつつも、目元はクリクリとした奥二重。これは父譲りである。スーッと通った鼻筋と、ウェーブがかった天然髪質。寝坊した日は、適当に手櫛を通せばそれでなんとなくセットしている風に見える。色も元々赤毛気味なので、染めに行く必要もない。

 背丈は高い方ではないが、身長の割に腰の位置が高いのと、姿勢が良いことからよく身長を高く見られた。もっともヒールを履くと100%転けるという謎のジンクスがあるため、大学生になってからヒールは履くことをやめた。手に持っている模型が潰れたりでもしたら、メンタルが底無しに壊れてしまう。


 そんな私が、今日突然渡された靴を履いて、楽々と過ごせるわけがない。

 気がつけば、涙が出ていた。ぽつりぽつりと手の甲に涙が溢れ、耐えてきた感情が溢れていることに気がついたのだ。


「やだ……もう……。帰りたいよ……」


 私が小さく呟いた言葉は、大きな空へ吸い込まれていくほど、簡単に消えていった。

 人の話し声も聞こえない。

 あのうるさい車の音も、バイクの音も、救急車の音も聞こえない。

 聞こえるのは自然の音だけ。

 葉っぱの擦れる音と、空気を切る風の音。

 私は、本当に全くの別の世界へと来てしまったのだ。



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