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4 追根究底

 翌日。



 私とアレゼル様は、ケルヌスの王都ドライグにあるミスウィロス公爵邸を訪ねることにした。



 昨日の戴冠式で『番』疑惑が露呈したうえ、その話が中途半端に終わってしまったことでレオファ様はだいぶバツが悪そうだった。私たちの前に現れたその顔は、見るからに強張っている。



「今日はどうされたのです?」



 それでも、さすがはこの国の公爵であり王の側近。いつもの腹立たしいほど泰然自若な態度は健在だった。



「聞きたいことがあってな」



 アレゼル様のほうも、見慣れた王太子モードで筋金入りの冷静さを見せつける。



「なんでしょうか?」

「単刀直入に聞くが、お前、『北の魔女』を知ってるよな?」



 アレゼル様の見透かすような目に、不意を突かれたレオファ様ははっきりと狼狽えた。



「は? 何を――」

「アカツキでパンドラボックスを開けたとき、ヒミコからの手紙に『北の魔女』という言葉があったのは覚えてるよな?」

「……はい」

「あのとき、サララ様が一瞬だけだがお前のほうを見たそうだ。だよな? ラエル」

「はい。まるで、レオファ様は『北の魔女』を知っているかのような素振りでした」



 あのとき、確かにサララ様はレオファ様のほうを振り向いた。レオファ様の表情はあまり変わらなかったけど、平静を保とうと努めているようにも見えた。



 フォルクレドに帰ってきて、国王陛下であるお義父様から魔女の噂を聞いたときふと思い出したのだ。あのときのレオファ様の些細な、でも明らかに不自然な反応を。お義父様の言う魔女と『北の魔女』とが同一人物だろうということは、私とアレゼル様の一致した意見でもある。『魔女』なんて称号がつく人物、この世界にそう何人も存在するわけがない。



 魔女がケルヌスにいると言われているのなら、すなわち『北の魔女』がケルヌスにいるということになる。そうなると、レオファ様が知っていてもおかしくない。現公爵で王の側近なら、なおさらである。



 今回、私たちがケルヌスに来たのはグルウラング新王陛下の戴冠式に出席するためというのもあるけれど、ほかでもないその『北の魔女』を探すためでもある。レオファ様の『番』の話もまあ気にはなるけど、はっきり言って『北の魔女』問題のほうが優先順位は高い。だって、ガストル殿下の今後とミレイ様の行く末がかかってるんだから。



 というわけで、今日の公爵邸訪問の目的は『番』ではなく『北の魔女』なのである。




 確信をもってレオファ様を見つめると、狼の獣人公爵は途端に参ったという顔をした。



「……妃殿下の目は誤魔化せませんね」

「じゃあ」

「知っています。ただ、知っているというだけで会ったことはありません」

「どこにいる? どうすれば会える? 会わせてもらえないか?」



 矢継ぎ早に質問を重ねるアレゼル様に、レオファ様は俄かに不審の眉を寄せた。



「『北の魔女』に会ってどうするのです? 何の用があるのですか?」

「それは言えない」

「じゃあ、俺も言えませんね」



 うわ。開始早々まさかの交渉決裂である。なんでそうなる。



「レオファ。アカツキではいろいろと協力したじゃないか」

「それはそれ、これはこれです」

「可愛くないやつだな」

「あのですね、魔女のことはこの国でも伝説というか言い伝えのようなものなんですよ。存在自体は知らない者などいませんが、でもどこにいて、どんな風貌で、どんな暮らしをしているかなんてことは誰も知らないんです」

