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7 仮説思考

 犯人がわかってる?




 硬い表情をしながらも、レオファ様の特徴的なローズクォーツの目は妖しい光を放っている。



「お二人が信用に値する方々だということは、この数日間で十分に実感しています。なのでお話ししますが、この話はここだけの秘密にしていただきたいのです」



 私たちのどこをどう見て『信用に値する』と判断したのかまったくわからないのだけど(特にレオファ様とはパーティーでやり合ってるわけだし)、目の前の補佐官はほとんど躊躇することなくすんなりと結論を披露した。





「犯人は、恐らくタカラです」





 ……は? え、なんで?




「いやいや、ちょっと待て」



 驚きすぎて逆に冷静になったアレゼル様が、呆れた調子で言い返す。



「タカラ様は一番の被害者だろう? 毒を飲まされ、襲われて怪我までしている。それがなんで犯人になるんだ?」

「ですからすべて、彼女の自作自演なのですよ」

「は?」



 なんでだか妙に落ち着き払っているレオファ様には、どうやら確信があるらしい。ポーカーフェイスを気取ったまま、淀みない口調で話し出す。



「毒は初めから致死量ではなく、ごく微量なものでした。医師が待機していることも知っていましたし、すぐに解毒剤を調達できる毒を選んでいる。誤って自分が死ぬことのないよう、万全の準備がなされているのです。自作自演でなければそんなことはできないでしょう?」

「でもそれだけで犯人とは――」

「もちろんそれだけではありません。タカラの飲んでいたワインは私も飲んでいましたから、毒はワインに入っていたわけではない。一方グラスはテーブルの上にたくさん並んでいて、私もタカラもその中から手に取っています。タカラがどのグラスを選ぶかわからないのに、どうやって毒を仕込むというのですか?」

「いや、あれはもしかしたらタカラ様を狙ったのではなく、誰でもよかったという可能性もあるだろう?」



 アレゼル様の当然の反論に、レオファ様は無言で首を振った。



「……タカラの飲んだ毒は、サエアだったのですが」

「サエア……?」



 サエア。



 それは古代の言葉で『果実』を意味する毒。精製が比較的容易なため手に入りやすく、摂取すれば最悪の場合死に至るという取扱注意な代物である。『毒』と言われて誰もがイメージするような典型的な効果を持つ、『毒』の代表とも言うべき存在。もちろん、フォルクレドの王宮の宝物庫の奥にも一応保管はされている。



「サエアって、あの甘い果実の匂いがする毒か」

「そうです。あのとき、医師が『解毒剤もすぐに準備できる』と言ったのを覚えていますか?」

「ああ、もちろん――あ、匂いがしたのか?」

「はい。口元から甘い匂いがしたため、飲んだ毒はサエアだとすぐに断定できたのです」

「そうだとしても、そのこととタカラ様が犯人だと言い切るのとどういう……」

「タカラは、毒を飲む前からサエアの匂いがしていたのですよ」



 そう断言すると、レオファ様はなぜかちょっと恥ずかしそうに鼻先を掻いた。



「実は俺、人より鼻が利くんですよね」

「は?」

「匂いに敏感といいますか」

「ああ、そう、なのか?」

「はい。あの日、タカラからずっとかすかにサエアの匂いがしていたんです。サエアの匂いは甘い果実のような匂いですが、その中にも独特の渋みというか苦味というか、そういう匂いが混ざってまして」

「……詳しいな」

「ええ。とにかくその匂いがしていたので、おかしいなと思いましてね。タカラの近くにいて様子を窺っていたんですよ」



 確かにあの日、レオファ様はタカラ様とつかず離れずの位置を保っていた。タカラ様が倒れたときも、レオファ様が一番近くにいたことは覚えている。



「ずっとサエアの匂いがしていたというのはどういうことだ?」

「恐らくタカラは、サエアの毒を少量持ち歩いていたのではないかと思います。瓶か何かに詰めていたのでしょう。そしてタイミングを見計らって、自分で飲んだのではと」



 自説に自信のあるレオファ様とは対照的に、アレゼル様はどうしても納得がいかないというように首を傾げる。



「しかし何のためにそんなことをする必要がある? 下手したら自分の命を落としかねないんだぞ」

「俺もそれがわからなかったんで、少し様子を見ることにしたのですよ。これが自作自演だとしたら、次に何かが起きてもさすがに命を落とすようなことはないだろうと思いまして」



 平然とした様子で言い切るレオファ様に、なんとなく背筋が寒くなる。死にはしないだろうから放置するって、ちょっと怖くない? 冷徹というべきか、鬼畜と捉えるべきなのか。 



「その結果が、今回の襲撃なのです」

「あ……」



 レオファ様が想定した通りの展開に、アレゼル様は言葉を失った。




「イズミが狙われ、タカラもまた襲われた。まあ、タカラの話は嘘だと思いますので、あの包帯の下に傷はないでしょうけどね」

「イズミ様を襲ったのもタカラ様だと言うのか?」

「はい、恐らく。イズミが昨日あの時間にサララ様の執務室へ行くことになっていたのは補佐官なら誰でも知っていましたし、中庭を通ることも知っています。実際に怪我をさせるつもりはなく、『狙われた』と思わせることができればそれでよかったのだろうと思いますが」

