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9  炉辺談話

「たまには女子だけで話したくない?」



 バルズ様の奇襲から数日後。



 エリカに誘われ、二人だけでお茶会をすることになった。




 殿下やハラルド様が帰ってくる前はわりと頻繁に女子会を開いていた私たち。


 殿下に話したら「俺も行く!」と駄々をこね、エリカやハラルド様、イアバス侯爵までもが説得したのに承諾せず、最終的には陛下に「いい加減にしろ」とこっぴどく怒鳴られたらしい。なんというか、言葉がない。




 久しぶりに訪れた侯爵家の庭では秋の花々が咲き乱れ、それぞれが控えめながらもその個性を主張していた。楓や銀杏の木も色づき、次の季節がゆっくりと近づいているのを感じさせる。



「今日はラエルの好きなマカロンもたくさん用意させたの」



 ちょっとドヤ顔のエリカの前には、色とりどりのマカロンをはじめ見た目もかわいらしいスイーツの数々が所狭しと並べられている。



「だから今日は、思っていることを存分に話してくれていいのよ?」

「え?」

「何か、気になっていることがあるんじゃない?」



 軽やかな声でふふっと微笑むエリカは、多分全部見抜いている。



 ……親友が鋭すぎるのも、だいぶ困る。



「なんでわかったの?」

「うーん、見てて、何となく? このところ、ラエルちょっと変だったもの」

「変?」

「だって殿下のこと、また『殿下』って呼んでるじゃない」



 言われて、ハッとした。自覚がなかった。気づいていなかった。



「え、いつから?」

「いつからって、自覚なかったの?」

「……なかった」

「うーん、はっきりとは覚えてないけど、夜会が開かれるって決まった辺りかしら」

「それ、ハラルド様も気づいてた?」

「もちろん。殿下も気づいてると思うわよ」



 気づいていたのに、何も言わなかったってこと?


 あんなに名前で呼ばれたがっていたのに……?



 思ってもみなかった事態に、焦りや困惑、申し訳なさがない交ぜになる。



「殿下の執着がひどすぎて、ちょっと距離を置きたい気持ちになったのかしら?」

「そうじゃないけど……」

「けど?」



 私は目を伏せた。いくら親友とはいえ、言いにくいことはやっぱり言いにくい。特に、相思相愛で順風満帆を絵に描いたような人には。わかってもらえそうもなくて、言いたくない。


 でも同時に、ここ数週間自分の中にくすぶり続けるもやっとした灰色の何かを、吐き出したい思いにも駆られていた。


 私は顔を上げることもせず、そのまま地面に向かって声を落とす。



「なんか、嫌だなって……」

「嫌? 何が?」

「殿下が、ディアドラ殿下の話をするのが」

「あー」

「そんなの、烏滸がましいって思うんだけど……。あんなに大事にしてもらってるのに、厚かましいし心が狭すぎるってわかってるんだけど」

「あらま」



 呆気に取られるエリカの顔を見返しながら、私は自嘲ぎみにつぶやく。



「こんなこと言われても、エリカだって困るよね」

「どうしてよ」

「だってエリカには無縁の話じゃない。ハラルド様とは誰がどう見ても相思相愛で、そんなやきもち焼くようなこと――」

「ラエル」



 ぴしゃりと言い放ったエリカは、何故かちょっと決まり悪げに苦笑する。



「あのね、ラエル。私はむしろ、やきもちを極めた女よ」

「は? 何それ」

「去年の夏休み、私がハラルドに会うためにオルギリオンに行ったことは覚えてる?」

「覚えてるけど……」




 殿下に付き従う形でハラルド様もオルギリオンの学園に留学することになり、そこから否応なしに遠距離恋愛状態へと突入したエリカとハラルド様。しかも殿下の護衛としてオルギリオンに行ったハラルド様が、好きなタイミングで自由に帰国するなんてできるわけがない。


 しばらくは会うことも叶わず過ごしていたけれど、宰相補佐でエリカのお兄様でもあるオリバー様が宰相代理としてオルギリオンを訪問することになり、エリカもそれに便乗したのが去年の夏休みだった。


 頻繁に会えない代わりにこまめな手紙のやり取りはしていたはずだし、私の知る限り、エリカがハラルド様との関係の中で嫉妬心に駆られた行動をしたことなんてないはずなんだけど……。



「あのときね、驚かせたくてハラルドに内緒でオルギリオンに行ったのよ。お兄様が向こうの学園の方にうまく話を通してくれたから、昼休みにこっそり会いに行ったのよね。そしたらハラルドが知らない令嬢たちに囲まれて、しかもとても楽しそうにしていて」

