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3  秘中之秘

 王宮に到着すると、そのまま豪華な装飾の施された一室に通された。インテリアも置いてある調度品も明らかに高価で上質なものとわかるから、場違い感がひどすぎてなんだか生きた心地がしない。



 戸惑いと不安に支配されたままろくに身動きもできずにいると、ノックの音とともに見覚えのある紳士が現れた。



「こんにちは、ラエル嬢」

「イアバス侯爵! ご無沙汰しております」



 現宰相でエリカのお父様、イアバス侯爵だった。


 意外にも娘同様、いやもしかしたらそれ以上に気さくな人柄のイアバス侯爵には、これまで何度かお会いしたことがあった。そのたびに「エリカと仲良くしてくれてありがとう」なんて言ってくれる、優しくて愛情深いお父様でもある。



「あ、あの、すみません、突然……」

「ラエル嬢が謝ることではないよ。アレゼル殿下にいきなり連れてこられたんだろう?」

「はい……。でも何がなんだか……」

「今、殿下が陛下や王妃殿下に事情を説明されているから。しばらくすると戻ってこられるだろうし、そうしたらすべて教えてもらえると思うよ」



 すべて教えてもらえる……? 何を?



 一切意味がわからないし嫌な予感しかない。そんな私を見て、にこやかに、でもどこか困ったように笑うイアバス侯爵。



 アレゼル殿下とは初対面だし、さっきのやり取りで何か粗相をしたとも思えない。バルズ様と話していたのが問題だったとしても、カルソーン家と王家とはさほど密接な関係ではないはず。もちろん、うちと王家もだけど。



 考えれば考えるほどわけがわからず、否応なしに混乱の渦に巻き込まれていく私の前にようやくアレゼル殿下が戻ってきた。



「すまない、ラエル嬢。遅くなって――あ、イアバス侯爵」



 ドアを開けた瞬間に見せた満面の笑顔から一転、イアバス侯爵を目にしてはっきりと不快感を露わにする殿下。



「何をしている?」

「殿下が戻られるまでの間、しばしお相手を。ラエル嬢はエリカの親友でもありますので」

「あ、そういえばさっきも一緒にいたな。仲が良いのか?」

「はい。学園に入学した当初から、とても仲良くさせていただいております」

「そうか。じゃあ、侯爵はもう下がっていい」

「かしこまりました。しかし殿下、くれぐれも二人きりには――」

「うるさいな。わかってるよ」



 最後はぶっきら棒にちょっと声を荒らげた殿下は、その様子に驚く私を見てはっとした顔をする。



「わ、わかっている。先ほど陛下にも散々言われたから」

「お気持ちはお察ししますが、ラエル嬢の気持ちも考えていただけると」

「それもさっき言われたから」



 いい加減にしろとばかりに殿下は手を払う仕草を見せ、侯爵の退出を促す。



 イアバス侯爵は私を安心させようとしてか穏やかに微笑んで、そろそろと退出していった。しかし私の中の圧倒的不安が和らぐわけもなく。





「さて、ラエル嬢」



 殿下は私の真向いのソファに座り、少し緊張した様子で大きくため息をついた。いや、あれは深呼吸といった方が正しいのかも。



「これから、君に大事な話をする。これは王族と宰相しか知らない、我が国にとって最重要機密事項だから心して聞いてほしい」

「え」




 いやいや、ちょっと待て。いきなり何!? 


 なんで突然連れてきて、さくっと国家機密を教えようとするわけ!?




「お待ちください、殿下。急にそのようなことを言われても困ります。そのような大事なことを、何故私などに……」

「それも含めて説明するから」



 真剣な表情の殿下を前にして「そんなやばい話は聞きたくありません」なんて言うこともできず(当たり前)、私は固唾を呑んでじっと殿下を見つめるしかなかった。





「私たち王族は、実は公にしていないが特異体質というか特別な能力を有していてね」

「……特別な能力、ですか?」

「そう。人のオーラが見えるんだよ」

「オーラ? オーラって、あのオーラですか? スピリチュアルな分野ではわりとよく知られた、人体から発せられる霊的な波動というかエネルギーの流れというか」

「よく知ってるね」

「一年生のとき『魔法と呪術』の授業でちらっと習いました。選択科目でしたけど」

「なら話が早い。オーラにはいろんな色があることや、その色合いというのは生まれ持ったもので生涯ほぼ変わらないことも知ってるね?」

「はい。授業で習いました」

「私たち王族にはそれが見えるんだ。さらにはその人の感情状態で色合いが鮮やかになったり輝きが増したり、暗く沈んで見えることもある」

「すべての人のオーラが見えるのですか?」

「そうだよ」

「ちょっと鬱陶しくないですか?」

「……慣れたよ」



 殿下は一瞬だいぶ渋い顔になりながらも、気を取り直したのか平然と続ける。



「中でも王族一人ひとりにとって、一目見ただけでどうしようもなく心惹かれてしまうオーラというものが存在する」

「心惹かれてしまうオーラ、ですか?」

「そうだ。そのオーラの持ち主を『運命の乙女』とか『運命の申し子』と呼ぶ。それは王族にとって唯一無二の存在で、彼らのオーラには実際に癒しの効果まであると言われているんだ。だから王族は『運命の乙女』や『運命の申し子』を求め、その溺愛や執着には際限がない」

