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12 相思相愛

 部屋に戻ってきても、ミレイ様は無言のままだった。



 いい加減おかしいと気づき始めた男性陣も、ちらちらとミレイ様の様子を窺っている。表情の消え失せたミレイ様は、いつもの文机に座ったまま俯いている。



「どうかなさったのですか?」



 その顔を覗き込むと、私を見返すミレイ様の縋るような目が戸惑っていた。



「……似すぎてるのよ」

「似すぎてる? 何がですか?」

「……東方の国々と、私がもともといた『二ホン』という国が」



 落ち着こうとしてか胸に手を当てるミレイ様は、何度か大きく息を吐いてからゆっくりと言葉を続ける。



「『東方三国』と呼ばれる国々の名前も、国を興したとされる神子の名前も、国の代表を『選挙』で決める社会体制も。さっきの説明に出てきた話のほとんどが『二ホン』の文化や歴史と共通点がありすぎて……」



 そうしてミレイ様は、『アカツキ』『シノノメ』『アケボノ』という名前が夜更けから明け方を指す『二ホン』の言葉であること、『ヒミコ』とは古代の『二ホン』を統治した女王の名前であること、王もおらず爵位もない『二ホン』では『選挙』という全国民の投票によって代表者を決め、その代表者が政治を行うことなんかを話してくれる。



「こんなことってある? 共通点がありすぎると思わない?」

「その情報だけで断定はできませんが、似ているところが多いのは確かですね」

「たまたまってこともあるんじゃないか?」

「いや、たまたまで片づけられるレベルじゃないような」

「やっぱりミレイ様がもともといた世界と何か関係があるんでしょうか?」

「だとしても、理由がよくわからないよ」

「そうよね……」



 そこでミレイ様は視線を落とす。衝撃と混乱で、突きつけられた事実を受け止め切れないのだろう。



 ミレイ様がもともといた『二ホン』という国にあまりにも似すぎている、遥か彼方の東方諸国。二つの世界には何か関係があるのかもしれないし、ないのかもしれない。それを判断できる材料を、私たちはまだ充分にそろえられていない。




「わかった」



 ミレイ様の前に立ったルーグ殿下の声は、いつもにも増して軽やかだった。



「東国に行こう」

「え?」

「行きたいんだろう? これはもう、直接行って自分の目で確かめてみるしかないよ。俺が連れてってやるからさ」

「でも、さっきは無理だって……」

「うん。すぐには無理だ。王家は聖女という存在を絶対に手放したくないからな。手厚くもてなしてこの国に留めてきたし、この国から出ることを禁じてきたと言っていいくらいだ」

「それじゃあ」

「だから少し、時間はかかる。いろいろと準備したり根回ししたりが必要だと思う。でもなんとかして、俺が連れて行く。それまで待てるか?」

「ルーグ、殿下……」



 感極まったミレイ様の瞳が潤んでいく。それを見たルーグ殿下が、「ちょ、泣くなよ、女の子の涙は苦手なんだよ」なんて慌てた様子でハンカチを差し出している。




 それがいつになるのかはわからないけれど。




 でもルーグ殿下ならきっと、ミレイ様を東方の国々へ連れて行くだろう。王家の慣例や束縛をうまいことすり抜けて、聖女を他国へ連れ出すことができるだろう。



 そして東方諸国なら、もしかしたらこの国でいくら調べても見つからない『元の世界への帰り方』が見つかる可能性だって否定はできない。そこで何が待ち受けているのかはわからないけれど、思いがけない何かが見つかるような気がしていた。






◇◆◇◆◇






 オルギリオン滞在最終日。



 明日には、ここを発つことになった。ミレイ様のことは解決していないし名残惜しいけど、オリバー様に怒られるのも怖い小心者の私たち。




「最後くらい、王都の街をゆっくり見ていってよ」



 そう提案してくれたのはルーグ様だった。



「せっかく来たのにどこも見てないなんてさ。ラエル様にも悪いよ」



 お互いに名前で呼び合うことにした私たちだけど、なんだかんだと聖女のことで振り回され、一ミリも観光していないことを心配してくれたらしいルーグ様。王都の街に出たのも、フレア神殿と孤児院に行っただけだし。あ、あとリスト様の実家のアングラス伯爵邸もか。



「私も王都の街なんて行ったことないわよ」



 ミレイ様が不満そうな顔を隠さない。



「じゃあ、今度案内するから」

「今度っていつですか」

「え」



 冷ややかな目線を向けられ、ルーグ様が気圧される。



 ミレイ様はルーグ様の言葉を信じることにしたらしい。「今すぐ帰りたい気持ちはもちろんあるけど、焦ってもどうにもならないから」と笑っていた。しばらくは聖女としての役割を引き受けながら、ルーグ様の言う準備が整うのを待つことにしたそうだ。そのせいか、二人の距離が少しだけ近くなっているような。





「じゃあ、今日は一日王都見物だな。どこに行こうか……」



 連れて行きたいところがたくさんあると言っていたアレゼル様は、候補がありすぎて絞り切れないらしい。そりゃあね。もっといろいろ見て回るはずが、まったく想定外のあれこれに巻き込まれてそれどころじゃなかったんだもの。



 悩むアレゼル様を前にしてふと部屋の中を見回すと、ドレッサーの上に置かれた銀細工の小物入れが目に入る。



 ここオルギリオンは、繊細な銀細工でできた伝統工芸品が有名な国でもある。長年受け継がれてきた匠の技術は飛躍的な発展を遂げ、精巧で芸術的なデザインの小物やアクセサリーを数多く生み出している。



