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2 恋愛事情①

 なんであそこにレオファ様がいるわけ?



 訳がわからぬまま、もう一度玉座のほうに顔を向ける私たち。新王はゆっくりと玉座に座り、次いで聖職者の一人が持っていた分厚い辞書のような本を開いて何やら口上を読み上げる。そして、別の聖職者がレオファ様から受け取った王冠を新王陛下の頭に恭しく載せる。



 その瞬間、沸き起こる熱狂的な拍手と嵐のような祝福の歓声。希望に満ち溢れた顔で、力強く拍手し続けるのは恐らく獣人の方々なのだろう。前王の悪政に喘いでいた貴族も民も、新王の誕生をどれほど喜んでいることか。




 大ホールの興奮とは裏腹に、私とアレゼル様は完全に取り残されていた。いや、まじで。とにかくあそこにレオファ様がいることが謎すぎて、意味がわからない。




 その後、私たちは新王陛下に挨拶をすべく、戦々恐々とした面持ちで対峙した。



 アレゼル様が新王の前で名乗るや否や(正確に言うと「遠き南の地、フォルクレド」までしか言ってないんだけど)、グルウラング新王は勢いよく玉座から立ち上がる。



「そなたらが……! レオファから話は聞いておりますぞ」



 なんて言いながら、人懐こい笑顔を浮かべて玉座の前の階段を降りてくる竜王陛下。え、降りてくるの? なんで?



「アカツキではレオファが大変世話になったようで」

「は?」



 確かに世話はしたけども。世話をしたというか、いいようにこき使われたというか。振り回されたのは事実なんだけども。



「陛下」



 脳内が大混乱に陥る中、それでも先に態勢を整えてなんとか落ち着きを取り戻したアレゼル様が、長身のグルウラング新王陛下をきりりと見上げる。



「失礼ですが、陛下とレオファ殿とはどういったご関係なのでしょう?」



 威圧感しかない竜の獣人である新王を前にして、アレゼル様の緊張がひしひしと伝わってくる。一歩間違えたら問答無用で首を刎ねられかねない恐怖を感じながらも、こんな状況なのに怯まないうちの夫ったらなんて格好いいのとか思ってしまう私も相当やばい。



「ん? レオファ、お前何も言ってないのか?」 



 拍子抜けとも言える雰囲気で、新王陛下が玉座の脇に控えるレオファ様を振り返る。



「……そういえば、名前しか名乗ってなかったかもしれません。向こうでは()()()補佐官として接していましたし」



 臨時? 臨時なんて言ってたっけ? 完全に初耳なんだけど。



 呆気に取られる私たちを上機嫌で眺めながら、グルウラング新王陛下は気安い調子でわははと笑った。



「レオファは我が側近の一人、ミスウィロス公爵その人なのですよ」






◇◆◇◆◇






「なんなんだお前」



 新王陛下のそばを離れて私たちのもとへやってきたレオファ様に、アレゼル様は刺々しく詰め寄った。



「どういうことかちゃんと説明しろ」

「はいはい、わかりましたよ」



 けろりとした顔で、いつものように厚かましくも胡散くさい笑顔を見せるレオファ様。



「さっき陛下がおっしゃった通り、俺はこの国の公爵で陛下の側近、レオファ・ミスウィロスです。俺がアカツキの人間でないことはお二人も知っていたじゃないですか」

「東方の人間でないことは見ればわかるが、どこの国の人間かまでわかるわけないだろ? お前、何も言わなかったじゃないか」

「そりゃ、聞かれませんでしたから」



 あっけらかんと答える態度がなんだかムカつく。ちょっとだけ上目遣いで睨んでやると、



「うわ、妃殿下、そんな可愛い顔で睨まないでください」

「お前がラエルを可愛いとか言うな」



 アカツキでの条約調印記念パーティーを思い出したのか、俄かに憎悪の思念を噴き出すアレゼル様。そのまま私の腰を引き寄せて反対側の手を後頭部に回し、レオファ様から私を隠すように抱きかかえながら「もう見るな。ラエルが減る」とか言って噛みついている。



「いいじゃないですか、少しくらい」

「うるさい。いいから続きを説明しろ」

「あー、はいはい。ですからね」



 レオファ様が面倒くさそうに続きを話そうとしたときだった。



「相変わらず仲がいいのですね」

「まったくです」



 またしてもサララ様とアスカ様の登場である。しかもこの人たち、確信犯である。事情を知っていて面白がって寄ってきたのがまるわかりである。



「どこまで話したの?」

「まだ何も」

「あら」



 「レオファにしては、仕事が遅いのね」なんて涼やかな声で笑うと、サララ様は一瞬で非凡な才を有する政治家の表情になる。



「グルウラング新王が前王を打ち倒すべく、以前から着々と準備を進めていたことはご存じでしょう?」

「はい」

「彼は初めから、軍事力による政変を起こすつもりでいたのです。そのための資金援助や軍事支援をアカツキに求めてきたの」

「え?」

「これまでの長い歴史の中で、海賊からの襲撃に対抗してきた東方諸国は世界的に見ても軍事力が高い。中でもアカツキの軍事力は群を抜いていますからね。新王即位後の優先的な交易や人材の交流を条件に、協力をお願いしたのですよ」

「レオファはケルヌスとアカツキとのパイプ役を担うため、三年程前から身分と立場を隠してサララ様の臨時の補佐官を務めていたのです」



 アカツキの二人とレオファ様の畳みかけるような説明に、私もアレゼル様も驚きを隠せない。でも同時に、納得せざるを得ない。



「じゃあ、レオファ様が獣人だということは誰も知らなかったのですか?」

「私と補佐官はみんな知っていたわよ。ただ、何の獣人かということは私以外にはあえて伝えていなかったの。レオファがそこは伏せておきたいと言うから」

「何の獣人かわかると、いろいろと不都合が生じる場合もあるのでね。先日の件だって、タカラは俺が獣人だと知ってはいたが、何の獣人かまでは知らなかったから油断したんですよ」