「それはあの、獣人の世界などでよく言われる『番』のようなものでしょうか?」

「そうだな、似ていると言えるだろうな。『番』ほど強力な絆やつながりではないかもしれないが、本能的なものであることは確かだ。ただ、オーラが見えるのは王族だけだしその恩恵を受けられるのも王族だけだから、一方的な執着であることは否定できない」

「なるほど」

「『運命の乙女』や『運命の申し子』の側には、残念ながら現実的なメリットはほぼないと言われている。感知できるのは王族側だけということもあって、生涯出会えないことも少なくない。実際に、陛下にとって母上――王妃殿下は『運命の乙女』だが、先王陛下にとって王太后陛下は『運命の乙女』ではなかったそうだ」

「出会えなくても大丈夫なのですか?」

「まあ、生きていくのに支障はない。だからこそ、出会うことができればこれ以上の僥倖はないということだ」

「では、『運命の乙女』とか『運命の申し子』とはいわば王族の方々にとっての専属聖女と言ったところでしょうか。あ、王女殿下方にとっては専属聖人になるのかもしれませんが」



 微妙に語呂が悪いな、なんて思いながら殿下を見返すと、なんだかやけに熱っぽい視線で私を見つめている。



「理解が早くて助かるが、何故この話を君にしているのかそろそろ気づいてほしいのだが」

「はい。……え?」




 何故、この話を私に……? って、まさか。




「もしかして」

「君が私の『運命の乙女』だ。ラエル嬢」




 言いながら、幸せが溶け出したかのような甘い笑顔を見せるアレゼル殿下。




「いや、でも待ってください。いきなり言われても信じられません」

「私も信じられないよ。もはや諦めていたからね」

「そうなのですか?」

「そうだよ。私が十歳になったとき、大々的に誕生パーティーを開いただろう? 同年代の令嬢令息を広く集めたんだが」

「あ、はい。ありましたね」

「あれは、実は『運命の乙女』を探す目的だったんだ。でも見つけられなかった。だからこの先も出会うことはないのだろうと思っていた。君はあのパーティーに出席していなかったということか?」

「はい。あのパーティー、招待状に『すでに婚約者のいる者の参加は任意とする』とありましたから。殿下の側近や婚約者選びも兼ねているんだろうということは、容易に推測できましたし」

「……婚約者がいたのか?」



 突然胡乱な目つきをしてうめくようにつぶやいた殿下に、慌てて私は弁解する。



「あ、あのときはそうです。三歳のときに決まった婚約でして」

「ずいぶん幼い頃に決まった婚約だったんだな」

「祖父同士の親交が深かったのです。その婚約も、実はつい先日解消になったばかりで」

「そうなのか?」



 そう言った殿下は、少し考える素振りを見せると何かに気づいたような顔をした。



「さっき学園で話していた男か?」

「はい。まあ、話していたというか、難癖をつけられていたというか」

「……どういうことだ?」



 苦笑ぎみに軽い気持ちで答えた私とは対照的に、殿下が俄かに強烈な殺気を纏う。


 その圧に押されて、これまでの婚約期間の一部始終、特にバルズ様の傍若無人ぶりをかいつまんで説明すると、殿下の表情がみるみる険しくなっていく。険しい、なんてもんじゃない。鬼神のごとき形相を呈している。



「なんだそれは。人としても男としても最低じゃないか」

「ですよね。ほんとにそう思います」

「しかしそんな相手だったからこそ、君たちの婚約は解消になったのだから礼を言うべきなのかもしれないな」

「礼ですか?」

「ああ。私なら、そんなふうに婚約者を傷つけたり辛い思いをさせたりは絶対にしないと誓おう。何より君は『運命の乙女』だからね。生涯大切にするし、もう手放すことはない」

「は?」



 殿下の前だというのに、つい素に戻って間抜けな反応をしてしまったことに気づきつつも。



 それ以上にやばい展開になっているということに、ようやく思い至る。



「……それって、もしかして私が殿下の婚約者になるとかそういうことですか?」

「そうだが」

「いやいや、それはちょっと、いきなりすぎますよ。それに荷が重すぎます。無理です」

「そんなことはない。君なら大丈夫だ」

「な、何を根拠に」

「君を学園から連れてきて陛下や妃殿下と話している間に、プレスタ伯爵家のことや君自身についてはすでに調べ上げている。伯爵家は真面目で実直な家系のようだし、王家への忠誠も申し分ない。君自身も学年では常に五位以内に入る才女だと聞いた」



 まずい。知らぬ間に完全に包囲されている。



 のほほんとイアバス侯爵相手に歓談している場合じゃなかった。数時間前の自分に全力で逃げろと言いたい。



 追い込まれた私は、それでもすんでのところで起死回生の一手を思い出す。



「いや、でも、あ、そうだ! 殿下はオルギリオンのディアドラ殿下とご婚約なさっているじゃないですか。ディアドラ殿下のことはどうされるのですか?」



 私の放った一撃に、ここまで流暢に迷いなく話してきた殿下が急に勢いをなくして言い淀んだ。



「あー……。それについてはだな……」





 逃げ切れる、と思った私は甘かった。





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