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1 離合集散

第四章スタートです!

「どうですか?」

「……過去最高傑作だな」



 目の前に立つアレゼル様が、蕩けそうな恍惚とした表情を浮かべている。





 今日はケルヌス新王の戴冠式。



 あれからなんやかんやあって、準備万端、勢い勇んでケルヌスに乗り込んできた私たち。一昨日到着したときにはやっぱりそれなりに緊張していた。



 だって国王レベルの賓客が集まる中、わざわざ王太子夫婦の私たちを招待するんだもの。何かしら悪意のある企みや目論見があるんじゃないかと警戒するじゃない。



 でも滞在する王宮の部屋に案内され、二日間過ごしてみたところで特に何も起こらない。一応、足下を掬われないよう用心はしていたけれど、意外や意外、ケルヌスの人たちは物腰柔らかで丁重な対応をしてくれて、なんだか肩透かしを食らった気分である。



 とはいえ、戴冠式で何かあるのかもしれないと思うとやっぱりどうしても気は抜けない。



 ちなみに、いつものことだけど今回のドレスもアレゼル様with王室御用達トップデザイナーのナウスが全面的にプロデュースしている。今回は新王の戴冠式という超重要公式行事、しかも居並ぶ国王レベルの賓客たちになめられないよう黒と紫色という大人っぽい配色を基調としていて、腰から裾にかけての流れるようなカスケードフリルがアクセントになっている。濃淡のアメジスト色がグラデーションを織りなし、満点の星空のような輝きを施したチュールが動くたびにキラキラと瞬く過去最高レベルの仕上がりである。ナウス、ありがとう。



 色味からして己の独占欲を炸裂させたとしか思えないアレゼル様は、満足そうに何度も頷いている。



「俺の奥さんが眩しすぎてしんどい」

「……どうせ今すぐ脱がせたいとか思ってるんでしょ」

「当たり前だ。それしか考えてない」

「……そこは否定してほしいです」



 いつもながらふしだらな夫である(でもおかげで少し緊張が紛れた)。






 煌びやかな王宮の大ホールにはすでにたくさんの人が集まっていた。一見、みんな普通の人間なんだけれど、多分半分以上は獣人の方々なんだと思う。



 獣人といっても、見た目は人間とほとんど変わらない。でも総じて人間とは桁違いの身体能力を誇り、その性格傾向にはルーツとなる動物の特徴が現れるという。例えば猫の獣人は自由気ままでマイペース、蛇の獣人は冷ややかで執念深い、というように。それから、過剰な精神的興奮とか過度の身体的衰弱といった生存機能に影響を及ぼしかねない異常状態に陥ると、ルーツとなる動物の特徴が身体化してしまうらしい。耳と尻尾が出てしまうとかそんな感じ?(『獣化』と呼ぶんだとか)。あと、人間に比べると寿命が二~三倍長いのも特徴なんだそう。



 以上が獣人に関する基本情報である。ただ、数百年の間国を閉じていたせいもあって、いまだ謎に包まれている点も多い。



 そうした珍しい特徴を有する希少価値の高さから、かつては『獣人狩り』なんて悪しき風習が横行していたのも事実である。獣人をさらって、奴隷のようにこき使ったりあくどい仕打ちをしたり、挙句の果てにはわざと獣化させ、見世物のように扱うということもあったらしい。それこそいろんな獣人を集めた見世物小屋なんかもあったりしたそうだから、一層質が悪い。人権侵害もいいところである。繰り返される理不尽な差別から獣人を守るため、当時の王が鎖国に踏み切ったのだと言われている。



 時代が変わり、人々の意識も変わり、国を閉じ続けることに疑問と限界を感じた新王は鎖国を解くことにしたという。私たち人間は大昔の過ちを悔い改め、今度こそ獣人の想いを裏切ることなく国際社会で対等かつ良好な関係を築いていかなければ、なんてうっかりクソ真面目なことを考えていたときだった。




「アレゼル殿下、ラエル妃殿下」



 声をかけられて振り向くと、ついこの間までいろいろとお世話になった人たちがにこやかに微笑んでいた。



「サララ様! アスカ様!」

「その節は大変お世話になりました」

「そんなことは……」



 東方での伝統的な衣装である『キモノ』を艶やかに着こなすサララ様とエスコート役のアスカ様だった。サララ様の『キモノ』はつややかな象牙色に二羽の大きな金色の鳥がデザインされた上品なもので、アカツキでお会いしたときとはまた違った印象である。



「サララ様たちも招待されていたのですね」

「ええ。グルウラング・ケルヌス陛下とは多少面識がありまして」



 そう言って、サララ様はどこか意味ありげな含み笑いをする。



 鎖国していた国の王太子とつながりがあったなんて、どういうことだろう。東国は東国でケルヌスとはそれなりの交流があったのだろうか? え、鎖国してたのに? しかも陛下って、王太子時代は長年無能の仮面を被ってたとかじゃなかった?



