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5 金銀財宝

 なぜか勝ち誇ったようなドヤ顔を見せつけるルーグ様に対し、アレゼル様はまったく表情を変えることなく冷静に答える。



「財宝? なんだそれ」

「だからさ、海賊が本当に狙ってるのは東方諸国のどこかにあるとされている財宝なんだよ。このことは東方諸国に住んでる者なら誰でも知ってる話らしいんだけど」

「アカツキを興した建国の神子『ヒミコ』の残した秘宝が、東方諸国のどこかに眠っていると言われてるのよ」



 ニヤニヤしながらもったいぶってなかなか話を進めないルーグ様にしびれを切らしたのか、ミレイ様がすんなりと結論を口にしてしまった。



「ちょ、ミレイ! 先に言うなよ」

「だってルーグに任せてたら話が進まないんだもの」

「いいだろ、少しは焦らしたってさー」

「何言ってるの、時間は有限なのよ」



 正論をぶちかまされ、ルーグ様は何も言えなくなってしゅんとする。にしても、なんかこの二人仲よすぎない? 微妙にいちゃいちゃしちゃってない?



 静かになったルーグ様をちらりと横目で見つつ、素知らぬ顔でミレイ様は続ける。



「ヒミコはね、実はその死が確認されてないらしいのよ」

「え?」

「そうなのか?」

「あるとき忽然と姿を消したらしくて、遺体とか遺骨とかも見つかってないそうなの。姿を消す直前に秘宝を残したと言われてるんだけど、中に何が入っているのかわからないから『パンドラボックス』と呼ばれてて」

「『パンドラボックス』?」

「海賊はそれを狙ってるということなのか?」

「そうみたい。東方諸国にはね、パンドラボックスの在りかを示す言葉が言い伝えとして残ってるの。『春はアケボノ』という言葉なんだけど」

「春はアケボノ? じゃあ、秘宝はアケボノにあるってことなのか?」

「東方諸国の人たちもそう思って、これまで何度も大規模な発掘調査が行われてきたんだそうよ。でも見つかってないの。海賊の襲撃被害も実はアケボノが断トツで多いらしくて、海賊が秘宝を探しているのは誰の目にも明らかなのよ」



 驚いた。海賊の襲撃の裏に、まさかの秘宝の存在。それも、建国の神子『ヒミコ』が残したとされているなんて。一体どんなお宝なんだろう?



 予想通りの反応を示す私たちを楽しそうに眺めてから、ミレイ様はなぜか自信ありげに口角を上げる。



「でも私はね、パンドラボックスはアケボノにはないと思ってるの」

「どうしてですか?」

「『春はあけぼの』という言葉はね、私が元いた世界では有名なフレーズなの。昔の女流作家である『セイショウナゴン』という人が書いた随筆の冒頭の一節なんだけど」

「……はあ」

「この国に来てみて思ったのよ。東方諸国は、やっぱり私がもともといた国である『二ホン』に似てるって。街並みだったり建物の造りだったり乗り物だったり、あちこちに『二ホン』のものが紛れ込んでるのよね」

「そんなに似ているのですか?」

「まあ、細かいところは微妙に違うけどね。言ってみれば、外国人がイメージする二ホン、みたいな感じかしら」



 嬉々として話すミレイ様とは対照的に、ちょっと言ってる意味がよくわかってない私たち。外国人がイメージする二ホン、とはなんだろう?



 でもそれ以上の説明はせず、ミレイ様はどんどん話を続ける。



「とにかくね、元の世界にここまで似てるとなると、じゃあどうしてなのかって考えちゃうじゃない?」

「それは、まあ」

「で、思ったのよ。建国の神子ヒミコも実はテンイシャだったんじゃないかって」

「え?」



 これには私やアレゼル様だけでなく、ルーグ様までが驚いた。というか、ルーグ様は四六時中一緒にいるのにミレイ様から何も聞かされてなかったんだろうか? 



 漠然とした違和感のようなものを認識するより早く、ミレイ様がさも当然といった様子で胸を張る。



「だって、ここまで似てるんだもの。そう考えてもおかしくはないでしょう?」

「それはそうだけど……」

「でもそんなことあり得るのでしょうか?」

「オルギリオンのフレア神殿で聖女に関する記録を確認したとき、聖女の降臨条件に法則性はなさそうだったよな? 唯一共通してたのは、降臨がすべて王都内だったってことだ。ということは、それ以外の場所に聖女が降臨する可能性は低いということになるんじゃないか?」



 理路整然としたアレゼル様の指摘にも、ミレイ様は一向に動じる様子がない。



「それはオルギリオンでの話でしょ?」

「え? あ、まあ」

「オルギリオンで起こることが、東方諸国では起こらないなんて断言できないじゃない? 私はね、多分ヒミコは私たちと別のルートでこの世界に落ちてきたんじゃないかと思うのよ」

「別のルート?」

「そう。オルギリオンじゃなくて東方諸国に落ちるルートがあったんじゃないかって」

「そんなこと……」

「まあ、ないとは言い切れないかもな」

「そうそう。とにかく、仮にヒミコがテンイシャ、あなたたちの世界の言葉で言えば異世界人だったとするじゃない? となるとヒミコが残した秘宝というのは、テンイに関係するものという可能性があるわけよ」



