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8  奇襲攻撃

あけましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いします。

 私と殿下との婚約を祝う夜会が、盛大に行われることになった。



 ほとんどの貴族家が招かれ、学園生たちもそれぞれ準備に追われているらしい。あちこちで夜会の話題が聞かれるようになり、なんとなく浮かれた雰囲気が学園全体に漂う今日この頃。




「ラエルのドレスは当然俺が用意するからな」



 殿下はすでに、夜会の準備に余念がない。



 「俺の色だけを纏うのは当たり前として、デザインも今流行りのものがいいよな」とか「露出が多すぎるのはどうなんだ? 俺は見たいけど他の男には絶対に見せたくない、悩ましい」とか「美しく着飾ったラエルをみんなに自慢したい気持ちとほんとは誰にも教えたくない気持ちの両方あってジレンマなんだが」とかずっと一人でぶつぶつ言っている。王家御用達のなんとかという有名デザイナーを呼びつけてはあれこれ話し合ってるらしい。



 そんな殿下を、微笑ましいというよりは若干引きぎみで見ているエリカとハラルド様。



 そして当の私は、自分のことだというのにどこか他人事のような愛想笑いでそれを眺めている。




 ガストル殿下にお会いしたあの日以来、なんだかもやっとした灰色の何かに囚われてしまっている。どことなく、殿下との間に距離を取ってしまうというか。もちろん毎日会っているし話もするし、避けているわけではない。嫌になったわけでもないんだけど。



「今日の王太子妃教育が終わったあと、少し時間が取れるか?」

「あ、はい」

「ナウスが出来上がったデザイン画を持ってくるから、ラエルにも見てほしいんだ。ラエルが一番気に入ったデザインにしようと思っているんだが」

「一番気に入った? え、いくつデザインを考えたのですか?」

「七つだったかな、いや、八つか」

「そんなに……?」

「ラエルの好みがわからなかったし、ナウスと話していたらあれもこれも着てもらいたくなってな。気づいたらそうなった」

「多くないですか?」

「そうか? ディアドラはいつも十パターンくらいは考えていたと思うが」




 ほら、また。




 殿下は私の抱える葛藤になど気づく様子もなく、平然とディアドラ殿下の名前を口にする。



 「ディアドラは細身で背も高かったから、似合うドレスが限られるといつも嘆いてた」とか。


 「ディアドラの選ぶドレスはいつも斬新すぎて、オルギリオンの社交界では賛否両論だった」とか。


 「オルギリオンでの夜会のときは、どちらがより多くのスイーツを食べられるかディアドラとよく競い合っていた」とか。



 そのほとんどが他愛もない内容だったし、殿下に他意も悪意もないのは重々理解している。でも他愛もない内容だからこそ、捉えどころのないもやっとした灰色の何かが胸の奥で蠢くのを感じてしまう。



 そのたびに、自然に振る舞うことができなくなる。殿下と目を合わせることができなくなる。そしてその不自然さと狭量さを殿下に悟られたくなくて、ますます距離を取ってしまう。



 ディアドラ殿下のことは本当に友人としか思っていないからこそ簡単に話題にするのだし、長い時間を一緒に過ごしてきた蓄積があるから仕方がないんだとわかってはいる。わかってはいるんだけど、それでも気味の悪いもやっとした何かを抱えてしまう自分に、ほとほと嫌気が差してきたある日のことだった。






◇◆◇◆◇






 端的に言うと、どういうわけだか今私の目の前には元婚約者であるバルズ様がいる。



 しかも、だいぶ渋い顔で。眉間に何本もの皺を寄せて。



「バルズ様。いきなり何なんですか?」



 声をかけても、むすりとした表情のまま口を開こうとしないバルズ様。





 何が起こったのかというと。



 ランチを終え、いつもの四人で教室へ戻る途中、隣の隣のクラスの女子に声をかけられたのだ。「保健室の先生から、ラエル様を呼んでくるように言われたの。大事な話があるからちょっと来てほしいって」なんて言われ、向かおうとしたら「なんだか、殿方にはあまり聞かれたくないお話のようで……」と続けられ。


 

 当然のようについて来ようとした殿下は立ち止まり、怪訝な顔をしながらも躊躇する。



「大丈夫ですよ、殿下。すぐ終わるでしょうし、私一人で行ってきます」

「いや、しかしラエル」

「保健室なんてすぐそこですから。殿下は先に教室へ戻っていてください」



 そう言い残してさっさと保健室に向かったら、保健室にいたのは先生ではなく、バルズ様だったというわけだ。




 なんでよ? 保健室の先生はどこよ? ていうか、隣の隣のクラスの女子はなんだったの? グルなわけ?




