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4 街談巷説

 レオファ様は顔を上げ、しばらく視線を彷徨わせたあと「どこからお話ししましょうかね」とつぶやいた。



「俺がこの国の人間でないことは先刻承知かと思うのですが」

「ああ、なんとなくは」

「俺が補佐官になったのは三年前、23歳のときです。サララ様が執政官になってすでに五年以上が経過しており、アスカ・クサカベとイズミ・タチバナもすでに補佐官として勤めていました」



 あ! アスカ様だった! と思わぬところで最後の補佐官の名前が知れたことにニンマリしてしまう。やばいやばい、話に集中しなきゃ。



「それから一年程して、タカラ・ヤマトが補佐官になりました。ちなみに補佐官の任命権は執政官にあり、選挙で決められるわけではありません。補佐官候補の試験を受ける必要はありますが」

「なるほど」

「サララ様は執政官として非常に有能な方で、国民の圧倒的支持を得ています。幼い頃から神童と呼ばれていたらしく、建国の神子(みこ)『ヒミコ』の再来とまで言われているそうで」

「それはすごいな」

「実はサララ様とアスカ、それとタカラは幼少の頃からの幼馴染なんだそうです。正確には、タカラの亡くなった姉が、ということになるのでしょうが」

「幼馴染?」



 アレゼル様が意外そうな顔つきをする。レオファ様は頷いて、事務的に説明を続ける。



「そうです。サララ様とアスカ、それにタカラの姉は同い年の幼馴染らしいです。タカラとは少し年が離れているようですが、それもあってか小さい頃から可愛がってもらったとタカラも話していました」

「タカラ様には姉がいたのか?」

「はい。八年前に病気で他界したそうです。当時タカラの姉も補佐官を務めていたそうで、姉の死を契機に今度は自分がアスカと一緒にサララ様を支えたいと、タカラも補佐官を目指したらしいです」

「殊勝なことだな」

「タカラ自身かなり優秀で能力が高く仕事もできるため、二人がタカラを重要なポストに抜擢したり新たなプロジェクトを一任したりということはよくあります。幼馴染だからと特別扱いをされているわけではないのですが、まわりから身内びいきだのなんだのと言われてやっかみを受けることが多いというのも事実でして」

「三人がもとから知り合いだったとなると、イズミ様にとってはやりにくい部分もあるだろうな」

「まあ、イズミはあの見た目通りの性格ということもあって……」



 そこでレオファ様は言葉を濁す。



 イズミ様の見た目と言えば、赤茶色の髪を後ろできつく縛り、濃い瑠璃色のきつそうな目をして、度のきつい眼鏡をかけている。『堅物』を絵に描いたような人というか。もしも『堅物』選手権なるものがあったら、連戦連勝、大会史上最高記録で優勝しそうな。



「イズミは経理や会計方面に強く、数字に関しては絶対的な信頼感が持てる補佐官なのですがね」



 レオファ様の妙に含みのある言い方で、なんとなくいろんなことが想像できてしまう。



 ザ・堅物とも言える見た目通りの性格なら、だいぶきちっとした人に違いない。というか、どちらかというと柔軟性に欠けるというか、融通が利かないというか。そういえば、初めて補佐官の方々に会った日にアレゼル様が「イズミ様のオーラ、一言で言うと『硬い』んだよな」なんて話してたっけ。でも「悪い人ではなさそうなんだけどな」とも言っていたから、その特徴的な見た目と表面的な言動のせいでマイナス方向に誤解を受けやすい人なのかもしれない。私自身、ちょっととっつきにくさは感じたけれど、不思議と嫌悪感はなかったし。



「あと、これは俺の言うべきことではないのかもしれませんが」



 そう言って、レオファ様が気まずそうに一瞬目を逸らす。



「なんだ?」

「下女たちの言っていたことは恐らく本当でして」

「は?」

「イズミは多分、アスカに好意を……」

「ああ、それか」

「多分というか、完全にというか」

「バレバレなのか」

「バレバレです。だから尚更、三人の関係性に不満を抱いたりタカラの存在に鬱陶しさを感じたりするのでしょう。タカラに対する当たりもきついですし、そのせいでイズミとタカラの関係があまり良くないことは事実です」



 ああ。イズミ様。恐ろしく真面目で頑固一徹で、おまけに不器用な方なのだろう。お察しいたします。



「だからと言って、さすがにイズミ様がタカラ様のワインに毒を入れたなどとは思えないが」

「俺もそう思っています。イズミはそれほど短絡的な人間ではありません」

「まあ、そもそもだな」



 アレゼル様の抑揚のない声が訝しむ。



「サララ様はまだまだお若いのだし、国民からも圧倒的な支持を得ているんだろう? 執政官を退任する気配もないのに、補佐官同士がその後継者の座をめぐって争っているなんて話が出てくること自体不自然だと思うのだが」 



 疑念を隠さない鋭い口調に、レオファ様も真剣な表情をしながら当惑の眉を顰める。



「そうなのですがね……。実は最近、サララ様とアスカの様子がおかしいんですよ」

「おかしい?」

「先程も話しました通り、二人は幼馴染でお互いによく知った間柄です。俺も三年程補佐官として二人を間近で見てきましたが、アスカは誰よりもサララ様を理解していますしサララ様も補佐官の中ではアスカを最も信頼しているように見えます。ただここのところ、二人の間に口論が絶えないのです」

