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13 晴天霹靂①

「元聖女だって?」



 ミレイ様の説明に、ルーグ様が間髪を入れず切り返す。



「どういうことだよ?」

「覚えてない? これまで降臨した聖女の中で、二番目の聖女は早々に行方不明になってたんでしょ?」

「……そういえば」

「ヒミコはその聖女だったのよ。ある人の力を借りてオルギリオンから逃げ出して、この島にたどり着いたあとアカツキを興したと書いてあるの」

「まじか……」



 まさかの事態に、ルーグ様は息もつけないほど驚いている。一方、アカツキの面々とレオファ様は会話の意味がわかるはずもなく、完全に置いてけぼりである。

 


「でもオルギリオンから逃げ出してここへ来たって言っても、かなりの距離があるんだぞ?」

「だからある人の力を借りたのよ」

「誰だよそれ」

「『北の魔女』って書いてある」



 その言葉を聞いて、はっとした表情のサララ様がレオファ様の方を振り向いた。レオファ様は一瞬だけ目を見開いたように見えたけど、それきり表情が動くことはなかったから気のせいだったのかもしれない。



「『北の魔女』が何者なのかはわからないけど、その人のおかげでここまで来れたみたい。その人の『人智を超えた神懸かり的な力』の一部分を分け与えられて、アカツキという国を創ったと書かれてあるの」

「なんだよその、『人知を超えた神懸かり的な力』って」

「残念だけど、具体的なことは何も書かれてないのよ。でもヒミコが()()だったのなら、私の考えてた通りってことじゃない」



 そう言って、ミレイ様は控えめながらもしてやったりという顔をする。



 建国の神子ヒミコが聖女だったということは、ミレイ様の仮説通りやはりヒミコも『異世界人(いせかいびと)』だったということになる。ミレイ様と同じ世界から、自分の意思とは関係なく突然やって来た異次元の存在。ミレイ様は『異世界から東方諸国に落ちてくる別ルートがあるのでは』とかいう大胆な仮説を立てていたけれど、なんてことはない、ヒミコもまたオルギリオンに降臨した聖女だったのだ。



 そしてヒミコはこの世界に留まって、元いた場所と同じような環境を創り上げようとしたのだろう。東方諸国の文化や言葉、生活様式までもがミレイ様の元いた世界と似ていたのは、そういう理由だったのだ。そりゃ似てるわけだよ。同じ世界から来た人が創ったんだもの。




「聖女様」



 なんとなく雰囲気を察したらしいサララ様が、落ち着きを取り戻した様子でテーブルの上を指差した。



「箱に入っていたこれらの面妖な品々は何なのでしょう?」



 さっきミレイ様が奇声を上げて箱から出した道具たちは、異彩を放ちながらテーブルの上に鎮座している。てっきりガラクタか何かと思ってたけど、ミレイ様には馴染みのものらしい。



「これは……自分が元聖女であると証明するために入れたのかもしれませんね」

「聖女様はこのような道具を使われるのですか?」

「まあ、そう、ですかね」



 取ってつけたようにはははと笑うミレイ様を前にして、サララ様が可愛らしくきょとんとした顔をする。



 あれはきっと、ミレイ様やヒミコが元いた世界で使われていた道具なのだろう。何に使うのかはさっぱりわからないけど、一目見ただけで飛びついたミレイ様の様子を見ればよく知られた品々だったに違いない。



「この手紙はそもそも、オルギリオンの聖女にしか読めない文字で書かれてあります。それにパンドラボックスの在り処を示す『春はあけぼの』という言葉だって、聖女でなければ解けない『暗号』になっていたんですよ」

「そうなのですか?」

「はい。ヒミコは秘宝を残したと言い伝えられてきたようですが、本当は自分と同じ境遇にあるオルギリオンの聖女にただ気づいてほしかっただけなんだと思います。いつの日か聖女という存在がこの国を訪れたとき、あなたは一人ではないと勇気づけるために」



 ミレイ様は、澄み切った清らかな微笑みを湛えている。



 その言葉の意味を図りかね、わかったようなわからないような複雑な表情になるサララ様。



 でもやがて、何かしら心に落ちるものがあったのだろう。ミレイ様と同じ晴れやかな笑みが、そこにはあった。






◇◆◇◆◇






 せっかくだからと御所での夕食に招かれたミレイ様とルーグ様は、帰り際私たちの部屋に改めて挨拶に来てくれた。



「次に会えるのはいつになるかしらね」



 『次』を考えてくれていることにそこはかとない感動を覚えつつも、ちょっとリアクションに困ってしまう。ミレイ様の本音がわからず、素直には喜べない。



 そんなミレイ様はさっきとはうって変わって深刻そうな表情をして、私たちの前に座っていた。



「実は、みんなに話したいことがあるのよ」

「話したいこと?」

「さっきのヒミコの手紙なんだけど」



 そう言って、声を潜める。



「最後の方に書いてあったの。『願いがあるなら、北の魔女を探しなさい』って」



 その声は、引きつったようにぎこちない。



「なんだそれ」

「『願い』ってなんだ?」

「いや、そもそも『北の魔女』って誰なんだよ? この世界に魔女なんているのかよ?」

「聞いたことないけどな」

「俺だってないよ。それに、北ってどこだよ」

「アカツキの北か? それとも東方諸国の北側に位置する島かな?」

「アカツキの北というか、この世界の北側という意味でしょうか?」

「この世界の北側……?」




 頭の中に、世界地図を思い浮かべる。



 東方諸国は島国だけれどフォルクレドとオルギリオンは陸続きになっていて、その北側、つまり大陸の北側には獣人の国・ケルヌスがある。



 ケルヌスは、他国との交わりを極力制限したいわゆる鎖国状態の国である。南端に位置するガルムという町でのみ交易と人の往来を許可していて、獣人が他国へ行くことも他国の民がケルヌスに入国することも禁じている。国際的に完全な孤立状態というわけではないけれど、極めて閉鎖的な国であることは間違いない。



