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1 新婚旅行

第三章スタートです!

「ラエル」



 頬に、生暖かい感触がある。柔らかい。一度ならず、二度三度と続くそれは甘い幸福感を伴う。



「……朝だぞ」



 まぶたが重い。(ひら)かない。疲れ切った体のせいで簡単に沈み込みそうになる意識をなんとか引き上げる。



「あ……」

「起きたか?」



 目の前にあったのは、麗しすぎる夫の顔。悪戯っぽく笑っている。



「……起きたか、じゃないです……」

「昨日無理させたもんな」

「……昨日だけじゃないでしょう……!」



 言い返したところで寝起きだし頭も回らないし、何のダメージも与えられない。アレゼル様はいたく満足げである。



「悪いな。ラエルが可愛すぎて」



 そしてまた、頬にキスされる。いつもの朝である。







 隣国オルギリオンから帰ってきて、すでに半年以上。



 私たちは今年の春、無事に学園を卒業した。



 本能と衝動を抑え込み、コントロールし続けたその忍耐力を国王陛下・王妃殿下に遺憾なく見せつけたアレゼル様は、とうとう栄冠を勝ち取った。



 ようやく、『白い結婚』を返上する瞬間がやって来たのである。




 まあそういうわけで、晴れて正式な『夫婦』になりました私たち。ええ。




 そして今、私たちがいるのはなんと東方諸国連合の代表国、東方三国の一つでもあるアカツキなのである。アカツキの執政官公邸『ヒノデ御所』の離れである。






 何がどうなったのか説明しよう。



 私たちがオルギリオンの『聖女降臨を祝う夜会』に出席するのとほぼ同じタイミングで、国王陛下・王妃殿下は東方諸国を歴訪していた。



 その際、今後の交易の拡大が話し合われたらしい。これまでも限定的な取引はあったものの、交易条件を見直して新たな条約を締結し、より協力的な関係を築いていくことになった。結びつきを深めようということになったのだ。



 ちなみに、本当に余談なんだけど、今回の東方諸国との交易拡大に尽力したのは我が父・プレスタ侯爵である。自身の事業経営の中で、かなり以前から東方三国とのやり取りがあったらしい。我が父ながら意外に抜け目ないというか侮れないというか。セヴァリー侯爵家に代わる外交を担う家門として、存分にその力を発揮しているからすごい。



 その後事務官レベルのやり取りを重ね、正式に条約締結の調印式が行われることになった。その調印式に、我が国の代表として私たちが赴くことになったのだ。




 と、いうのは実は建前で。



 

 真の目的は、別にあったりする。




「調印式と調印記念のパーティーは明日だから、今日は一日ゆっくりできるな」

「どこに行ってみますか?」

「俺としては一日中ここに籠っててもいいんだが」

「何言ってるんですか」

「だってせっかく二人きりなんだし」

「それはそうですけど、やっとここまで来れたんですからあちこち見に行きましょうよ。ミレイ様が教えてくれた『新婚旅行』なるものを完璧に遂行したいのですよ私は」




 そう。これである。『新婚旅行』。



 フォルクレドに帰ってからも、隣国オルギリオンの聖女であるミレイ様と手紙のやり取りは続けていた。その中で、ミレイ様がもともといた世界では結婚したばかりの新婚夫婦が行く特別な旅行のことを『新婚旅行』と呼ぶと教えてくれたのだ。



 『新婚旅行』。なんとも甘い響きである。



 ミレイ様は『あなたたちにとってはオルギリオンに来たのが新婚旅行に当たるのかもしれないわね』と書いていたけれども。あのときの私たちは夫婦でありながら、正確にはまだ夫婦じゃなかったわけだから。ミレイ様は知らないけれども。名実ともに夫婦となった今、本当の意味での『新婚旅行』を満喫しようと目論んだのである。



 もちろん、私たちの密かな動機についてはオリバー様に内緒である。知られたら大変なことになるもの。オルギリオンに行ったときだって、滞在を無理やり延ばしてもらってことで帰ってから散々小言を言われたんだもの。ただ今回、私たちが東方三国に赴くことにオリバー様はさほど反対しなかった。彼は今、そんなことに煩わされている暇などないのだ。




 学園を卒業したあと、エリカとハラルド様も早々に結婚した。ハラルド様のたっての希望だったらしい。エリカがデリング侯爵家に温かく迎えられ、幸せな新婚生活を送っていることを確認してようやくオリバー様とアンナも結婚した。そして結婚してすぐに、アンナは身ごもったのである。



 あのときのオリバー様、控えめに言ってもだいぶ面白かった。アンナの報告に一人で慌てふためいて、お茶はこぼすわ机の角にぶつかるわ、挙句の果てには重要書類をぶちまけて、あとでイアバス侯爵にこっぴどく叱られたらしい。



 そんなわけで、アンナの妊娠に気もそぞろ、落ち着かない日々を過ごしているオリバー様をうまいこと言いくるめてここまで来たというわけである。ちなみに、そういう理由なので今回アンナは連れてきていない。まだ安定期にも入っていないので、フォルクレドでお留守番である(ただ、最後までついて行くと言って聞かず、説得に苦労した。主にオリバー様が)。






