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7 夢中説夢

 オーラが『ない』……?



 『ない』とはどういう……?



「正確に言うと、オーラがその形を成していないというか」



 厳しい目つきのまま、強張った表情で説明を続けるアレゼル様。



「オーラにはいろんな色彩があって、交じり合いながらその人固有の色合いを放つのはわかるよな?」

「はい。まあ、見たことはありませんが、イメージとしてなら」

「でも、あの聖女のオーラには色がないんだ。白っぽい靄のようなものがうっすら見えるだけで」

「そんなことあり得るのですか?」

「ああ。そういう不完全なオーラを纏う人間は二種類しかいないと言われてる。生まれたばかりの赤子か、『死にゆく者』だ」

「『死にゆく者』?」

「病気とか寿命とかで死期が近い者、とでも言うのかな。生きるために必要な生命力がだんだん失われていって、この世とのつながりが薄くなっていくから、らしい」

「……え、じゃあ」



 アレゼル様の言わんとしていることに気づいて、私は愕然とする。



「つまり、聖女様が死にそう……?」

「いや、まだわからない。とにかくどういうことなのか、それを知りたくて直接会ったり図書館で調べたりしてたんだ」



 そしてアレゼル様は、夜会で初めて聖女を目にした瞬間から一昨日再び会ったときの様子まで、事細かに教えてくれる。



 話には聞いていたものの、聖女の纏う不完全なオーラを目の当たりにして不覚にも動揺してしまったこと、もう一度確かめたくて聖女に会ったこと、そしてそのときの頑ななまでに拒絶を示す聖女の態度。ちなみに図書館で調べてみたものの、この事態を打破するための手がかりになりそうな情報は何一つ見つからなかったらしい。



「どうにか食事は摂ってるらしいが、やつれていて生気もなくて」

「ご病気か何かなのでしょうか?」

「いや。医者にも診てもらったが、特に異常はないと言われたそうだ」

「では、何故……」

「事情を聞きたくても、口を開いてくれないからな。さっぱりわからない」



 眉間に皺を寄せ、肩をすくめるアレゼル様はそこで急に押し黙る。



 不可解な沈黙が、部屋を満たす。



「アレゼル様……?」

「……放っておけなかったんだ」

「え?」

「もしも聖女が『死にゆく者』なら、何らかの理由で死期が近づいているのなら、どうにかしなければと思った。俺の目の前で、また命が失われるのを黙って見てるなんてできなかったんだ」




 痛みさえ覚えるほどの強い視線が、真っ直ぐに私を捉える。




「……ガストル殿下のときのように、ですか?」

「ああ」



 透き通る紫色の瞳が、弱々しく揺らいでいる。



「でも、人の生き死ににかかわるなんて厄介事にまたラエルを巻き込みたくなかった。だから言えなかった」



 申し訳なさややるせなさ、懸念や後ろめたさの見え隠れするアレゼル様の瞳。逃げ惑うその視線を、私はじっと見つめる。



「アレゼル様。いつまでそんなことをおっしゃっているのですか?」

「え?」

「あなたの背負うものは半分背負うと、今までも散々お話ししてきましたよね? 何故一人ですべてを背負おうとするのですか?」

「それは……」

「私のことを大切に想ってくださるがゆえのことだともちろんわかっています。でも有り体に言って、まったくうれしくありません」



 私がきっぱり言い切ると、わかりやすく怯むアレゼル様。



「え、ラエル、あの……」

「いいですか? あなたが聖女様の命にかかわるという『厄介事』から私を遠ざけようととしたおかげで、私はグレアム様にちょっかいを出されるという別の厄介事に巻き込まれたのですよ?」

「あ……」

「それに、あなたの様子がおかしいのは夜会のときから気づいておりました。我を忘れたように聖女様をじっと見つめ続けるあなたを見て、私はてっきり聖女様が二人目の『運命の乙女』なのではと不安になって……」



 そこまで話すと、思いがけず涙がこみ上げてきてしまう。あのときのどうしようもない不安と恐怖、そしてそれがまったくの杞憂だったことへの安堵で、一気にいろんな感情が溢れてきて止まらない。