「え、まさか」

「私も信じられなくて、ついカーッとなって文句を言ってやろうと思ったの。でも他国でそんなことをしたら、とんでもないことになっちゃうじゃない? それで思いとどまったんだけど、なんだか泣きたくなっちゃってハラルドに会わずに帰ってきたのよね。それをたまたま殿下に見られてしまって」



 言いにくそうに、恥ずかしそうに笑うエリカ。と思ったら、急に「あ、そうそう」と言ってからりと声色を変えた。



「ねえ、私、もともとは別の人と婚約する予定だったのよ。知ってた?」

「そうなの? 知らなかったけど」

「ほんとはね、ギルノール辺境伯家のロンド様と婚約する話が出ていたの。三大侯爵家とギルノール辺境伯家は王室と近しい間柄だったから、幼い頃から顔を合わせる機会が多くてね。ロンド様とお兄様は年が同じだし、ハラルドと殿下も同い年だったから男子四人はよくつるんで遊んでいたのよ。兄貴分二人が弟分二人をこき使って、悪さばっかりしていたんだけど」

「それはちょっと、微笑ましいような」

「そうでしょ? でね、そのロンド様と私の婚約の話が出たとき、ハラルドが言い出したのよ。『俺がエリカと婚約したい』って。私も本当はハラルドが好きだったから、結局はハラルドとの婚約が決まったんだけど。それでオルギリオンでのことがあったとき、宿で泣いている私を見たお兄様が激怒してしまって」

「あー、それは、そうなるよね……」



 イアバス侯爵とオリバー様、実のところこの二人、身内びいきがひどい。身内びいきというか、エリカびいきというか。二人ともこれ以上ないというほどエリカを溺愛していて、失笑を買うことも多いらしい。そしてエリカ自身は、それをあからさまに鬱陶しいと嘆いている。


 エリカはまだ幼かった頃に、お母様を流行り病で亡くしている。それもあって二人が文字通り「目の中に入れても痛くない」ほどエリカを大事にしている、というのはわりと有名な話なのだ。


 特にオリバー様は「エリカが結婚して幸せになるのを見届けるまで、俺は婚約も結婚もしない!」と謎の宣言をして、イアバス侯爵を長年悩ませている。侯爵家の跡取りであることはもちろん『フォルクレドの頭脳』とも称され、その冷徹な風格に密かな憧れを抱く令嬢も多いというのに。エリカがオリバー様を「だいぶ変人」と言い捨てる所以である。



「殿下から話を聞いたハラルドが、宿を探し当てて会いに来てくれたんだけどね。お兄様が絶対に会わせないと言い張ったらしくて。しかも『お前がエリカを泣かせるなら、婚約は解消してやっぱりロンドのところに嫁がせる』なんて言い出して」

「まあ、オリバー様なら言いかねないかもね」

「そうなの。それに私も頭に来ていたから、お兄様からその話を聞かされたとき『ハラルドとの婚約を解消してもいい』なんて言ってしまって……」

「え!? まじで!?」

「だって、悔しかったんだもの。私はハラルドに会いたいのをずっと我慢して、それでようやく会いに行ったのにハラルドったら私の知らないところで知らない人たちと楽しそうにしていて。私のことなんて要らないじゃないって、もう嫉妬にまみれて冷静な判断ができなくなっていたのよ」

「それはそうかもしれないけど……」



 エリカは話しているうちにもはや吹っ切れてしまったのか、けろりとした表情を見せる。でも私の方はこんな話を聞くのが初めてで、どんな反応をしていいのかわからない。



「そのあともね、ハラルドは毎日宿に来て、そのたびにお兄様に門前払いを食らっていたのよ。何を言われても『エリカに会わせてほしい』の一点張りだったって、お兄様も呆れていたわ。結局、見かねた殿下が取りなしてくれたの」

「殿下が出てきちゃったらオリバー様も何も言えないわね」

「殿下が言うにはね、学園で見かけた令嬢たちは事あるごとにハラルドに言い寄っていたんですって。ハラルドは事を荒立てないようにいつも丁重に受け答えしていたらしいんだけど、それを境に『俺には大事な婚約者がいるので一切お断りいたします』ってはっきり言うようになったって」



 言いながらほんのりと頬を染めるエリカが、「だからね」と続ける。



「お兄様や殿下まで巻き込んで大騒ぎした私が、やきもちと無縁だなんて言えないじゃない? 誰かを好きな気持ちと、そういうやきもちって結局は切っても切り離せないものだと思うのよ」