「仕方ない。ラエルが言うなら出掛けるか」



 と言いつつ、そこはかとなく不満そうな声のアレゼル様である。



「実は昨日のうちに、アカツキの都『東都(とうと)』の名所を幾つか教えてもらったんですよね」

「いつの間に」

「私は仕事が早いんですよ」



 言いながら起きあがろうとすると、するりと伸びてきた腕にいきなり後ろから捕えられる。



「誰に聞いたんだよ?」



 わざとらしく、耳元でささやくアレゼル様。



「誰って、補佐官のタカラ様ですよ」

「あー、あの小柄な女性のか?」

「そうですそうです」

「男の方に聞いたのかと思った」

「もう」



 振り返ってアレゼル様の両頬に手を当てる。不貞腐れたような、安心したような、なんとも言えない顔をしている。



「心配しなくても、私はあなたの妻ですよ?」

「そんなのわかってるけど、心配になるのは仕方がないだろ」

「身も心もあなたのものなのに?」



 そう言うと、アレゼル様は深いため息をついた。



「……なあ、やっぱり出掛けるのはやめにしないか?」



 小悪魔のような魅惑の笑みに思わず頷きそうになって、慌てて心を鬼にした。






◇◆◇◆◇






 昨日の夕方この国に到着したとき、アカツキの代表である執政官サララ・ヨシノ様と四人の補佐官とは顔を合わせている。



 この国では王も爵位もなく、国の代表である執政官は『選挙』という全国民による投票で選ばれる。サララ様は、これまでのアカツキの歴史の中でも最年少で執政官になられた才媛である。



 威厳と風格を兼ね備えたサララ様。黒に近い茶色の髪は豊かに波打ち、アクアマリン色の目は涼やかで上品な印象を与える。実はこの国に来る前、世界情勢に詳しいオリバー様に「アカツキの執政官は『氷の女帝』と呼ばれるほど冷徹で厳しい方と噂されています」とか聞いていたんだけど、実際に会ってみたら全然違った。



「遠路はるばる、ようこそおいでくださいました。船旅はいかがでしたか? 酔ったりしませんでした?」



 確かに、冷静沈着、落ち着いた雰囲気は冷たい印象と無縁ではない。だから『氷の女帝』なんて揶揄されがちなんだろうけど。でも滲み出る温かさがある。多分冷たい人ではないと感じる。アレゼル様も「あの人のオーラは噂と違って温かさに溢れていたよ」なんて言ってたし。アレゼル様と一緒にいるようになって、さすがにオーラが見えることはないんだけど、なんとなくその人の人となりが直感的にわかるようになった今日この頃。不思議なものである。



 そして、サララ様の脇に控えていた四人の補佐官。二人が女性、二人が男性だった。全員自己紹介してくれたんだけど、ちょっと覚えきれなかった(船旅で後半ずっと吐きそうだったせいもある)。覚えられたのは、女性の補佐官がタカラ・ヤマト様とイズミ・タチバナ様という名前だってことくらい。男性の一人は『ア』から始まる名前だったような……(うろ覚え)。あと印象に残ったのは、もう一人の男性の方はもしかしてこの国の人ではないのかも、と思わせるような丈夫な体格をしていたこと。




 正式な挨拶は調印式のときに、ということになって、私たちはヒノデ御所の離れを使わせてもらうことになった。案内してくれたのは、短めの焦げ茶色の髪をした小柄な補佐官タカラ様。早速東都の観光スポットについて聞いてみたら、



「いろいろあるのですが、街の方にはたくさんの『お寺』がありますから幾つか回ってみるのもよろしいかと」

「『お寺』ですか?」

「はい。まあ、宗教的な建造物とでもいいましょうか。古い時代に建てられた伝統的な建物で、美しい庭園が見られるお寺とか『五重塔』と呼ばれる高い塔のような建造物と一緒に建てられたお寺なんかが特に人気ですよ」

「それは興味深いですね。ほかにはありますか?」

「あとは『神社』もありますね。お寺と似たような歴史的かつ宗教的な施設ではあるのですが、行くと運気が上がって願い事が叶うと言われておりまして」

「運気?」

「はい。金運とか恋愛運とか勝負運とかありますでしょう? それぞれの運気に対応する神社があって、例えば恋愛運や縁結びに効く神社に行けば良縁に恵まれやすくなるとされているんです」

「なるほどなるほど」

「ほかにも商売繁盛に効果がある神社ですとか、合格祈願や子宝運とかいろんな願い事に対応した神社があるんですよ」

「楽しそうですね。おススメの神社などはありますか?」

「私のオススメとしてはですね……」



 タカラ様、とても気さくに答えてくれて思った以上に話が弾んだのよね。タカラ様は四人の補佐官の中で最も補佐官歴が浅く、27歳だと教えてくれた。若く見えるけど、私たちより断然年上だった(ちなみに一番若いのは他国出身と思われる男性補佐官で、あとはみんなタカラ様より年上なんだそう)。






「あ、そうだ」




 そうそう。大事なことを忘れるところだった。




「夕方には、オルギリオンの総領事館に行かなきゃですからね」

「えー」



 面倒くさいとばかりに、アレゼル様が眉を顰める。



「『えー』じゃないです」

「だってさー」

「行きたくないんですか?」

「行きたいの半分、行きたくないの半分だな」

「まあ、それはそうでしょうね」



 思わずふふ、と笑うと「あいつにはもう一生会わなくていいんだけどな」なんてつぶやくアレゼル様のだるそうな声が聞こえた。



















東方三国編は全14話の予定です。

よろしくお願いします。

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