「お前も知らないのか?」

「もちろん。会ったこともありませんので」

「知っていそうな人物もいないのか?」

「わかりません」



 にべもない素振りのレオファ様。これは完全に詰んだ。想定外である。レオファ様でも知らないのだとしたら、これからどうやって手がかりを探せばいいのだろう。



 当てが外れて、私たちは顔を見合わせる。どうしたものかと思案に暮れていると、昨日偶然お会いした利発そうな可愛らしい顔が前触れもなく頭に浮かぶ。



「レオファ様」

「なんですか?」

「エフィル様は今いらっしゃいますか?」

「え?」



 余程驚いたのだろう。レオファ様の声が裏返った。



「エフィル様にも魔女のことをお聞きしたいのですけれど」

「え、なんで」

「なんでって、何かご存じのことがないかと……」

「ないない、ないですよ。ありません。あいつだって魔女のことは何も知りません」



 慌てて否定する様が、あまりにも怪しすぎた。なんだそれ。しかもレオファ様、己の行動が怪しすぎるせいでかえって疑惑の目を向けられていることにまったく気づいてないらしい。



 アカツキでは、こんなじゃなかったような。こんなわかりやすい言動はなかった。いつも胡散くさいばっかりで。小賢しげで、人を食ってかかって、偉そうで。昨日の戴冠式で妹が登場してから、すっかりこの人のペースは乱されまくっているような。




 ……あれ。もしかして。




「お前、妹が絡むといきなりポンコツになるんだな」

「は!?」



 私も思った。



「その大袈裟な反応、お前も妹も何か知ってると言ってるようなもんだ」

「は? 何も知りませんよ」

「何か隠してるんだろ?」

「何も隠してません」

「そうか。じゃあエフィル様に――」

「ああああ、ちょっと!」



 仰々しく立ち上がったアレゼル様を、思わず引き留めてしまうレオファ様。



「なんなんですか、もう!」



 取り繕うことを放棄したのか、動揺を隠せずぼやいている。



 そんなレオファ様を尻目に、アレゼル様がにやりとほくそ笑んだ。



「後ろめたいことがないのなら、エフィル様もここに呼んでくれるよな?」







◇◆◇◆◇






「魔女様のことですか?」



 突然呼び出されたにもかかわらず、エフィル様は今日も可愛らしいにこやかな笑顔で現れた。



「よくはわからないのですが……」



 おずおずと自信なさげに返された答えに、レオファ様がほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、



「陛下にお聞きになってみたらいかがでしょう?」

「え、陛下?」



 唐突なビッグネームである。



「ええ。この国のことは陛下が一番よくご存じですし、魔女のこととなればなおさらです」

「そうなのですか?」

「はい。魔女様とは、王家の方々しかやり取りが許されていないので」



 まるで明日の天気の話をするような気軽さで決定的な秘密を暴露してしまうエフィル様。当の本人はその重大さに思い至っていないけど、隣でレオファ様が頭を抱えている。



「ほう。王家の方々ね」

「はい」



 レオファ様、さっきは誰も何も知らない、知っていそうな人もわからないとか言ってたよね? これ、完全に嘘ついたってことだよね?



「エフィル……」



 レオファ様がこれ見よがしに大きなため息をつく。



「お前なあ、そんなことぺらぺら言うんじゃないよ」

「なんでよ? みんな知ってることでしょ」

「この国ではそうだけど、この人たちは違うだろ」

「じゃあ言うなって先に言ってよ」

「そんなこと言わなくても――」

「わかるわけないでしょ。兄様はいつもそうよ。偉そうなのよ」

「は?」

「自分がちょっとイケメンで陛下の側近で仕事もできてちやほやされてるからって、いい気になりすぎなのよ。だいたい、アカツキではこのお二人にお世話になったんでしょ? フォルクレドの王太子夫妻がいなかったら帰ってこれなかったかもしれないって言ってたじゃない。だったら、それ相応の見返りをお渡しすべきでしょう?」



 エフィル様はさも当然といった調子で反論し、最終的には見事に論破してしまった。この妹、強い。レオファ様たじたじである。言われたことにぐうの音も出ないらしい。



「レオファ」



 兄妹のわちゃわちゃを微笑ましそうに見ていた(半ば唖然としていたのかもしれない)アレゼル様が、懇願するかのようなまなざしで言った。



「詳しいことは言えないが、少なくとも二人の人間の命にかかわることなんだ。いや、間接的には、もっとたくさんの人間のこれからにかかわることでもある。言いにくい事情があるのはわかるが、教えてくれないか?」