「どういう意味だ?」

「匂いですよ。サエアの匂いも血の匂いも、俺ならかぎ分けられる。俺は狼の獣人なんで」



 そこで、はたと思い出す。



 あの毒混入事件の際、タカラ様は毒を飲む前から毒の匂いがしていたと、自分は鼻が利くんだと恥ずかしそうに言っていたレオファ様。単に匂いに敏感な人なのかと思っていたけど、そういうことだったのか。確かにサエアの匂いの説明はやけに詳しかったし、狼の獣人ならかぎ分けられるだろうし。



「本当は、条約調印記念パーティーのあとすぐに帰国する予定だったんですよ。ところがあそこであんなことが起きたんで、帰るに帰れなくなりましてね。なんとか事件の調査がすべて終わったので、臨時の補佐官を辞して急いで戻ってきたというわけです」 



 「陛下の戴冠式に間に合ってよかったですよ」とか言いながら、狼の獣人がほっとした表情を見せる。そうか。狼か。へえー。なんとなくそんな感じがするようなしないような。



「お二人には本当に世話になりましたよ。あと、オルギリオンの第三王子と聖女様にも」

「総領事のことも忘れないでやれよ」

「ああ、そうでしたそうでした」

「……もしかして、俺たちを戴冠式に呼んだのはお前の差し金か?」



 唐突に思いついたのか、アレゼル様が眉間に皺を寄せる。レオファ様はわざとらしいくらいにっこりと笑って答えた。



「ええ。お二人を呼んでくれと陛下にお願いしたのは俺です。改めてお礼を言いたいと思いまして」

「そんなの――」

「というのは建前で」

「は?」

「本当はラエル妃殿下にもう一度お会いしたかったのですよ」

「はあ!?」



 憎らしいほどふてぶてしい笑顔を見せる狼の獣人に、アレゼル様はすぐさま鬼神のような目をしてすごんだ。



「人妻に手を出すとは、いい度胸だな」

「いやいや、そういうつもりではないのです。ただ俺としても、前回のように大人しく引き下がるわけにはいかないんでね」

「お前、他国の王太子妃にちょっかい出すのがどういうことかわかってんのか? 命知らずもいいところだな」

「そんな、物騒すぎません? 俺だってちょっかいを出しているわけではないんです。ただ、妃殿下ともっとお近づきになりたいだけで」

「そういうのをちょっかいって言うんだよ。ラエルに近づくなんて許されるわけねえだろってか俺が許さねえよ」

「近づくくらいいいじゃないですか。殿下は随分と狭量なのですね」

「はっ、なんとでも言えよ。いいか、これ以上近づいたら国際問題だからな。確実にフォルクレドを敵に回すと思え」

「は? 何言って――」



 怒涛の勢いで言い争う二人のやけに息の合ったコンビネーションに、なんだか逆に感心してしまう。口を挟む余地もない。露骨な敵意の応酬に、アカツキの二人も目を瞠りながらその成り行きを見守っていると。




「も、申し訳ございません……!」




 突然の乱入者に一同が振り返る。



「兄が大変失礼をいたしました。私が代わりに謝罪しますのでどうかご容赦を……!」



 乱入者は必死な様子で頭を下げている。



「おい、エフィル」

「兄様も謝ってください。フォルクレドの王太子夫妻にあのような態度、なんと無礼な」

「いや、なんだよお前、急に――」

「言い訳は無用です! 兄様こそ、なんですかさっきのあれは。陛下の戴冠式だというのに、他国の王太子殿下に喧嘩を吹っかけるなんて恥ずかしすぎます!」



 一心不乱にレオファ様を糾弾しまくる可愛らしい令嬢。



 よく見ると、いや見なくても、明るい灰色の交じる黒髪に特徴的なローズクォーツの目は確かにレオファ様のそれとまったく同じ色味である。



 私たちの唖然とする顔に気づいたのか、令嬢は急に慌てた様子で姿勢を正したかと思うと慣れた仕草で上品なカーテシーを見せる。



「申し遅れました。私はレオファ・ミスウィロスが妹、エフィル・ミスウィロスでございます」



 その優美でしなやかな所作、さすがは公爵令嬢といったところだろうか。年は私たちとあまり変わらないようだけど、レオファ様への毅然とした態度は実年齢よりも大人びた印象がある。



「アレゼル殿下、ラエル妃殿下、兄の非礼をお許しください」



 素直に謝られてしまったら、もう何も言えないじゃない。アレゼル様もレオファ様を睨みつけつつ、「頭を上げてください」なんてエフィル様に声をかける。



 どこまでも申し訳なさそうに肩をすぼめるエフィル様は、すぐ横に立つ兄にちらりと目を向けるとその可愛らしい顔を曇らせた。



「兄はその、実は『番』のことでラエル妃殿下にお話があるのです」



 いきなり爆弾発言を投下され、その場にいた全員がふっ飛んだ。



「ちょ、エフィル、なんで今それ言うんだよ!?」

「だって兄様のさっきの言い方だと誤解を生むじゃない」

「だからって――」

「『番』ってあれよね? 世間一般で言うところの『番』よね?」

「獣人の『番』といえば、有名ですから」

「……まさか、ラエルがレオファの『番』ってことはないよな……?」




 アレゼル様の押し殺した声が、震えていた。




 













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