「ケルヌスに魔女がいるってことか?」

「どうだろうな。ケルヌスに関してはわからないことの方が多いから」

「だよなー」

「ちょっと、ケルヌスって何よ」



 この世界の初心者であるミレイ様にとって、ケルヌスは聞き覚えのないワードだったらしい。ルーグ様が簡単に説明すると、「そうなの……」と言ったきり思案顔になる。



「つまり、ミレイ様に元の世界に帰りたいという『願い』があるなら、『北の魔女』を探せってことになるのか?」

「たださ、もしケルヌスに魔女がいるとしても東方諸国(ここ)みたいに行こうと思って簡単に行ける場所じゃないだろ」

「まあ、ガルムまではともかく、その先なんて他国の人間はほとんど誰も足を踏み入れたことがないからな」

「でも大昔には鎖国なんてしていなかったのですよね? ほかの国々と対等に交流していた時代もあったのに」

「獣人狩りなんて悪しき風習が横行していたからな。自国の民を守るためにケルヌスも国を閉じるしかなかったんだ」

「ひとまずガルムまでなら確実に行けるわけだからさ、ミレイが行ってみたいって言うなら俺がなんとかして――」

「いらない」

 


 あっさりと、半ばぶっきら棒に答えたミレイ様を見て、ルーグ様がわかりやすく慌てふためく。



「え、なんで」

「だって、そもそも『北の魔女』がそのケルヌスって国にいるかどうかもわからないんでしょ? まったくの見当違いかもしれないじゃない」

「それはそうだけど」

「ここへ来るのだってそんなに簡単じゃなかったのよ? また準備だって必要だろうし、『北の魔女』がどこにいるのかもっときちんと調べてから行動に出るべきよ」



 当たり前のように平然と諭すミレイ様に、間違いなく違和感を覚えてしまう。



 確かにその通りだと納得する反面、オルギリオン王宮の東方庭園を初めて目にしたときのミレイ様を思い出す。あのときは、何が何でも手がかりを探したくて手当たり次第に突き進もうとする勢いがあったのに。この差はなんだろう。



 もしかしたらこの世界のことが少しずつわかってきて、もっと的確に、そして慎重に事を進めるべきだと思うようになったのかもしれない。本来はそう簡単にオルギリオンから出ることのできない立場なんだもの。元の世界に帰りたいという切なる願いを叶えるためには、一つの失敗も許されないのだから。




 でも。




 もしも。そうじゃない可能性があるのだとしたら。




 そんな自分自身の『願い』を、私は否定することができずにいる。






◇◆◇◆◇






 そうして、私たちはようやくフォルクレドに戻ってきた。



「随分と長い滞在だったようですが」



 オリバー様の嫌味もなんだか懐かしさすら感じてしまう。いや、そんなことないか。やっぱり勘弁してほしいわ。



「まあ、今回は仕方ないですね。とんだ災難に巻き込まれたようですし」



 アカツキでの騒動についてどこまで聞き及んでいるのかはわからないけど、不可抗力だったってことは理解してくれているらしい。助かった。



「それにしても、お二人はどこへ行っても騒動に巻き込まれる運命なのでしょうか」

「は? どういう意味だ?」

「実はお二人がアカツキを訪れている間、国際情勢を一変させる大事件が起こりましてね」



 そう言って、オリバー様はいつものようにもったいぶってモノクルを外す。ひとしきり磨いたあと、わざとらしくカチリと音をさせてモノクルを付け直す。




「獣人の国ケルヌスで軍事的な政変が起こったのです。前王は廃され、すぐさま王太子が即位したのですよ」




 ……え。



 ……え!? ちょっと、まじかそれ。




 つい最近話題に上ったばかりの国の名前に、思わず隣に座るアレゼル様の腕を引く。アレゼル様は私の顔を見下ろして、黙って頷いた。



「ケルヌスの前王は、漏れ聞くところによりますと結構な暗君だったようでしてね。王太子も救いようのない無能と噂されていたのですが、予想に反して相当な策士だったようです」

「王太子が自ら動いたのか?」

「そのようですね。長年暗愚の仮面を被りながら、着々と準備を進めていたのでしょう」

「すごいことになったな」

「しかも新王の即位を契機に、ケルヌスは鎖国を解くことになったのですよ」

「「は!?」」



 これには私もアレゼル様も驚いた。私なんて、驚きすぎてアレゼル様の袖先をぐいぐい引っ張っちゃったもの。なんだそれ。どういうこと? いや、もうなんというタイミング。



「鎖国を解くとどうなるんだ?」

「まだはっきりとしたことは確定していませんが、交易や人の往来を南端のガルムの街だけに制限していた状態は解除されることになるでしょうね。今後は他国との自由なやり取りも生まれるでしょうし、禁止されていた出入国も段階的に緩和されていくでしょう」




 ……そうなると。



 ケルヌスに『北の魔女』を探しに行くことが可能になるんじゃないの?



 もちろん、ミレイ様がオルギリオンから出ること自体そもそも簡単じゃないし、『北の魔女』がケルヌスにいる保証もないし、今すぐにとはいかないだろうけど。でもこれは、ミレイ様にとって希望の光になるかもしれないビッグニュースである。ミレイ様、もう聞いたかしら。早く教えてあげたいんだけど。



「それでですね」



 オリバー様が「本題はここからなのですよ」と付け加える。なんかこういうくだり、だいぶ前にもやったような。



「新王グルウラング・ケルヌス陛下の戴冠式に、あなたがたお二人が名指しで招待されているんです」















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