「……動機はなんだ?」

「タカラが襲われ、イズミも襲われたとき、一番に疑いの目を向けられるのは誰だと思いますか?」



 レオファ様が不敵な笑みを浮かべる。それを見て、アレゼル様は戸惑いながらも渋々と言った様子で答えを返す。



「……執政官の後継者争いが噂されているこの状況なら、まず疑われるのはアスカ様だろうな」



 そりゃそうだろう。執政官や補佐官同士の関係に不穏な影が忍び寄る今、タカラ様とイズミ様に何かあったら得をするのはアスカ様だと誰もが思う。二人の補佐官を排除できればアスカ様が次の執政官の座を狙うのは容易になるだろうと、みんなが思ってしまう。



 望んだ答えが得られたレオファ様は、満足そうに頷いてからニヤリとほくそ笑んだ。



「要するに、アスカを陥れることが今回の一連の騒動の動機なのではと思いまして」

「それこそ、何のためにだ」

「そこがわからないのですよ」



 どういうわけだかだんだんと尊大さを増すレオファ様に、私もアレゼル様も怪訝な顔を隠せない。でもいつも通りの胡散くささを纏いながら、レオファ様はあっけらかんと続ける。



「アスカを陥れることで、次の執政官の座を確実にするつもりなのかとも思ったのですがね。それにしては手が込んでいるというか、害意さえ感じる手口だなと思いまして」

「……人の命を脅かしてまで執政官になろうとする悪逆非道な人間だと、アスカ様が評されるように仕向けているということか」

「はい」



 アスカ様に向けられた悪意。その元凶がタカラ様だと、レオファ様は主張して譲らない。



「タカラが自分で毒を飲んだことははっきりしています。暴漢に襲われた話も出鱈目だと言い切れます。すべてはアスカに罪を着せるためだろうというところまでは推測できるのですが、なぜ、というのはいまいちわからなくてですね」



 いやいや、そこが一番肝心なところだろうよ。とツッコもうとしたら、レオファ様は半ば当たり前といった様子で言い放った。



「というわけで、お二人にはタカラが犯人だという証拠を見つけてきてほしいのです」

「「は?」」



 珍しく、素直な気安い笑顔を見せる目の前の補佐官に、私もアレゼル様も思わず前のめりになる。



「証拠を見つけるってなんだよ?」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味ですよ。犯人がタカラだということははっきりしてるんです。ただ、証拠がない。俺は公務があるので自由に動き回れませんし、あれこれ調べていたらタカラに気づかれて尻尾を掴むことができなくなる。だからお二人にご協力いただきたいのです」

「なんで俺たちが」

「だって殿下、パーティーの翌日におっしゃったじゃないですか。乗りかかった舟だ、協力は惜しまないと」

「……いや、言ったけどさ」



 数日前の発言をうまいこと利用され、戸惑いぎみに押し黙るアレゼル様。でもまさか、こんな形で協力しろなんて言われると思わないじゃん、普通。



「お二人には、調べてほしいことがあるのですよ」

「おい、まだ協力するとは――」

「実は昨日イズミが襲われた時間ですが、タカラはオルギリオンの総領事を訪ねていたというアリバイがあります」

「え」

「そのアリバイを崩してほしいのです」



 つい、アレゼル様と顔を見合わせてしまう。オルギリオンの総領事って。



「グレアムに会ってたって言ってんのか?」

「はい。総領事との会談中だったと話しています。もちろん、朝一番で総領事からも話を聞いて裏づけは取っていますが、何らかのアリバイ工作がなされた可能性が高いかと」



 なんてこった。グレアム様、タカラ様のアリバイを証明するのに利用されちゃってるってこと? こんなとこまで来て何やってんのよあの人は。



 アレゼル様は眉間に何本もの皺を寄せていた。オルギリオン留学時代にはいろいろと確執のあった二人。半年前に私たちがオルギリオンを訪れたときも、アレゼル様への恨みつらみを拗らせていたグレアム様は私たちの仲を邪魔しようとして結果的には不発に終わり、その後も顔を合わせるたびに容赦なくバトルを繰り返す犬猿の仲である。



 でもそれは、単純に『仲が悪い』とは言い切れない間柄とも言える。



 会えばすぐ言い合いになるし放っておくとただの悪口大会になるし、お互いへの嫌悪や悪意を前面に押し出しておきながら、それでもどこか楽しげな雰囲気もある二人。素直になれない拗らせ男子の特異な友情の形といえば、そうなのかもしれない。戦わなければわかり合えない的な? 私にはまったく理解できないんだけど。



「……わかった」



 まるでため息のようなその声は鉛のように重かった。



「タカラ様のアリバイを崩せばいいんだな?」



 気は進まないながらも放っておけないのだろう。アレゼル様の返事に、レオファ様はまた満足げに頷いている。





 いや、でもこれさ。




 さっきレオファ様は私たちのことを『信用に値する』とかなんとか持ち上げて、自分の推理を説明し始めたけどさ。でもどちらかというと、自分の手駒として使いやすいから話してくれただけなんじゃないの? 『信用に値する』じゃなくて『利用に値する』じゃない? なんか腹黒くない?



 まんまと罠にはめられたような気がするのは、私だけだろうか(なんか腹立つ)。


 

 



 








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