「二人目って……」

「だって、そうでしょう? 絶対にいないとは言い切れないじゃないですか? 被ることがあるのなら、複数いる場合もあるんじゃないかとあのときガストル殿下も……」

「それはそうだけど、叔父上だって結局見つけられなかっただろ? そもそも、『運命の乙女』が被ることだってあり得ないと思われてきたんだ。あんなこと滅多には起こらない、例外中の例外なんだよ」

「でも……」

「ラエル」



 アレゼル様の優しい目が、私の顔を覗き込む。頬に手を当て、涙で潤むまぶたを温かい親指でそっと拭う。



「ごめん。不安にさせた」

「アレゼル様……」

「確かに『運命の乙女』が複数いる可能性は否定できない。でも、ほとんどないと言っていい。可能性があるとしても、限りなくゼロに近いと俺は思ってる」

「何故、そう言い切れるのですか?」

「これまでの何百年という王族の歴史の中で、『運命の乙女』が被ったことも複数いた事実も確認されてないからな。叔父上の場合は、本来あり得ないことが起こってしまった悲劇としか言いようがない」

「それなら、また起こっても不思議では……」

「ラエル」



 なおも食い下がる私を愛おしそうな笑みで包み込みながら、アレゼル様は私の左手を取った。そしてゆっくりと口元に近づけたかと思うと、手の甲にキスを落とす。



「起こらないよ。それは言い切れる」

「何故ですか……?」

「ラエルを愛しているから」



 そう言って、今度は指先にキスをする。



「もし万が一、二人目の『運命の乙女』に出会ったとしても俺の気持ちが揺らぐことはない。ラエル以外に心を奪われる相手なんかいない。俺の本能が、そう言ってる」

「本能、ですか?」

「ああ。俺の本能が、ラエル以外は欲しくないと言ってる。今こうしている間だって、俺は自分の本能が暴れ出しそうになるのを必死に抑え込んでるんだ。俺の本能はラエルが欲しくて欲しくてたまらないから」

「え」



 気がつくと、私はいつの間にかアレゼル様の腕の中にすっぽりと収まっている。あれ、いつから? いつの間にこうなった?



 すぐ間近でうっとりと微笑んで、アレゼル様が今度は私のこめかみに口づける。



「俺の本能はいつも、ラエルだけが愛しいと叫んでいるのに」

「さ、叫んで……!?」

「でも無駄に不安にさせたのは悪かった。二日間ラエルを一人にしたことも、聖女のオーラのこと言わなかったのもほんとに悪かった」

「それは……」

「自業自得と言われればそれまでだが、ラエルが俺のそばからいなくなったと知ったときは気が狂いそうだったよ。こんなことになるなら、最初からちゃんと話しておけばよかった」



 耳元で、しかもどういうわけだかやけに艶っぽい声でアレゼル様がささやく。ささやいたついでに、耳にキスをすることも忘れない。結婚してすでに一年以上、もちろん知ってはいたんだけど、この王子時々色気がやばすぎるんだってば!!



「なあ」

「は、はい」

「もう、一人でどこかに行ったりしないよな?」

「……そのつもりですが」

「ラエルがどこかに行ってしまいそうで不安なんだ」


 

 なんてことだ。抱きしめられて、耳元で甘くささやかれて、抗えるわけがない。何を言われても、無理難題を聞かされても、「はい」と言っちゃいそうな自分が怖い。




「頼みがあるんだが」

「な、なんですか?」

「絶対に何もしないから、今日だけは一緒に寝てくれよ」








◇◆◇◆◇





 

 目が覚めると、後ろから抱きしめられていることに気づいて心臓が爆発した。



 まさかの展開である。



 いろいろあって、仲直りしたまではいいとして、同じベッドで寝ることになるとは。でも誓って言うけど、本当に何もなかった。そりゃ、おやすみなさいのキスくらいはしたけど、本当にそれだけだった。そうは言っても何かあるんじゃ!? とドキドキして眠れそうになかったのに、疲れていたのかあっさり眠れてしまった自分の図太さには驚愕だった。とにかく陛下や王妃殿下に問い詰められても堂々としていられるくらい潔白だということは、声を大にして言いたい。



