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6 多事多難

 ミレイ様たちから秘宝パンドラボックスの話を聞いた翌日、私たちはヒノデ御所の敷地内にある国立図書館に行ってみることにした。



 あのあと、ルーグ様があまりにも観光観光と騒ぐもんだから、結局は私たちもミレイ様にアケボノ観光を勧める羽目になったのだ。ミレイ様、まったく乗り気じゃなかったんだけど。でもルーグ様がうるさくて(アケボノへは船で数時間、向こうで一日観光したとしても日帰りできるくらいの距離らしい)。



 代わりに、私たちが国立図書館でヒミコとその秘宝、そして彼女が異世界人である可能性について調べておくことにしたわけである。




「……あの二人」



 図書館に向かいながら、私は昨日からずっと気になっていたことを口にする。



「お互いのことどう思ってるんでしょうか?」



 アレゼル様を見上げると、なんとも言えない難しい顔つきをしていた。



「多分、ラエルと考えてることは一緒だと思うが」



 どこかしんみりとした感傷的な声は、心許ない。一言では言い表せない心配や苦悩がその胸中を占めているのだろう。



「ミレイ様はどうかわからないが、ルーグは明らかに好意を抱いてるな。いや、好意よりもっとはっきりとした恋情というか」



 そう言って、アレゼル様はつないでいる手の力を少し強める。



「あいつのあんな顔、見たことないんだよ」

「どんな顔ですか?」

「……『愛しい』が溢れてる顔」



 なんとなく、わかる。私はルーグ様のことをアレゼル様ほどは知らないけれど、ミレイ様に向ける表情もまなざしも、小さな仕草一つひとつに至るまで、ミレイ様を想う気持ちで溢れている。



 なんというか、要するに『甘い』のよね。何もかもがさ。



「あいつ、愛想はいいけど軽薄だし、いろんな令嬢に声かけまくってちやほやされてたし、そういうところは何考えてるのかよくわかんなかったんだけどさ」

「はい」

「出来のいい兄二人と超がつくほどまわりに溺愛される妹に挟まれて、調子よく立ち回るしかなかったんだろうなって思ったりもしてさ」

「……ですよね」

「王族だから、いずれ政略で誰かと結婚することになることは目に見えてるだろ? 仕方がないとはいえ恋愛すら自由にできない。だからなのか、どこかで全部諦めてるようなところがあってさ」




 全部、諦めている。



 半年以上前、初めて会った日に見たミレイ様の生気を失った表情を思い出す。




「あいつ、ミレイ様に自分を重ねたんだと思うんだよ。生きることを諦めてたミレイ様に自分を重ねて、なんとかしてやりたいって思って、それでいろいろやってるうちにミレイ様のこと好きになっちゃったんだろうな」



 まるで自分の心の中を一つひとつ確認するかのように、ぽつりぽつりと言葉にするアレゼル様。



「でもミレイ様のためにやってることが、最後には自分の首を絞めることになるんだよな」

「……そう、ですよね」

「なんかあいつの気持ちを考えるとさ……」



 アレゼル様が、つないでいる手の力をまた強める。何かをこらえるように。何かを押し留めるように。




 それ以上は言葉にならず、私たちは無言になった。




 アレゼル様の手の温もりを感じながら、ルーグ様の気持ちを思う。でも本当は、私だって同じだ。ミレイ様が『帰り方』を見つけてしまったとき、もはや素直に喜べる自信がない。きっと笑顔で見送るなんてできない。でもそんな気持ちを口にすることもできない。ミレイ様を想えばこそ、絶対に言えない。




 ミレイ様は、ルーグ様のことをどう思ってるんだろう。



 半年前とは明らかに違うミレイ様。好きなことを言い、屈託なく笑い、ルーグ様にははっきりと心を許しているのが手に取るようにわかる。でも一緒にいるのが当たり前のように振る舞いながら、それでも元の世界に帰ることを必死に願い続けてもいる。だってこれまでの行動はすべて、『帰る』ためのもの。



 そこに、ルーグ様への気持ちはないのだろうか? 半年以上かけてルーグ様との間に確かな関係を築いたミレイ様の中に、この世界に残るという選択肢はやっぱりないのだろうか?