「それは、そうなんだろうけど……」

「好きになったら、自分だけを見てほしいし自分だけのものにしたい。実際にはそんなの無理だけど、頭ではわかってても気持ちが勝手にやきもちを焼いてしまうんだもの。理屈じゃないのよ」



 あっけらかんと話すエリカ。



 ずっと目を背け続けてきたことを見透かされているようで、なんだか居たたまれなくなる。ディアドラ殿下にやきもちを焼いてしまうのは、逆に言えばそれだけアレゼル様を好きになっているということになるわけで。



 いつの間にか膨れ上がっていたアレゼル様への想いを自分自身素直に認められずにいること、受け入れられずにいることが、事態を拗らせている。



 ということに、ようやく気づく。



「いくら殿下があなたを大事にしてくれているとしても、ディアドラ殿下の話をされて嫌な気持ちになるのは自然なことだと思うわよ」

「でもいろいろ考えちゃって……。本当にこのまま好きになってもいいのかなとかやっぱり厚かましいんじゃないかとか、ディアドラ殿下のことにしたってあれくらいで心が狭すぎるとか」

「そんなことないと思うけど。まあ殿下がどう思うかは、聞いてみればいいじゃない?」

「それは……」



 殿下にこそ、一番知られたくないのに。殿下がディアドラ殿下のことを何とも思ってないとわかってはいても、それでももやっとしてしまう心の狭さや醜さを知られたくないのに。



 そして、閉じ込めている自分の気持ちを知られるのがやっぱり怖い。



 言葉に詰まる私に、エリカがくすりと笑った。



「殿下がラエルのやきもちのことを知ったらどうするかしらね?」

「え?」

「やきもちって、焼かれるとちょっとうれしい気持ちもあるじゃない? ラエルがやきもち焼いてくれたって知ったら、うれしさのあまり気絶しそう」

「気絶……」

「あー、それか、無駄にやきもちを焼かせて嫌な思いをさせてしまったって自分の罪深さにのたうち回るとか」

「のたうち……?」

「地面にめり込むくらい土下座するとか」

「土下座? 王族が?」



 「ふふ、どれかしら?」なんて、エリカは涼しい顔をしながらマカロンをつまんで口に入れる。



 このまますべて隠しておきたい衝動に駆られながらも、それこそが最悪の選択肢だということはさすがにわかるわけで。殿下から逃れられるわけもなく、もはや逃げる気もない私にできるのはそろそろきちんと向き合うことかもしれない、なんて漠然と思った。 






◇◆◇◆◇






 翌日の朝。



 深呼吸をして、迎えに来てくれたアレゼル様の名前を呼ぶ。



「おはようございます。アレゼル様」

「え? あ、おはよう、ラエル」



 不意打ちを食らったかのように立ち尽くすアレゼル様。そこまで驚く? だいぶ心外である。でも多少の罪悪感が頭をもたげて、私は一息に言い切った。



「今日、どうしてもお話ししたいことがあります。あとでお時間をいただけませんか?」

「え、今日? いいけど……。じゃあ王太子妃教育が終わったあとにでも、少し話すか」



 何を言われるのか見当もつかないのか、それとも悪い予感しかしないのか、アレゼル様の表情が一気にどよんと暗くなる。あ、これきっと、何かしら最悪の事態を想定しているに違いない。



「あの、悪い話ではない、つもりですが……」

「あ、うん。わかった……」



 アレゼル様の気持ちを軽くしたかったのに、なんだか逆効果になってしまった気がする。うまい説明が見つからなくて、学園までの馬車の中は今までになく居心地が悪かった。






「あ、殿下! いいところに!」


 学園に着いて教室に向かう途中、廊下で会った歴史の先生にアレゼル様が呼び止められる。


「実は今日の授業の内容で少し確認したいことがあったのです。今いいでしょうか?」

「構わないが」

「あのですね……」



 二人が立ち話をしている間、私は少し離れた壁の前に控えていた。




 はずだった。




 壁の前にただ黙って立っていたはずなのに、突然後方から伸びてきた手に腕を掴まれてバランスを崩し、声を出す余裕もなく。


 すぐ脇にあった狭い資料室に、引きずり込まれていた。口元を布か何かで強く押さえられ、助けを呼ぼうにも言葉にならない。


 うーうー呻き続ける私の真後ろで、ぞくりとするような焦燥感を含んだ声がした。



「ラエル……! 俺の話を聞け……!」

 











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