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4  問答無用

「そうだよな。それもきちんと説明しなければな……」



 アレゼル殿下はひとしきり何か考え込んだあと、ひどく神妙な顔つきになる。



「すまない。言いそびれた」

「何をですか?」

「これから話すことも、ここまでの話同様他言無用に願いたいのだが」



 そう言って、殿下は言葉を選びながらディアドラ殿下との経緯をゆっくりと話し始める。



「知っての通り、ディアドラとは12歳で婚約が決まった。その後私は見聞を広げるためにオルギリオンの学園に留学し、ディアドラと共に多くの時間を過ごしてきた。それなりに友好的な関係を築いてきたつもりだが、実際はお互いに恋情のようなものはなかったんだ」

「え? でも仲睦まじいお二人のことは、こちらでもかなり有名でしたよ」

「まあ、表向きはな。二人とも王族だし、そう見えるように演じることがお互いの国のためにもなるだろうという思惑があったからな。『運命の乙女』も見つからなかったし、それが最善だと思っていた」

「はあ」

「ところがだ。今年の春、ディアドラに新たな護衛騎士がつくことになった。そしてディアドラは、その護衛騎士に想いを寄せるようになったんだ」

「え?」



 反射的に、殿下の顔を見返してしまう。


 自分たち王族に関する秘密は迷いなく話せても、他国の王女の色恋沙汰を暴露してしまうのはさすがに後ろめたいものがあるらしい。ちょっと悩ましげな顔をしている。



「そして護衛騎士の方も、だんだんディアドラに恋情を抱くようになっていった。傍で見ていてもそうとわかるほど、二人は惹かれ合っていたよ」

「うわー……。なんというか、心中お察しします」

「まあ、嫉妬などではなかったが、複雑な心境ではあったな。王族としてこれからどうするんだという危惧もあったが……。だが想い合う二人を前にして、邪魔などできるわけがないだろう? ディアドラやハラルド、オルギリオン王とも十分に話し合い、最終的には婚約解消を決めたというわけだ」

「え、黙って身を引いたんですか?」

「ああ」

「良かったんですか?」

「ディアドラに対しては、正直友人以上の感情はなかったからな。むしろ彼女の恋を応援したい気持ちの方が強かった」

「いや、ちょっと殿下、いい人すぎません? だって王族の婚約解消って、そんなに簡単なことじゃないはずです」

「まさにそうだ。ただディアドラは、こうと思い込んだら己を貫き通す無鉄砲なところがあってな。オルギリオン王も最後には折れるしかなかったんだ。だが、この事実を知る者は少ない。しばらくしたら、ディアドラは重い病を患ってしまったために俺との婚約が解消になったと公式に発表されることになっている。そして、静養のためオルギリオンの離宮に移るとな」



 話し終えて肩の荷が下りたのか、殿下はふっと表情を和らげる。


 そこには未練や悔しさといった負の感情は微塵も感じられない。信じられないことだけど、本当にディアドラ殿下への恋心なんてものは存在しなかったのだろう。



 にしてもだ。王家の秘密に『運命の乙女』の存在、おまけに隣国の王女の恋バナまで一般貴族が聞いてはいけないトップ中のトップを次々と聞かされた私の身にもなってほしい。


 こんな重大なことを知ってしまった私は、もはや王家から逃げられるわけがなかろうよ。



「これでわかっただろう? ディアドラとの婚約はすでに解消されているし、君が私の婚約者になるというのはすでに決まったことなんだ。王命といってもいい」



 何故か勝者の風格を漂わせる殿下は、そう言って不敵な笑みを見せる。



「は? 王命? 王命なんですか?」

「ああ。王族が自身の『運命の乙女』を逃すわけがないだろう?」

「いやでも、殿下の婚約者になるということは、いずれは王太子妃、ゆくゆくは王妃になるということですよね?」

「そうだな」

「そんな軽く言わないでくださいよ。無理ですって」

「何故だ?」



 殿下は心底わからない、といった顔をしている。



 生まれながらにして王族の殿下にはわからないでしょうけど、殿下の婚約者になって将来的には王族の一員に名を連ねるなんてこと、普通の一般貴族には起こり得ないんですよ。まさに前代未聞。青天の霹靂といっていい。


 そんな事態に突然放り込まれ、すんなり引き受ける人がいたら紹介してほしい。いや、いないから。まじで。



 目の前に突きつけられた無理難題を、なんとしてでも回避しなければならない。私は躍起になって、思いつく中では一番強そうな切り札を繰り出す。



「いくら私が『運命の乙女』だと言っても、こんな地味で平凡な見た目の令嬢なんか殿下に釣り合いませんよ」

「なんだそれは」

「殿下の横に並ぶのなら、ディアドラ殿下のようにもっと華やかできらきらした方がお似合いだと思うんです」



 ディアドラ殿下は月の光を纏うような銀髪に黄金の瞳を持つ麗しい王女だと聞く。眉目秀麗な殿下の隣に並び立つなら、それくらいのインパクトがないと釣り合いが取れないだろう。 