「あの二人のことは、二人に任せよう。俺たちがどうこうできることじゃない」



 まるで私の心の中を見透かすようなアレゼル様の言葉に、私も頷くしかない。



 歯がゆい思いを抱きながらも見守り続けること。自分の想いは心の中に閉じ込めておくこと。友人としてできることは、多分それくらいしかないのだろうと思う。






◇◆◇◆◇






 図書館で、建国の神子ヒミコについて調べ始める。



 建国の神子、というくらいだから関連する蔵書は相当な数になるだろうと思っていたんだけど。



「これだけですか?」

「意外に少ないな」



 なんか、最近の私たちってこういうシチュエーション多くない? 何か問題が起こる→図書館で調べる→手がかりなし、というパターンが。図書館で調べようとするのがそもそも間違いなのかな? 図書館では調べられないような無理難題にぶち当たってるという説もあるけど(そっちの線が濃厚)。




「これはこれは」



 数少ない神子関連の蔵書を適当に読み進めていると、不意に聞き覚えのある声がした。



「今日は図書館でお過ごしですか?」

「はい。レオファ様は?」

「以前借りた本を返しに来まして」



 そう言って、見慣れた補佐官は小脇に抱えた数冊の本を見せてくれる。



「調査の方は進んでるのか?」

「タカラの体調が回復してきましたので話を聞くことはできましたが、今のところはまだなんとも」

「そうか」

「どうやって毒を入れたのかがわかりませんし、誰が、何のためにと考えるとほとんどお手上げに近い状態でして」

「厄介だな」



 弱り切ったレオファ様の表情を見るに、完全に行き詰っているのだろう。気の毒なことである。



「お二人は、ヒミコについて何か調べているのですか?」



 テーブルの上に並べられた本を一瞥したレオファ様が、興味深そうな顔をする。



「はい。ヒミコのこともそうですけど、パンドラボックスと呼ばれる秘宝についても耳にしたもので」

「ああ」



 「あれね」とレオファ様はどこか小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべる。



「何か知ってるのか?」

「まあ、一般市民なら誰でも知っているようなレベルの知識ですよ。東方諸国ではヒミコが残したとされるパンドラボックスのことは秘密でも何でもありません。千五百年以上の歴史の中で、何度となく大規模な発掘調査が行われてきていますし」

「何も見つかっていないようだが」

「はい。ですからパンドラボックスは、いまや都市伝説に近い扱いなのです。あるかないかと聞かれたら『ない』のだろうというのが現代の定説ですよ」



 え。まじか。確かに、何年、何百年とあちこち調べ続け、でもどこをどう探しても一向に見つからないのなら『ない』と判断されてもおかしくない。



 はじめから秘宝の存在など信じていないのだろう、レオファ様は嘲笑ともとれるような表情ですらすらと話し出す。



「ヒミコは実在したのでしょうが、その伝承は眉唾物と思われることも多いのですよ。アカツキを興し、シノノメとアケボノを興し、国の在り方を整え、数々の歴史的建造物を残し、そんなことたった一人でできると思いますか?」

「それはまあ、そうだな」

「そもそも遺体がないとか埋葬された形跡がないとか、そういった事実を考えるとヒミコの存在そのものを疑問視する研究者もいると聞きます。実在したのかもしれないが、確証はないとね」

「なるほどな」

「それにヒミコは結婚せずに生涯独身を貫き、後継者を育てて人々を教え導くことに心を砕いたと言われています。でもヒミコがやったとされることをすべて集めると、二百年以上生きた計算になるのですよ」

