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 アイリアの家は王宮の麓、空の民が潤う下町の端くれにあった。ひしめき合う様に並ぶ二階建ての住宅街とは少し離れたところにあり、平屋の一戸建てである。王宮より少し離れているため人通りは少ない。爽やかな風に乗って街の賑わいが聞こえる毎日だ。

 レンガが積まれる様にしてできた家には、アイリアと母のリアが住んでいた。

 リアは十八でアイリアを産み、一人で育ててきた。父親は王宮に勤める鳥兵だった。ドラゴンと呼ばれる鳥に乗り王宮を守るのだ。それ故、望まぬ争いに駆り出され、命を落とした。アイリアには父親との記憶がない。

 今年で九歳になるアイリアはスクスクと育ち、染め物の仕事をしながら母と家計を支え合っていた。


「まま! まま!」


 勢いよく玄関のドアを開けてアイリアは母親の姿を探した。ぴょんぴょんと跳ね上がる白髪の癖っ毛が、まだ幼い彼女の内側を表していた。

 リアは奥の倉庫から顔を覗かせ、首を傾げる。まだ二十七歳とはいえ、一人で子供を育ててきた彼女は年齢より少しだけ大人びて見えた。


「どうしたの? アイリア」


 胸元に勢いよく飛び込んできた娘を優しく受け止める。リアは慣れた手つきでアイリアの髪の毛を撫でた。


「あ、あのね……外にね、なんかね……」

「なあに? 落ち着いて話してちょうだい?」

「ひ、ひとがいるの! 赤い髪の! 変な人がいるの!」

「赤い髪?」


 リアは娘の言っている意味がわからなかった。


「本当に、赤い髪の人がいたの?」

「いたの! いるの! 来て!」


 アイリアはリアの手首を掴んで家から飛び出した。足元を短い草がくすぐる。時々躓いて転けそうになる我が子の足元を心配しながら、リアはついていく。やがてアイリアは立ち止まった。

「ほら」と言って指をさす方角には、ここら辺で有名な樹があった。

 リアが生まれるより遥か前から存在する古代樹。噂によると、その王国を支えているのは樹の精霊なのではないかと云われている。

 直径三メートルほどある幹がまっすぐ空に向かい、羽を広げるように枝が生えている。葉は生き生きと太陽の光を浴びている。遠目からは何度も目にするが、中々近づく機会はない。何故ならば王宮からは離れているし、家から向かうにしても丘を登らなければならないからだ。

 一日の殆どを、王宮か家で過ごすリアにとっては縁もないところだった。しかしアイリアは違った。不思議と惹かれる古代樹には、時々訪れていた。


「あそこにね、赤い髪の人と白い髪の人がいるの。私たちと同じ、白い人」


 興奮気味に言うアイリアの隣でリアは目をこらす。

 古代樹の根元に人影が見えた。ゆらりと揺れる。本当に、人がいた。

 そっと近づく。次第にはっきりと見えてきた。

 アイリアがいう“赤い髪の人”はアイリアより老いて、しかし二十代には見えない女の子だった。切り揃えられた前髪と緩やかなウェーブの赤髪。体格は少々痩せ気味に見える。なんだか険しい顔をして“白い髪の人”と言い合いをしている様子だ。

 一方、“白い髪の人”は“赤い髪の人”より頭一個分身長の大きい、赤褐色の肌を持つ青年だった。一目で分かった。空の民だ。無造作に斬られた髪の毛が頭のあちこちで跳ね、胸元にはきらりと光るペンダントをぶら下げている。


「だ、か、ら! 私はこんなところにいるわけにはいかないんだって!」

「わかってるよ。だから今から…――」

「返してよ! 私のキャンパスライフ! 人生設計図!」


 赤い髪の女の子は、青年の胸倉を掴み掛かる勢いで一歩踏みだす。明らかに喧嘩中なのは目に見えて分かった。でも、リアは足を止めなかった。心配そうに後ろに隠れているアイリアの存在すらも忘れて、彼らに近寄った。


「――あの」

 絞り出す様な声量で彼らに声をかけた。


 お互いの言い合いに夢中になっていた彼らはリアが近付いていたことにすら気がついていなかった様子で、リアの姿を見ると一瞬固まった。彼らの周りの空気が止まった。


「……どうすんのよ、これ」


 赤い髪の女の子はリアから目を逸らさず白い髪の青年に話しかける。四人の間に一瞬のゆるい風が通り過ぎた。


「大丈夫、だよ。俺の顔なんてそうそう知っている人はいない……――」

「ヨナ……さま?」


 リアは静かに問いた。

 青年の瞳が大きく開かれる。言わずもがな、それが彼なりの答えであることをリアは知っていた。


「ヨナさま……。ヨナさまなのですね…?」

「――お前は……?」

「リアです。王宮よりヨナ様のお手伝いをさせていただいていたリアです。まさか…こんなところでヨナさまとお会いできるなんて……」

「――リア……。本当に、リアなのか?」


 リアは口元に手を当てて感動を隠した。静かに頷いて質問に答える。リアは未だ目の前にいるのがヨナだと信じられなかった。

 だって、彼は半年前にこの国を追放されたのだ。

 彼が追放されたことによりリアも仕事場が変わり、今は王宮の洗濯場で職をなしている。


「ヨナ様……、ご無事で良かったです」

「――羽根は、焼かれてしまったけどな」


  そう言って彼は、今はもう見えない羽根の方に少しだけ目線を送った。リアや下級の民には、ヨナに何があったか知らされていないのだが、羽根を焼き落としたという噂は広まっていた。

 空の民にとって“羽根”は命同然。羽根がなければこの国で生きていくのは厳しい。

 立ち話に花を咲かせそうな雰囲気だったが、不意に耳に入った人のにぎやかな声。


「ここは危険です。私の家へご案内します」


 追放された王子がいるとなったら民は混乱する。リアは一旦、家へ案内することにした。


「ちょ、ちょっと」


 歩き出そうとしたリアとヨナを見て、赤毛の女の子がヨナの腕を掴んだ。振り向いたリアは、女の子の顔が不安そうなのに気がついた。


「感動の再会を果たしたみたいで悪いんだけど、私のこと忘れてない? ここマジで空の国なの? てか、なんで私たちこんなところに来ちゃったのよ」


 助けを求める様な視線でヨナに問い詰める彼女だが、今ここで話を続ける時間の余裕はない。リアは静かに頭を下げた。民の話し声は次第に大きくなっている。


「ご無礼を承知で、失礼致します」

「は?」


 気の抜けた彼女の声を聞いたのが最後。次の瞬間リアは容赦なく拳を彼女の鳩尾目掛けて振った。「ふぎゃ」と間抜けな声をして彼女はリアの腕の中で気を失う。そして、すーすーと寝息を立てた。

 リアは彼女を背中におい、ヨナに言った。



「さあ、参りましょう」


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