「アレゼル様」

「なんだ?」

「銀細工のお店を見に行きたいんですけど」






◇◆◇◆◇






 私の一言で、真っ先に訪れたのは銀細工アクセサリーを扱う王都で一番の老舗(当然値段も一番高い)。



 店内のショーケースに並んだアクセサリーの数々は見入ってしまうほど繊細な細工が施されていて、あっちもこっちも上品な輝きを放っている。



「どれでも好きなものを選んでいいからな。なんなら全部でもいい」

「……全部って、どこの富豪ですか」

「まあ、どれを選んでもラエルの美しさに敵うわけはないが」

「また何言ってるんですか」

「美しいラエルが世界一美しいと言われるオルギリオンの銀細工を身に着けたら、ますますその美しさが際立つな」



 夫の情熱的な賛辞が止まらない。恥ずかしくてアクセサリーを見るどころではない。私たちのやり取りを生暖かい目で見守る店員たち。居たたまれない。



「オルギリオンの銀細工は繊細ではありますが脆いわけではありません。品のある輝きは主張しすぎず、普段使いにぴったりなのですよ」



 店の奥に通された私たちに、選りすぐりのアクセサリーを見せてくれる敏腕そうな女性オーナー。アレゼル様の激甘攻撃のせいで集中できない私に、タイミングよく助け舟を出してくれる。



「こちらなどはいかがでしょう?」



 ベルベットのジュエリートレイに置かれていたのは、たくさんの可憐な花々が連なったブレスレットと同じ花をブーケのようにデザインしたピアスだった。



「こちらはブルースターという花をモチーフにしています。星の形をした花弁が可愛らしさだけでなく凛とした印象を与えますでしょう?」

「そうですね」

「オルギリオンの銀細工アクセサリーはその繊細な見た目に反して存外に丈夫ですし、一日中つけていても重さを感じない軽やかさも特徴なのですよ」



 すごいドヤ顔のオーナー。自社製品にこれ以上ない自信をお持ちらしい。結構なことである。



「ラエルにぴったりだな」

「そうですか?」

「繊細で、可憐で上品で、可愛いだけじゃなく凛としていて」

「え」



 真顔で褒め言葉を連発されるとかえってダメージがひどいということを、私はもう知っている。



 ひとまずアレゼル様の絶え間ない賛辞はスルーして、目の前のジュエリートレイに置かれたアクセサリーたちを手に取ってみる。確かに、思った以上に軽い。柔らかな輝きは見ているだけで華やかな気分になる。




 それに、ブルースターの花にはちょっとした思い入れがあった。




 今年の私の誕生日、朝目覚めると王宮中がたくさんの花々で飾りつけられていたのだ。紫のラナンキュラスや白い薔薇と共に散りばめられた、たくさんのブルースター。小さいながらも爽やかで可憐な存在感に溢れていた。それはアレゼル様からのサプライズプレゼントの一環だったのだけれど、あの日の幸せな気持ちをしみじみと思い出す。



 細やかな意匠の可憐なブルースターが、私の手の中できらきらと輝いている。




「……じゃあ、これにします」




 使い方やお手入れの方法を早口で説明するオーナーに十分お礼を言ってから、今度は王都で今一番人気だというカフェに向かう。ルーグ様が王家の権力を使って予約してくれたらしい(オルギリオン王家の権力の使い方がえぐい)。





「ラエル」



 馬車に乗り込むと、アレゼル様が唐突にこぼれるような笑顔を見せる。



「ブルースターの花言葉って知ってるか?」



 早速買ったばかりの銀細工アクセサリーを身に着けようとしていた私は、思わず首を傾げた。



「何ですか?」

「『信じあう心』『幸福な愛』だよ」



 いきなり端正な顔を近づけてきたかと思うと、アレゼル様が耳元で低くささやく。ちょっと待って。昼間っから色気がすごい。



「な、なんで知ってるんですか?」

「今年のラエルの誕生日に、王宮中を花で飾りつけただろ?」

「はい」

「あのときどの花を使おうか悩んでてな。アンナに相談したら『花言葉辞典』を貸してくれて」

「え、あのときの花って、花言葉で選んだのですか?」

「そうだよ」



 アレゼル様は得意げに微笑む。そこまで考えてなかった。自身の瞳の色である紫に合う色味の花を使ったんだろうと単純に思ってたのに。



「じゃあ、紫のラナンキュラスの花言葉は何ですか?」

「『幸福』だな」

「白い薔薇は?」

「『私はあなたに相応しい』『深い尊敬』『相思相愛』だったかな」



 なんてことだ。うちの夫のロマンチックが過ぎるんだが。



 まともな言葉は脳内から消え失せ、「あ……」とか「うっ……」とか意味不明のうめき声をあげることしかできない私を見つめながら、アレゼル様がふっと笑う。



「海より深い俺の愛情を思い知ったか」



 そうして私の髪を一房取ったアレゼル様は、とろけるような、焦がれるような目をしながらこれ見よがしにキスをする。



 かと思うと、今度はその手を伸ばして私の耳に優しく触れる。アレゼル様に触れられているところから、じんじんと甘やかな熱が広がっていく。




 あー、これは、やばい。心臓が変な具合に跳ねる。




「さっきのオーナーの話、覚えてるか?」

「ど、どの話ですか?」

「銀細工に使われるシルバーという金属は、愛されるほどに一層輝きが増す不思議なジュエリーだって言ってただろ?」

「あー、そう、でしたね」

「それ聞いたとき、シルバーとラエルは同じだと思ってさ」

「は?」

「俺に愛されれば愛されるほど、ますます美しく光り輝くラエルと一緒だろ」




 過去最高記録を更新したとも言える怒涛の殺し文句ラッシュに、とうとう私は撃沈するよりほかなかった。





 


 

 





 


 

 






オルギリオン編はここで終了です。

次回からは新章に突入します。

よければまたおつきあいください。

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