「政策上の議論は致し方ないのではないか? 仲良しこよしだけで政治はできないだろう?」

「もちろんそうです。でも以前の二人だったら冷静に話し合いを重ね、より良い答えを導き出していたはずなのです。それが最近では感情的な衝突も多くなって」

「……ほう」

「二人の諍いを俺たち補佐官が止めることも増えました。その延長として、補佐官同士の言い合いや口論も増えたような気がします。状況はどんどん不穏になる一方で、サララ様も政治への意欲を保てなくなっているようなのです。執政官の座を降りるのでは、という噂は御所の中でもたびたび聞こえてきますし」

「そこまで深刻な状況なのか?」

「はい。俺はこの国の人間ではないので執政官になることはできませんし、後継者争いの話も完全に蚊帳の外なんですがね。四人の様子を見れば、サララ様が執政官を退いたあと誰がそのあとを継ぐのかで争っていると思われても仕方がないかと」



 ふう、と大きくため息をつくレオファ様。



「なるほどな。そういうぎすぎすした関係が背景にあっての、今回の事件なのか」

「そうです。お恥ずかしい限りですが」

「いや。よく話してくれた」



 温和な表情で頷きながら、アレゼル様が身を乗り出す。



「この国のことに口を出すつもりはないが、見て見ぬふりというのも気が引ける。俺たちにできることがあれば何でも言ってくれ。乗りかかった舟だ、協力は惜しまない」

「ありがとうございます。では、早速なのですが」



 気のせいか、申し訳なさそうな表情をしたレオファ様も身を乗り出す。



「まだ何もわからない状態ではありますが、お二人はフォルクレドの王太子夫妻です。万が一に備えて護衛の人数を増やし、警護も強化させていただきます」

「ああ。構わない」

「それとお二人のことを疑っているわけではないのですが、事件の調査が終わるまでは出国を制限させていただきたいのです。これは昨夜のパーティーに出席された方々みなさまにお願いしていることですので、ご理解いただければ」



 ……え。ちょっと待って。



 ということは、また滞在期間が延びるってこと?



 私とアレゼル様の頭の中に、一昨日どこかのお寺で見た『不動明王』と同じ忿怒相のオリバー様が浮かぶ。やばい。またあの小言おじさんにあれこれ言われてしまうのか? でも今回のは不可抗力だから! と声を大にして言いたい。






◇◆◇◆◇






「補佐官のワインに毒?」



 翌日。アカツキ滞在五日目。



 東都に留まってくれるなら多少の外出は構わないと言われた私たちは、人数の増えた護衛に守られながらひとまず総領事館のミレイ様とルーグ様を訪ねることにした。アレゼル様がパーティーで起こったことを伝えると、二人とも驚きを露わにする。



「とんでもないことになったな」

「ああ。大事には至らなかったようだが」

「しかも調査が終わるまで帰れないのか」

「まあ、それは仕方ないさ。それよりパーティーで情報収集するはずがほとんどできなくてな。すまない」



 アレゼル様が俯き加減で話すと、ルーグ様がからりと返す。



「なんだ、そんなこと気にしてたのか?」



 そう言って、ミレイ様と目配せしながらニヤニヤと思わせぶりな笑顔を見せる。



「アレゼル君」

「は? なんだよ」

「そんなの気にすんな。なんたって、俺たちの方は期待以上の情報をゲットしたからな」



 にんまりと顔を綻ばせるルーグ様は、早く話したくてうずうずしているらしい。



「期待以上の情報? もしかしてグレアムからか?」

「そうそう。あいつもなかなか侮れないやつでさ」



 とか言っているのを見て、ミレイ様が「二人して顔を合わせればすぐに憎まれ口叩き合って、ほんと仲がいいんだか悪いんだか」などとぼやいている。



 ちなみにグレアム様は、今日は公務で外出中である。顔を出した私たちに、「私がいない間四人でハメを外さないでくださいね」なんてしかめ面をしていたけれど、仕事とはいえ自分だけ仲間外れなのがどうにも悔しいらしい。素直に交ぜてって言えばいいのに。いや、言われても交ぜないけれども。



「グレアムから聞いた話によるとだな、ほら、東方の海域には船や沿岸地域を襲撃して略奪を繰り返す海賊がいるって言ってただろ?」

「ああ、確か『エーギル海賊』とか言ったか」

「そうそれ。海賊と東方諸国は長年敵対関係にあるらしいんだが、そもそも海賊は何を狙ってるのかって話になってさ」

「何って、船の積み荷とかじゃないのか? 沿岸地域を襲撃するのは食料や金品を奪うためだろうし」

「まあ、それももちろんあるんだが」



 そこでルーグ様は徐に話すのをやめて、にやりとほくそ笑んだ。私とアレゼル様の顔を交互に見るその目は、新しいおもちゃを見つけた子どものようにきらきらと爆ぜている。




「海賊が本当に狙っているのは、実は幻の財宝だったってのはよくある話だろ?」














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