 俄然上機嫌になって、得意げに持論を展開し始めるミレイ様。



「テンイに関係するものってなんだよ」

「それこそずばり、『元の世界への帰り方』が記されてるんじゃないかと思うの。さっき言ったでしょ、ヒミコはその死が確認されてないって。忽然と姿を消したってどういうこと? どこに行ったと思う?」

「え、どこ?」

「そんなの、元の世界に戻ったのよ。だからいくら探しても遺体も遺骨も見つからなかったの。この世界にいないんだもの」

「あ……」

「建国の神子が残した秘宝なんて、生半可なものじゃないはずでしょ。もしも異世界を行き来する方法が書き残されてたとしたら、それこそ門外不出の秘宝になるんじゃない?」



 これ以上ないというくらい自信満々の顔つきで、ミレイ様が微笑む。



 確かに、ミレイ様の言う通りという気もする。流れるような説明にはぐうの音も出ない。でも、そんな突拍子もない話があるのだろうか? いや、ミレイ様の登場自体がすでに突拍子もない、奇想天外な話なんだけど。でもそんな話、ごろごろ転がってるものなんだろうか?



「それにね、もしもヒミコが私と同じ世界から来た人間ならさっきの『春はあけぼの』ってフレーズを知っていてもおかしくはないのよ」

「有名なフレーズだからですか?」

「そう。むしろ知っていたからこそ、秘宝の在り処を示す言い伝えとして残したんじゃないかって」

「……はあ」

「だから『春はあけぼの』は直接的にアケボノを指すんじゃなくて、何か別の意味が隠されてると思うのよね」

「別の意味ですか?」

「どんな意味だよ?」

「それがなんなのかわかれば苦労しないわよ」



 ルーグ様の問いに即答して、ミレイ様はちょっと嫌そうな顔をする。



「とにかく、『春はあけぼの』は何らかの暗号だというのは確かよ。でも私もそんなに『コテン』が得意なわけじゃなかったし、『春はあけぼの』は覚えてるけど夏とか秋とかがなんだったかはあんまり覚えてないのよね」



 出た。ミレイ様の謎言語。何を言っているのか唐突にちんぷんかんぷんである。『春はあけぼの』のほかにも夏とか秋とかに何かあるというのか? いやそもそも、コテンとはなんぞや?



「だいたい、『春はあけぼの』の続きだってうろ覚えだものね。なんだっけ? 春は日の出前の空が明るくなる時間帯が一番いいわよねー、みたいな意味だったのは覚えてるんだけどなー」

「は?」

「うーん、ダメだ。全然思い出せないわ、ははは」



 話についていけない私たちなんかすでに眼中にないのか、ミレイ様は高めのテンションのまま一人でぶつぶつ言っている。何か思い出そうとして、でもすぐに諦めて取り繕うように高笑いするミレイ様。なんだかよくわからないけど、もはや私たちにはどうすることもできない。何を言ってるのかさっぱりわからないんだもの。温かい目で見守ることしかできない。



「やっぱり『春はあけぼの』の続きを思い出すのが先かもね」



 急に思いついたのか、そう言ってミレイ様はさっと立ちあがった。



「ん? どういうこと?」

「言った通りの意味よ。『春はあけぼの』がヒミコの秘宝の在り処を示すなら、その続きにヒントがあるに違いないもの」

「続き?」

「そう。というわけで、今日はアケボノに行くのはやめるわ」

「は? なんで」

「だって観光どころじゃないもの。ルーグ一人で行ってくれば?」

「え」



 ミレイ様のけんもほろろな態度に、ルーグ様がおろおろと泣きついた。今日はどうやら、このあとアケボノ観光に行く予定だったらしい。



「せっかく来たんだし、アケボノやシノノメにも行ってみようって話してたじゃないか」

「それはそうだけど、もうのんびり観光してる場合じゃないのよ。もとはと言えば私が元いた世界に帰るための方法を探しにきたんだし」

「えーー」

「『春はあけぼの』の続きを思い出して暗号の謎が解ければ、帰る方法がわかるかもしれないのよ?」

「でもーー」



 的確な反論を打ち出すことができず、敗北を喫するルーグ様。ミレイ様にとってはあと少しで自分のほしい答えに手が届きそうなんだもの。確かにそれどころではないのかもしれない。



「でもそういうのって部屋に籠ってひたすら思い出そうとするより、別のことしてるときにふと思い出すこともあるんじゃないか?」



 おっと。ルーグ様が起死回生の妙案をひねり出した。



「まあ、そういうこともあるとは思うけど……」

「だったらアケボノとかシノノメとかに行っていろんなものを見て回るほうが、脳が刺激されて思い出せる可能性も――」

「は? あんたそれ、自分が観光したいだけでしょ」

「そんなことないよ。俺はミレイに協力したい一心だよ」

「どうだか」



 ミレイ様に咎めるような目線を向けられ、ルーグ様が「信じてくれよ!」と無邪気に笑う。

 



 ……あれ。やっぱりこの二人、絶妙にいちゃいちゃしちゃってない?



 二人で言い合いをしているはずなのにそれがなんだかとても楽しそうで、見ている私としては(多分アレゼル様も)複雑な気分になった。だって私たち、ミレイ様の『帰り方』の話をしてるんだよ?




 ミレイ様が本当に帰ってしまったら、どうなるんだろう。 


















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