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12 正真正銘

 すべての事件が解決し、ようやく明日には帰国できることになった。



 アカツキ滞在最終日。



 でもなんだか心身ともに疲れ切っていて、東都の街へ出かける気力もない。夕方になったら挨拶がてら総領事館に顔を出すことにして、私とアレゼル様はヒノデ御所の庭園を散策することにした。御所の庭園も見応えがあると侍女が話していたのもあるし、それに。



「あの丘の上から、東都の街を一望できるそうですよ」



 御所の侍女から聞いたとっておき情報を教えても、アレゼル様の機嫌はやっぱり直らない。



「……まだ怒ってるんですか?」

「……怒ってない」



 いや、完全に怒ってるでしょうよ。むくれた表情で目を逸らしつつも、こうして一緒に庭園まで来たりなんだかんだ言って手をつないでくれたりするアレゼル様である。



 昨日の一件で、ハラルド様から内緒の特訓を受けていたことはすぐバレてしまった。さすがに騎士団に入るようなことはしていないけど、何かあったときのために技を磨くことだけは怠らずにいようとした私の魂胆が面白くなかったらしい。ずっとへそを曲げている。ろくに話もしてくれない。



 それでなくてもアカツキに来てから、ほとんどいちゃいちゃも甘々もないまま過ぎてしまったんだもの。さすがに夫の苛立ちも頂点に達してしまったらしい。そんな超絶不機嫌モードのアレゼル様をなだめるべく、庭園に来てみたというわけだ。





 ヒノデ御所の庭園の奥にひっそりと佇む、小高い丘。しっかりと整備された長い階段を上った先には小さな祠がある。



 その祠の前に、思いがけない人物がいた。



「アスカ様」



 声をかけられた長身の補佐官はぼんやりとこちらを向いて、私たちに気づくとかしこまって一礼をした。



「おはようございます。アレゼル殿下、ラエル妃殿下」

「……昨日は、大変だったな」

「……はい」




 思い出してしまって、またどんよりと空気が重くなる。真相を知ったタカラ様の慟哭。隠していたことを謝罪しながら静かに涙を流すサララ様。そして、それを悲痛な表情で見つめるアスカ様。




 姉の死をサララ様とアスカ様のせいだと思い込んだタカラ様は、二人を陥れようと策を練り始めたのだという。執政官と補佐官を取り巻く不穏な噂を広め、補佐官同士で執政官の後継者争いが勃発していると根も葉もない嘘を拡散し、御所内で様々な憶測が飛び交うよう仕向けてきたらしい。そして自分とイズミ様の命が狙われたと見せかけることで、アスカ様に疑いの目が向くよう画策したのだという。そうやってじわじわと二人を追い込み、お互いの信頼感に致命的な亀裂が生じるよう策略を巡らしてきたタカラ様。いずれはサララ様を直接狙い、その罪をアスカ様になすりつけるところまで考えていたようだけど、結果的に計画は途中で頓挫してしまった。



 真実を闇に葬り去ったサララ様とアスカ様には、きっとどこか共犯者めいたつながりが醸成されていたのだろう。そんな密かな関係性が、タカラ様に大きな思い違いを抱かせてしまったのかもしれない。




「タカラの処分はこれから話し合うことになりそうです」



 暗く沈んだアスカ様の声。その心中は、察するに余りある。



「ただ、サララ様が減刑を訴えるのはともかく、意外にもイズミが情状酌量を願い出ていましてね」

「イズミ様が?」

「不仲と言われていたのではないですか?」

「イズミは五人きょうだいの長女で、実は家族思いの苦労人なんですよ。今回の騒動の発端が姉の死だと知って、思うところがあったようで。狙われはしましたが、実際には無傷で済んでいますし」



 考えてみれば、今回の騒動で一番被害を受けたのはタカラ様自身である。毒を飲んで苦しい思いをしてるわけだし。サララ様を狙い損ねて、私に吹っ飛ばされてるわけだし。深刻な被害が及ぶ前に、誰かが決定的に傷つく前に、早い段階ですべてがバレてしまったんだもの。あれ。もしかして一番損してる? 人を呪わば穴二つ的な?(なんか違う?)



「それに」



 アスカ様はゆっくりと、眼下に広がる東都の街に目を向ける。無言でしばらく眺め入り、そしてぽつりと言った。



「サララ様の話は、すべてが真実というわけではないのです」

「え?」



 突然の衝撃発言に、私たちは思わず顔を見合わせる。



「昨日のサララ様は、エーギル海賊が一方的にカツラを利用したような話しぶりでしたが」

「そう、でしたね」

「本当は、カツラと海賊は恋仲だったのですよ」

「え」



 恋仲? 敵対関係にある海賊と? いや待って。カツラ様と恋仲だったのはアスカ様のほうでは?



 思いもよらない追加情報に脳内の修正が追いつかない。



「カツラから、好きな人ができたと別れを告げられたんです。補佐官になってすぐの頃でした。相手の海賊は騙すつもりでカツラに近づいたのでしょうが、結局は本気でカツラを愛してしまったんでしょう。カツラが亡くなったあと、彼もまた行方知れずなのですよ」



 穏やかに話し続けるアスカ様の目に、言葉では表現し得ない感情が浮かぶ。



「でもサララ様は、それを受け入れられないのです。カツラを失った悲しみは激しい怒りと憎しみになって、海賊に向けられるようになりました。八年経って、ようやくあの頃を上回る最新鋭の戦闘用軍艦が完成したのをきっかけに、サララ様は今こそ海賊を徹底的に駆逐すべきと急進的な主張をするようになったのです」