「ん……? ラエル……?」



 私がもぞもぞと動いたせいか、後ろからくぐもった声がする。



「……ラエルは柔らかいな……」



 中途半端に意識を覚醒させたアレゼル様が、私を抱きしめる力を強める。言動が異常になまめかしい。



「アレゼル様。お、起きましょう」

「やだ……」

「きょ、今日は私も一緒に聖女様にお会いするのですから、準備しないと」

「……行かない……」

「は?」

「もう離れたくない……」

「ちょ、何言って……!」



 色気だだ漏れの夫に、ほんとこっちの身が持たない。まじで勘弁してほしい。






◇◆◇◆◇






 着替えるときの、アンナの生温かい視線も気まずかった。もちろん、何もなかったことはアンナも承認済みである。



 オーラのことや『運命の乙女』に関することはさすがに話せないけど、それ以外のことと聖女様に関する事情についてはしっかりとアンナにも説明した。アンナは渋々ながらもアレゼル様に対する心理的な武装を解除したうえで、



「今日はもう七日目です。あと三日で帰国の途に就かなければなりません。それまでに聖女様のお心を開くことができるでしょうか?」

「やってみないことには何とも言えないけど……」

「あと数日、滞在を延ばせるようオリバー様に至急お願いしてみましょうか」



 気の利くできた侍女は、やっぱり違う。





 ルーグ殿下は、アレゼル様が聖女に関するすべてを私に話したと知っても怒らなかった。むしろ、



「え、言ってなかったの?」

「お前が誰にも言うなって……」

「それはそうだけどさ。でもさすがにラエル妃殿下には話すだろうと思ってたよ」

「は?」

「何も言わなかったら、妃殿下はわけもわからないまま放ったらかしにされることになるんだよ。それってひどくない?」



 アレゼル様が複雑な表情をしたのは言うまでもない。



「でも考えてみれば、最初から女性のことは女性に聞くべきだったよな」



 言いながら、ルーグ殿下が聖女ミレイ様やこれまでの聖女に関してまとめた調査書を手渡してくれる。ずっしりと重量感のあるそれをぱらぱらとめくりながら、目を通していく。



「え、歴代の聖女様って全員が王族と婚姻なさったわけではないのですか?」

「ああ、そうなんだ。二番目に降臨した聖女は王宮に移る前に行方不明になってるんだよね。その頃はまだ聖女という概念が今ほど明確になってなかっただろうし、警備体制なんかも杜撰だったらしくてね。あと四番目の聖女は王宮に移ったあと間もなく急にいなくなって、しばらくしてから遺体で発見されている」

「それは……」

「記録が古くて正確なところはわからないけど、事故なのか他殺なのか、はたまた自死なのかは不明だね」



 あれ。意外に闇が深いな、聖女の歴史。



「聖女ミレイ様は王宮に移られる前、神殿ではどのような生活をされていたのですか?」

「それが、普通に過ごしてたって聞いてるんだよね」

「普通?」

「神殿が運営する孤児院の前で倒れていたから、最初は孤児院の方で過ごしていたみたいなんだけど」

「では、子どもたちともやり取りがあったのですか?」

「え? まあ、多分」



 私の質問に、ルーグ殿下は詳細を把握していないのか曖昧な返事をする。



 孤児院や神殿にいる間は普通に生活していたと評されるなら、少なくとも今のような拒絶的な態度ではなかったということになる。じゃあ、頑なに人を拒むようになったのは王宮(ここ)へ来てからってこと? なんで? ここへ来てすぐに何かがあったのか、それともここへ来る直前に何かがあったのか……。



 しばらく俯いて考えをめぐらせてから、私は思い切って顔を上げた。




「ルーグ殿下。ひとまず神殿に行って、話を聞くことはできませんか?」













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