 そしてバルズ様は、一向に口を開こうとしない。



「用がないなら帰りますけど」

「ちょ、ちょっと待て」



 痺れを切らして出て行こうとすると、バルズ様は焦ったように椅子から立ち上がる。



 そして、ドアの近くに立ったままの私に一歩、近づく。



「……お前、ほんとは殿下と結婚なんかしたくないんだろ?」

「は?」

「わかってるんだよ。お前なんかが殿下の婚約者に選ばれるわけないもんな。何か事情があるんだろ?」

「は?」



 わけがわからず、バルズ様の顔を見返すことしかできない。



 その顔は、焦燥感のみに縁取られている。



「何言ってるんですか? 意味がわかりません」

「俺には本当のこと言えよ。事情があって仕方なく婚約してるふりしてるんだろ? 本当はまだ俺のこと好きなんだよな? 俺だってお前のことが嫌いになったわけじゃない。だから婚約を結び直してやろうと思ってさ」

「は? ほんとに何言ってるんですか? バルズ様はドロシー様とご婚約なさいましたよね? だいたい、ドロシー様はあなたのお子を身ごもって――」

「子どもなんか、いなかったんだよ」

「え?」

「ドロシーは妊娠してなかった。嘘だったんだよ。あいつ、俺と婚約したいばっかりに嘘つきやがって」

「でもあなただって、ドロシー様のことをお好きでしたよね? 『真実の愛』がどうとかこの前も言ってたじゃないですか」

「ドロシーのことはもういいんだよ。俺にとって『真実の愛』はお前だった」



 血走った目で余裕のない表情をしながら、また一歩私に近づくバルズ様。




 いやいや、まじで、なんなのこれ。 


 バルズ様、私のこと嫌いだったよね? 今まで散々馬鹿にして、罵倒して、蔑ろにしてきたよね?


 あれで「『真実の愛』はお前だった」とか言われてもさ。


 ていうか、ドロシー様が妊娠していなかったとしても、そういう行為に及んだってことは事実でしょうよ。そんな男、だれが選ぶってのよ。気持ち悪い。




 頭の中が混乱しすぎて、バルズ様が一気に間合いを詰めてきたことに気づかなかった。あっという間に、油断した私の腕を掴むバルズ様。



「え、ちょ、やめてください!」

「ラエル、お前は俺が好きなんだろ? いいから俺と――」

「やだ!」

「うわっ」



 掴まれていた腕が突然自由になって、顔を上げると何故か無表情のハラルド様が見えた。


 ハラルド様はバルズ様の腕を掴み、私とバルズ様との間に瞬時に体を入れたかと思うと私を背中にかばうようにして立ちふさがる。


 その俊敏な動きに弾かれてよろけたバルズ様は、どさりと床に座り込んだ。



「な、何なんだお前!」

「ラエル様に乱暴を働くなど、言語道断。まさか殿下の婚約者だと知らないわけではないだろう?」

「うるさい! こいつは俺の婚約者なんだよ! 殿下との婚約はどうせ嘘なんだろ!?」

「王室の発表を嘘だと言うのか? 不敬極まりないな」



 ハラルド様は有無を言わさぬ口調で冷たく言い放ち、くるりと私の方を振り返った。



「ラエル様。怪我はありませんか?」

「大丈夫です。あの、ハラルド様はどうして……」

「戻ってこられるのが遅いだなんだと殿下がうるさくて。嫌な予感がしたので俺一人で来たんですけど、正解でした。もしもここに殿下が居合わせていたら、こいつ死んでいたかもしれませんから」

「えー……」



 涼しい顔でかなり物騒なことを言う護衛騎士は、「こいつは放っておいて行きましょう」と私を廊下へと促す。



「今のことは殿下に報告しないでおきます。逆上してほんとに殺しそうだし」

「いやいや、まさか」

「ラエル様。わかっておられるとは思いますが、殿下の気持ちを侮ってはなりません。あなたが思っている以上に、殿下はあなたにメロメロなんですから」

「メロメロって……。ハラルド様もそんなこと言うんですね」

「エリカが言っていたんです。とにかく殿下のあなたへの盲愛は尋常じゃない。あなたもそれを自覚したうえで行動していただかないと」

「……それは、身辺に気をつけろとか警戒して過ごせとか、そういうことですか?」

「そうです。今日のことはまあ、仕方がないですが。でもあいつの言っていたことが気になりますし、用心するに越したことはありません」

「気になること言ってましたっけ?」

「それはこちらで調べておきます」



 バルズ様の言っていたことは全部が全部おかしかったから、どれが「気になること」なのかさっぱりわからない。でもそうこうしているうちに教室の前に着いて、私の姿を確認した殿下がすぐさま駆け寄ってきた。



「ラエル、何かあったのか?」

「え……」

「保健室の先生がいらっしゃらなかったようで、しばらく探しておられたようです」



 ハラルド様が何食わぬ顔で()()を説明する。


 とりあえず便乗してうんうんと首を縦に振ると、殿下の表情が一瞬翳りを帯びたように見えた。



「誰もいなかったのか?」

「は、はい」



 それだけ答えて、またすっと視線を逸らしてしまう。



 殿下が心配してくれているのはうれしい。でもそれを素直に喜べない自分が、相変わらず可愛くない態度を選んでしまう。そしてまた、どうしようもない罪悪感に襲われる。



 殿下は不思議そうな顔をして、「何だったんだろうな?」なんて言いながらいつものようにさりげなく私の手を握った。



 さっきのバルズ様とは天と地ほどに違うその手の温もりに、なんだかやけに泣きそうになった。












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