 なんとなく引っかかりを覚えたのが顔に出そうになって、慌てて引っ込める。そんな私の百面相には気づかなかったのか、サララ様はこの場の空気にそぐわないような真顔になった。



「それはそうと、タカラのことなのですが」

「あ、はい」



 私もアレゼル様もつられて真顔になる。サララ様は持っていた扇子を少しだけ開いて口元に当て、小声で言った。



「補佐官の職を罷免しました」



 その声は、感情の見えない平坦なものだった。サララ様にとっては苦渋の決断だったのだろう。はっきりとした実害はなかったとはいえ、最終的にはアカツキの執政官に刃を向けたのである。さすがにお咎めなしというわけにはいかなかったらしい。



「ただ、本人は心を入れ替えてもう一度補佐官候補の試験を受け直すと言っているんですよ」

「そうなんですか?」

「はい。今はどういうわけかイズミが自分のところで雇いたいと言い出して、雑用係をさせています」

「雑用係?」

「何ですかそれは」

「補佐官にはそれぞれ専用の執務室があって、数人の秘書や雑務をさせる使用人を雇っているんです。イズミが『私は一応被害者ですし、タカラを預からせてほしい』と言うので任せることにしたんですよ」

「……大丈夫なのですか?」

「はじめはどうなることかと思いましたが、なんだかんだ言って仲良くやっているようで」



 サララ様がふふっとあどけなく笑う。



 御所内では不仲とささやかれていた二人だし、被害を受けたイズミ様がタカラ様を一方的に使役しているのかと思ったけどそういうわけでもなさそうである。やっぱりイズミ様にも思うところがあったのだろうか。五人きょうだいの長女らしいし、お姉ちゃん気質が顔を覗かせてしまったのかもしれない。まあ、これから良い関係を築いていけたらいいのではと思う。そしてタカラ様も、犯した罪を償って新たな人生を歩んでほしい。



 サララ様は閉じた扇子を胸の下の辺りにさっと差し込むと、眩い光を放つホール全体を見渡した。



「それにしても、さすがはケルヌスの戴冠式ですわね。自国の高位貴族はもちろん、招待された各国の要人も錚々たる顔ぶれで少し気後れしてしまいます」



 サララ様はアカツキの執政官であると同時に東方諸国連合の代表でもある。国際会議の参加経験は当然豊富だろうし、今回出席している他国の貴賓や要人にも見知った顔が多いのだろう。



「サララ様でも気後れされるのですか?」

「もちろんですよ」

「私たちも完全に場違い感しかないのですけれど」

「ほかの国々は国王レベルの方々が出席されていますが、なぜかフォルクレドだけは俺たちが名指しで招待されてしまって」

「あら」



 当惑と疑念を露わにした私たちのつぶやきに、サララ様は面白いものでも見るかのような顔をした。



「すぐにわかりますわよ」

「え?」



 くすくすと楽しそうに笑みをこぼすサララ様と、訳知り顔で頷くアスカ様。アレゼル様がすかさず聞き返そうとすると、



「それでは」



 楽しげな余韻を残したまま、二人はさっさと行ってしまう。




 え、なんだそれ。




 思わせぶりなアカツキの二人の背中を追いつつも、私はアレゼル様の端正な顔を見上げてみる。アレゼル様も戸惑ったような顔をして、私を見下ろしている。



「今の、どういうことでしょうか?」

「あの二人、俺たちが呼ばれた理由を知ってんのか?」

「どうしてでしょう?」



 疑問符ばかりが私たちの頭の中に飛び交って、お互いに首を傾げたちょうどそのときだった。





 甲高いファンファーレの音が鳴り響き、後方の扉が勢いよく開く。



 聖職者や数人の従者、それにたくさんの近衛兵を従えた長身のグルウラング・ケルヌス陛下が、開け放たれた扉から堂々とした王者の風格で入場してくる。



 その威厳と貫禄たるや。さすがは獣人の頂点に君臨する王である。身長は二メートル近く、屈強な体格は圧倒的ですらある。長年愚鈍の仮面を被り、暗愚の極みと言われた前王を打ち倒すべく用意周到に準備を整えてきた策略家という側面も併せ持つ稀代の王。



 ケルヌスの王は、竜の獣人だといわれている。その身体的能力は獣人の中でも類を見ないほどずば抜けており、卓越した戦闘力の高さとカリスマ性とで長く国を治めてきたらしい。反面情に厚く、心を許した相手にはどこまでも深い愛情を注ぐことを惜しまない。とにかくその存在そのものが他の追随を許さない強大無比な王なのである。




 そのケルヌス新王が玉座に向かって悠然と歩いていく。



 玉座の脇には側近と思われる人物が待っている。手にしたお盆のようなものの上には絢爛豪華な王冠が輝いている。





 ……と、ちょっと待て。




 あの側近の人。なんだかすごく、見覚えがある気がするんだけど。前髪を上げ、しっかりと髪をまとめ、見慣れないほど上質で華やかな衣装を纏っているからなんだかイメージが違うけど、でもあの胡散くさい感じ、見間違えるはずがない。ついこの間までさんざん私たちを振り回したあの顔を、忘れるはずがないじゃない。



 私が気づいたのとほぼ同じタイミングで、アレゼル様も気づいたらしい。



「あれってもしかして」

「……レオファ様ですよね?」



 玉座の脇で主を待つローズクォーツの目が、妖しく光ったように見えた。














ケルヌス編は全9話の予定です。

よろしくお願いします。

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