 じっとレオファ様を見つめて、アレゼル様は微動だにしない。その真剣さが余すことなくレオファ様にも伝わったのだろう。二度目の大きなため息をつく。



「……あなたたちには敵いませんね」

「教えてくれるのか?」

「いいですよ。といってもですね、俺は本当に会ったことがありませんし、さっきエフィルが言った通り魔女とやり取りできるのは王族だけなんです」



 レオファ様がそう言うと、エフィル様もその話を裏づけるようにうんうんと頷いている。



「魔女は人智を超える力を持ち、森羅万象を操ると言われています。そのことは誰でも知っていて、ジーアの森にいるのも周知の事実なんです。でも、森のどこに住んでいるのかまでは誰も知らないのですよ」

「ジーアの森?」

「はい。王都の郊外にある小さな森なのですが、不思議な結界が張られているのかどんなに探しても魔女を見つけることはできないんです。魔女が森の扉を開いたときのみ、つまり魔女に許された者のみが会うことができると言われています」

「なるほどな」

「魔女についての詳細は王家だけが知っていて、直接コンタクトが取れるのは今や陛下のみなんです」

「じゃあ、陛下に頼めば会わせてもらえるのか?」

「それは……」



 レオファ様が一気に難しい顔になる。



「さっきも言いましたが、魔女に会えるのは魔女が会ってもいいと判断したときだけです。実は前王を打ち倒す計画を練り始めたとき、陛下は魔女にも協力をお願いしたんですよ。でも会ってもらえなかったんです」

「会ってもらえなかった?」

「はい。この世界の出来事には干渉しないことにしていると言われたらしくて」



 魔女の言葉に納得しそうになって、でもなんとなく違和感を覚える。この世界に干渉する気がないなんて、どういう意味だろう? だって魔女って、ヒミコがオルギリオンから逃げ出すのを助けたばかりか自分の力の一部を分け与えたんじゃなかった? その力でヒミコは東方諸国を興したんだから、それってこの世界のことに干渉してることになるんじゃないの?



「レオファ」



 低く抑えた声のアレゼル様は、硬い表情を崩さない。 

 


「それでも、俺たちは魔女に会う必要があるんだ。会える可能性は限りなく低いとしても、ゼロでないならチャンスをくれないか?」

「殿下……」



 弱り切った顔をしながら、レオファ様が三度目の大きなため息をつく。



「わかりましたよ。明日、陛下に話してみます。でも期待はしない方がいいと思いますよ」






◇◆◇◆◇






 結論から言うと、思いがけない展開になった(わりといつもだけど)。



 公爵邸を訪れた翌日、私とアレゼル様はグルウラング新王陛下に呼び出されたのだ。



「アレゼル殿下、ラエル妃殿下。ジーアの森に住む魔女がお二人に会いたいと言っています」



 言いながら、陛下は胸元から小さな紙切れをぺらりと取り出す。



「魔女のことはすでにご存じですよね?」

「ええ、まあ」

「先程レオファからも話は聞きました。でもこちらから連絡しようとする前に、魔女の方から使いが来ましてね」



 意外そうな顔つきで、陛下は窓の外に目を向ける。その視線の先には、澄んだ青空に大きな弧を描いて飛ぶ大きな黒い鳥が。



「魔女の使い、ですか?」

「ええ。こちらから連絡してもすぐに返事が来ることなどないというのに、まさか向こうから接触を求めて来るとは」



 皮肉めいた口調ながらも、どことなく羨ましそうな表情をする陛下。大きな体躯で威圧感は半端ないのに、戴冠式のときには見られなかった無邪気な雰囲気を感じさせる不思議な国王である。



「善は急げと言います。これからすぐに向かわれるとよいでしょう。レオファを護衛兼道案内役としてつけますのでご安心ください」

「……いいのですか?」

「いいも何も。魔女が来いと言っているのですから」



 「逆に行ってもらわないと何をされるかわかりませんよ」なんて言って、竜王陛下は豪快に笑った。

 













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