「そうなのか?」

「はい。人間よりも寿命の長い獣人ならそれも可能かもしれませんが、ヒミコが獣人だったという言い伝えはありませんし」



 なんと。まさかのヒミコ獣人説。まあ、その可能性は低いにしても、なかなかの超人だったのだろう。言い伝えが本当だったらだけど。




 レオファ様が立ち去ったあとで、アレゼル様が読んでいた本をパタンと閉じる。



「どう思う?」

「今のレオファ様の話ですか?」

「ああ」

「まあ、一理あるとは思いますが……。でも都市伝説で片づけられてしまったら、ミレイ様はがっかりするでしょうね」

「だよな」



 アレゼル様がふう、と大きく息を吐く。



「いっそのこと何も見つからない方が……」



 そう切なげにつぶやいた声は、山の端を染める赤い夕日に溶けていった。






◇◆◇◆◇






 翌朝。



 なんだかまた、御所全体がバタバタと慌ただしい空気に包まれていた。



 嫌な予感がする。



「何かあったんでしょうか?」

「かもな」



 しばらくしたら侍女がやってきて、今日は一日離れから出ないでほしいと言われてしまった。できれば外に出ることなく、図書館や庭園に行くのも控えてほしいと言われれば、何かしらあったのだろうと容易に察しがつく。




「……一日中ここに籠ってろってことか」



 つぶやいたアレゼル様が、なぜだか必要以上に目をキラキラさせている。いや、あれはどちらかというとギラギラと言った方が正しいような。まだ日も高いというのに、何やらふしだらなことを考えているような。



「ラエル」



 ソファから立ち上がったアレゼル様が、ゆっくりと近づいてくる。



「な、なんですか?」

「俺たち、ここへは新婚旅行で来たはずだよな?」

「え? あ、そうですけど」

「だったら、二人きりで蜜月の時間を過ごすってのも大事だと思わないか?」



 とろりと甘い視線に絡め取られ、逃げられるわけもなく。あっという間に抱きしめられて、体中の力が抜けそうになる。



「……今日はラエルを独り占めしたい」



 溶けてしまいそうなほど艶っぽい声が、耳元でささやいた瞬間だった。






「アレゼル殿下、ラエル妃殿下、よろしいでしょうか?」




 ……だよねー。こうなると思ったんだよなー(棒読み)。





 少し呼吸を整えてからドアを開くと、いつも通りのレオファ様が立っていた。でも顔の火照りに気づかれたくなくて、目を合わせられない。



「本日はお二人に不自由な思いをさせてしまい、大変申し訳ございません」

「いや。何かあったのか?」



 アレゼル様のちょっと尖った声(理由はお察しください)に、レオファ様が思いのほか険しい表情をする。



「昨日のことなのですが、実はイズミとタカラがそれぞれ襲われまして」

「は?」



 一気に、部屋の空気が緊張感を増した。



「どういうことだ?」

「順番に説明します。まずは昨日の午後のことです。イズミが自分の執務室からサララ様の執務室へ向かう途中に中庭を通ったらしいのですが、その際三階の窓から植木鉢が落ちてきたと」

「植木鉢?」

「はい。まるでイズミを狙ったかのように、寸分先に落ちてきたそうです」

「イズミ様に怪我は?」

「幸いなことに、まったくの無傷でした」



 その言葉にほっとしたのも束の間、無情にもレオファ様の衝撃的な説明は続く。



「そして昨日の夜、体調が回復して執務に復帰していたタカラが帰り際、暴漢に襲われたと」

「え?」

「暴漢?」



 想像以上の展開だった。え、暴漢?



「暴漢はタカラの持っていた鞄を奪い取って逃げ去ったということですが」

「タカラ様に怪我は?」

「暴漢が持っていたナイフで左腕を切りつけられたそうです。すぐ町医者に診てもらい、大事には至らなかったようですが」



 予想外の事態の連続に、全員の顔つきがどんどん強張っていく。数秒間程あごに手を当てて何かを考えていたアレゼル様が、絞り出すように言った。



「どういうことだ? 今度はイズミ様まで狙われるなんて」

「わかりません。イズミにしてもタカラにしても、犯人の顔は見ていないそうです。イズミは植木鉢が落ちてきたとき、上を見上げたが誰もいなかったと話しています。しかし状況から見て、偶然落ちてきたものでないことは明白です。タカラは気が動転してしまって、男だということ以外はよくわからなかったと。顔も布で覆って隠していたようですし」




 事態は数日前の毒混入事件だけでなく、更なる深刻化・複雑化の一途をたどる。タカラ様だけでなく、イズミ様までも襲われるとは。これって一体どういうこと? やっぱり噂されている執政官の後継者争いってこと?



 あれこれ考える私たちに向かって、レオファ様が一層深刻な顔つきになった。




「実は俺、犯人が誰かわかっています」



 














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