 肩を落として目を伏せるアスカ様を見て、アレゼル様が何かを悟ったのかすっと顔を上げた。



「もしかして、最近アスカ様とサララ様に口論が絶えなかったというのは」

「……海賊への対処をめぐって対立することが増えていました。私はもっと穏便な方法があるだろうと、軍艦を使って海賊を排除するのは最後の手段だと再三話していたのですが」



 アスカ様の声に悲嘆の色が混じる。そして疲労感の滲む目をしたまま、またゆっくりと眼下に広がる東都の街に顔を向ける。



「……カツラは、このショウナゴン山から東都の街並みを眺めるのが好きだったのですよ」



 まるでカツラ様のいた遠い過去に思いを馳せるように、目を細めるアスカ様。



「カツラ様もよくこの場所に?」

「はい。補佐官候補の時代から、二人でよく来たものです」




 寂しそうに笑うアスカ様の言葉を頭の中で反芻して、ふと気づく。




 ちょっと待って。今、なんか、どこかで聞いたことのある重要ワードが……。






 ……『昔の女流作家であるセイ()()()()()()という人が書いた随筆の冒頭の一節なんだけど』






 ん?






「あ!」



 悲哀感が漂う空気をぶち壊すような大声を上げると、アレゼル様もアスカ様もびくっと肩を震わせてこちらを振り向いた。



「なんだよラエル。いきなり大声――」

「アスカ様!」

「は、はい」

「今、なんて言いました?」

「は? 何がですか?」

「ここ、この場所の名前です!」

「え? あ、ショウナゴン山ですか?」





 『()()()()()()山』




 『セイ()()()()()()

 




「ショウナゴン山が何か……?」

「この丘は、いつからショウナゴン山と呼ばれているのですか?」

「え、建国の頃からだと思いますが」






 ……いや、待って。ほんと待って。落ち着け自分。すごいことに気づいちゃったかもしれない。まさかの同じ名前。え、まじで同じ名前?




 もしかして、来ちゃったコレ!?






◇◆◇◆◇





 

 果たして。



 ショウナゴン山の頂上にあった祠の下を試しに掘り起こしてみると、小脇に抱えられる大きさの箱が本当に出てきちゃったから驚きである。



「これってもしかして……」

「多分、パンドラボックスですよ」



 箱を目の前にしても、アレゼル様はまだ信じられないらしい。アスカ様も「これが……?」と半信半疑である。無理もない。私だってびっくりだもの。



 でも、以前ミレイ様が話していたことを思い出したのだ。パンドラボックスの在り処を示す『春はあけぼの』というフレーズと、その一節を残した『セイショウナゴン』という女性の存在を。同じ名前がついてる山なんて、いかにも怪しいじゃない。パンドラボックスはここにありますと言ってるようなものだと思ったのよ。



 もちろん、『春はあけぼの』と『セイ()()()()()()』との関係がわからなければ、一生解けない謎のままだったんだろうけど。



「開けてみますか?」



 アスカ様が、おそるおそる箱に手をかける。



「開きそうか?」

「はい……。あ」




 簡単に、箱が開いた。



 中にあったのは。




「なんだこれ?」

「なんでしょう?」

「……これ、手紙でしょうか?」

「……ん?」



 収められていたのはガラクタのような正体不明の品々と、一枚の紙切れだった。アレゼル様は素早く紙切れを広げて、と同時にどういうわけか深刻な顔つきになる。



「ラエル」

「はい」

「この文字、見覚えないか?」

「え?」



 立ち上がったアレゼル様が手にする紙切れを覗き込むと、すぐに気がついた。



「これ、オルギリオンで見た『聖女の日記』に書かれていた文字と同じ文字じゃないですか?」

「だよな」

「え、てことは」



 見上げたアレゼル様のよく通る低い声が、一息に言った。



「ミレイ様を呼ぼう」






◇◆◇◆◇






 パンドラボックスをヒノデ御所に持ち込むと、サララ様とイズミ様が勢いよく飛び込んできた。



「見つかったの?」

「はい」

「どこにあったの?」

「それが……」



 千五百年以上もの間、あちこち探し回っても一向に見つからなかった神子の秘宝。それがまさか、自分たちが住む御所のすぐ目の前の、小高い丘の天辺に埋められていたとは。灯台下暗し、盲点もいいところである。



「本当にパンドラボックスなのですか?」



 お宝の存在などはなから信じていなかったレオファ様は、箱を目の当たりにしてもどこか小馬鹿にした様子でどこまでも冷めている。ちょっと、いやだいぶかわいくない。素直さが足りないと思う。




 それからしばらくして、呼び出されたミレイ様とルーグ様が到着した。いきなりの事態に二人とも戸惑っていたけど、挨拶もそこそこにパンドラボックスと思われる箱と対面する。



「中を確認してみてください」

「私が? いいの?」

「多分、ミレイ様でないとわからないのではと」



 アレゼル様の言葉に不思議そうな顔をしながら、ミレイ様が迷いもなく箱に手をかける。



「え? ちょっとこれ……!」



 箱を開けた途端、中に収められていたガラクタのような品々を手に取るミレイ様。「これ、スマホ?」「え、サイフ?」なんてわりといつも通りの意味不明な謎言語を発している。そしてあの紙切れを手に取って、するすると読み進めるうちにどんどん表情が強張っていく。




「そういうことだったのね……」




 一気に読み終えて、ミレイ様はなぜか天を仰いだ。




「なんだよ?」

「何が書いてあったのですか?」



 凪いだ海のような目をするミレイ様は、恐らくすべてを悟ったのだろう。この場にいる誰もが(レオファ様でさえ)、固唾を飲んでミレイ様の言葉をじっと待っている。





「……建国の神子ヒミコが残した箱をパンドラボックスと呼ぶのなら、これは紛れもなくパンドラボックスです。そしてヒミコとは、オルギリオンから逃げ出した元聖女です」




 












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