 それにひきかえ私ときたら。いやわかっている。何も言うまい。今まで散々、バルズ様に言われてきたんだし。


 王太子妃、ひいては王妃となったら民の前に立つだけでなく、世界各国の王族や要人とも顔を合わせることになる。そのとき殿下の隣に立つのがこんな凡庸な色味の女だったら? 地味な見た目の妃なんて、殿下の評判がどん底まで落ちかねない。



「なるほどな」



 と言った殿下の声は、その言葉とは裏腹にそこはかとない苛立ちを帯びていた。



「君は自分の見た目を地味だと思っているのだな?」

「私がというより、客観的な事実だと思いますが」

「そうだろうか? 私には君ほどまぶしく輝いて見える女神はいないのだが」



 それ、絶対オーラのせいですよね? オーラのせいで何かが歪んで見えているとしか思えないんですけど。もしくは視界補正的な何かが働いているとか? とにかく私の実力(?)でないことは確かである。しかし不敬になりかねないのでちょっと言えない。



「それに見た目や外見など、さほど重要ではないと思うが」

「でも殿下に見えている私は、他の者に見えている私とは違うのではないでしょうか? 殿下が私をお選びになったのもオーラに惹かれたからで」

「ラエル嬢。授業で習っただろう? オーラとはその人物の内面を象徴する色味になるのだと。快活な者のオーラははっきりとした色味になるし、控えめな者のオーラは落ち着いた色になる。君のオーラに心奪われたということは、君自身に私が惹かれたからということに他ならない」



 なるほど、と思ってしまった。ちょっと唸った。オーラが見えるということは、その人となりがある程度推測できるということなのか。王族にとっては、だいぶ便利な能力なのではないだろうか。



「で、では、殿下には私のオーラがどのように見えているのですか?」



 そこまで言うなら、自分のオーラがどんなものなのか一度聞いてみたい。興味本位で尋ねてみたら、殿下は途端にえも言われぬほど恍惚とした表情になる。



「そうだな。一言で言うと、『星空に輝くオーロラ』といったところだ」

「オーロラ、ですか」

「様々な色が絶妙に溶け合い、穏やかに揺れながら鮮烈な光を放っている。そしてそのオーラに包まれるように、たくさんの小さな光がまるで星のように煌めいている。これほどまでに美しく、幻想的で、私の心を惹きつけると同時に癒しをもたらすオーラは見たことがない。君に出会ったあの瞬間、私は生まれて初めて目が覚めたような不思議な感覚に陥ったんだ。世界に彩りと輝きがもたらされ、私は君に出会うために生まれてきたんだと確信した」



 うっとりととろけるような目で私を見つめるアレゼル殿下。



 思った以上に桁違いなスケールの圧倒的な賛美って、逆にダメージが大きいのだと初めて知った。




 うぅ、何も言えない。




「そもそも君は、自分のどの辺りを地味だの平凡だのと言っているんだ?」



 反撃できない私など意に介さず、さっきと同じような心底わからないといった顔をする殿下。え、逆に何故わからないのだろう?


 誰がどう見ても明白とはいえ、自分で説明するのはやっぱり少し気が滅入る。仕方なく、私は渋々口を開く。



「どの辺りって、髪にしても目にしても、どこにでもいる平凡な茶色じゃないですか。華やかさや麗しさの欠片もありません」

「そうか?」



 殿下は私に視線を向けて、しげしげと眺めた。食い入るように。でもそこに、侮蔑や嘲笑といった感情は見つからない。


 そして殿下が発した言葉は、これまでバルズ様から嫌というほど聞かされてきた毒のような言葉とは真逆のものだった。




「君のその、柔らかさのある薄茶色の髪は優しく心を癒す甘い香りのミルクティーを思わせるが」

「は?」

「そしてその温かな茶色の目は、なめらかな甘いチョコレートを閉じ込めたような煌めきがある」

「は?」



 殿下の放ったちょっと(いや、だいぶ?)気障すぎる言葉に、不覚にもぽうっとなってしまう。そんなこと、これまで誰にも言われたことないんだもの。ミルクティー? チョコレート? 何それ。おいしそうってこと? ちょっと待って。だんだん顔が火照ってくる。



 妙に恥ずかしくなって、またしても何も言えずにいると。



「ラエル嬢。わかってもらえたかな? 私にはもう君しかいない、君しか考えられないんだよ。出会ってすぐにこんなことを言っても信じてもらえないだろうが、私は君を心から愛しているんだ」



 真っ直ぐに、射るような目でトドメの最終奥義を放つ殿下。



 懇願するかのような悲壮感溢れるその表情を見てしまったら、もう逃げ切れるわけがないことを悟った。














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