7
嫌味か、この野郎。
ヨナが大学の言語選択授業でいつも好成績だったのには、わけがあったのか。
「チート野郎め。卑怯だぞ」
私は薄くヨナを睨む。ヨナは困った顔をして首を横に振った。
「仕方ないだろう。多分それがこの世界のルールなんだ」
「ルール……ねぇ」
「それに、逆に考えると、瑚春もこの国ではチート野郎だ。この世界の他の言語は勉強するのが難しい。俺もいまだにマスターしていない言語を瑚春はいとも簡単に理解できるんだ」
「それはそうだけど、できたところで私はそれを活用する場なんてないだろうし、活用もしたくないよ」
早く、私の生きていた世界に帰りたいし―――。
すると、ヨナは真面目な顔をして黙り込んだ。急に空気が変わる。
「……瑚春」
「いやよ」
名前を呼ばれ、私は咄嗟に拒否した。まだ彼が何を言うかわからないが、なんだか嫌な予感がしたのだ。
ヨナはちょっとムッとした顔で言った。
「まだ何も言ってないじゃないか」
「そう言って、私に何か頼むつもりでしょ」
「う………」
どうやら図星のようだ。
「いやよ。私は何がなんでも自分の国に戻るんだから。日本へ戻るんだから!」
「その方法も探すためなんだ。どうか力を貸してほしい」
「――も?」
日本へ帰る方法を探すほかに、目的があるとでもいうの?
ヨナは一度深いため息をつき、青い瞳で私のことを見た。この目は、何か大切なことを言う決断をした者の目だ。
私はこの目を知っている。でもどこで?
思い出せない。
私は、誰の目を見たのだろうか―――?
「俺は、隣国の姫――婚約者――を殺した。俺が犯した罪は、取り返しのつかないものなんた」
さ、殺人……?
「うそ、でしょ? 私を揶揄っているの?」
「本当だ。俺はそれで国から追放された。婚約者を殺したんだ。当たり前だよな」
私は、一歩彼から後ずさった。
え、何?
私、殺人犯を手助けした上に、こんなことに巻き込まれて、普通に会話しているってわけ?
え、何してんの、私。
一歩ずつ後ずさる私の手首を、彼は掴んだ。
「は、離してよ」と腕を振るがヨナはびくともしない。
また青い瞳で私のことを見た。
「聞いてほしい。俺は、はめられたんだ」
「はめられた?」
「俺は、殺してない。彼女を殺したよう、はめられたんだ。だから、俺はそれを知るまでこの世界から日本へ戻ることはできない」
はめられたってことは……、自分をはめた誰かを知るまで戻る気はないということだろうか。
じゃあ、ヨナは…――。
「――殺しては、ないの?」
「俺は、やってない」
そう言って彼は、私から目を逸さなかった。
数分前にカミングアウトした“殺した”という発言と、今の“殺していない”という発言には少々矛盾が生じているように見えたが、彼が今、嘘をついているようにも見えなかった。
「じゃあ、なんで最初“殺した”なんて言い方したのよ。びびったじゃない」
そう聞くと、彼はそっと手を離した。
「現場には俺しかいなかったんだ。周りからしたら俺が殺したも同然だ。その誤解が解けることは、ない」
「――だから、黒幕を見つけなければいけないってこと」
「ああ」とヨナは短く頷く。
サササッと古代樹の葉が擦れ合った。すっかり太陽は高い位置に登っていた。
ここから見える王宮の下町とやらも、徐々に人の賑わいが増えつつある。
「日本へ戻る方法は、どうやって見つけるわけ?」
「昔、王宮にあった書斎で奇妙な本を読んだことがある。この世界には三つの世界があるという話と隣接した内容の本だ。世界は三つとも、どこかで繋がっているという……。しかし、詳しいことは覚えていないんだ。どこにつながる道があるかも、そもそもどうやって行き来できるのかも」
「じゃあ、どこかの本には、何かしらヒントが書いてあるかもしれないってこと?」
「そうだな」
書斎か……。
ヨナが読んだことのある書斎というぐらいだから、きっと王宮の中だろう。
私は顔を上げて、丘よりも高い位置にある遠くにある王宮を見つめる。
敵陣へ、自ら飛び込むのか―――。
資料で見たことのあるサグラダファミリアのような外観をした王宮は、なかなか容易には近づけないような雰囲気が漂っている。細部まで装飾にこだわっているであろう外装からは、豪華な内装が想像できる。
とんがり帽子のような塔が、前後にいくつも並べられ、青い屋根が堂々と被せられている。
「今日、俺は王宮へ忍び込んでみようと思う」
「あなたが?」
「王宮への隠れ道を知っているのは俺だけだからな」
「いやいや、待って。あなた追われているんでしょ? 危ないに決まっているじゃない」
「でも、他に誰が」
「道を知っている者なら、貴方の他にもいるわよ」
「は?」
すっとんきょんな顔をするヨナの目の前で、私は大きくドヤ顔をかました。