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3 挙動不審

 翌日。



 アレゼル様は朝からルーグ殿下に呼び出されたらしい。



「久しぶりだし、ちょっと顔出してきていいか?」

「どうぞどうぞ。積もる話もあるでしょうし」

「できるだけ早く戻ってくるから。オデルの街へは、そのあと行こう」

「わかりました」



 なんて話したのに、もうとっくに夕方である。



 せっかくの外遊だからと、今回は十日間ほどオルギリオンに滞在することになっている。何だかんだ言いながら、ゆっくりできるよう手配してくれたオリバー様。実はいいやつ。



 それに引き換えアレゼル様ときたら。オルギリオンに行ったらあちこち見て回ろう、王都オデルは俺の庭だから、とか豪語してたくせに。本当なら、今日はオルギリオンの伝統工芸品である銀細工の店を見て回る予定になってたのに。全然戻ってこないじゃない。出会って以降、隙あらば私を隣に置いてあれこれ世話を焼こうとする距離感が当たり前になっていたから、これは初めての放置と言えるのかもしれないけど。なんか慣れない。落ち着かない。



 どうにも手持ち無沙汰で暇を持て余していると。



「ラエル様、庭園を散策してみてはいかがでしょう?」



 私の心中を知ってか知らずか、アンナが好奇心いっぱいの目をして提案する。



「庭園?」

「はい。オルギリオンの王宮庭園は他国に比べても抜きん出て素晴らしく、一見の価値ありと聞きまして」

「誰に聞いたの?」

「え? あ、オリバー様です……」




 へえー。オリバー様ねー(ジト目)。




「アンナ、オルギリオンについていくって言ったときオリバー様に反対されなかったの?」

「はじめは反対されました。十日間の日程を組んだあとだったので、『十日も会えないんだぞ』と引き止められまして」

「え、あの人そんなこと言うの!? だいぶ意外なんだけど」

「そう、ですか……?」

「うん、まあ。それで?」

「でもオリバー様は、最終的には私の意見を尊重してくださるので。私にとってはオリバー様と同じくらいラエル様も大切な存在ですからと話しましたら、渋々ながらも承諾してくれました」



 ……あれま。



 この瞬間、私の中でオリバー様の株がだいぶ上がってしまった。いや、今までも決して低かったわけではないんだけど。



 恋愛ポンコツで有名なオリバー様も、日々成長してるというわけよね。ちゃんとアンナを大事にしてるみたいだし、アンナも大事にされていると実感してる。恋愛ポンコツの汚名はそろそろ返上してもいいのかもしれない(ずっとポンコツのままでいてほしいという邪な考えもなくはない)。



 それに、アンナの話を聞いていたらここでうだうだしてるのもなんだか馬鹿らしくなってきたし。



「じゃあ、その庭園に行ってみる?」



 私が立ち上がると、アンナはすぐさま「準備いたします!」と小走りで部屋を出ていった。






◇◆◇◆◇






 王宮庭園は想像以上の美しさだった。



 広い庭園は幾つかのエリアに分かれていて、中でもオリバー様おススメは『東方庭園』と名づけられた区画。その入り口には、不思議な形をした朱塗りの大きな門が立っている。門をくぐった先には澄み切った池があり、中央に浮かぶ中島には東国風のエキゾチックな赤い橋がかかっている。池の周りに並ぶ楓や銀杏の木々と大きな柳の木のコントラストは美しく、咲き誇る色とりどりの花々も華やかさを演出している。フォルクレドの王宮庭園ももちろん美しいけれど、東方の国々にインスパイアされたこの庭園はまた違った趣がある。



 滅多に見られない異国情緒たっぷりの光景を目の当たりにできたおかげで、モヤモヤした気分もすっきりふっ飛んだ。うん、いい気分転換になった。




 色彩豊かな中にも崇高ささえ感じられる空気に誘われるまま、東国風の橋の方へ向かおうとしたときだった。





「この庭園の美しさに気づいていただけるとは、うれしい限りです」



 唐突な声に振り返ると、見覚えのない男性が立っている。まじで見たことない。誰?



「これは……! フォルクレドの王太子妃殿下とは気づかず、失礼いたしました……!」



 男性は私を見ると、慌てた様子ながらもきれいな所作で一礼をする。仕草といい服装といい、こんなところに出入りしていることといい、高位貴族なことは間違いない。しかも私の顔を見てすぐに誰なのかわかったということは、昨日の夜会にも出席していたのだろう。



「あなたは?」

「お初にお目にかかります。私はベレンシア公爵家が次男、グレアムと申します」



 明るい金髪に碧眼のベレンシア公爵令息は恭しくまた礼をして、艶やかに微笑む。



「妃殿下も、この庭園の美しさに魅了されたようにお見受けしますが」

「そうですね。このような庭園は初めて見ました。東方の国々を彷彿とさせる造園様式は、奥ゆかしさがありながらも彩り豊かで驚きました」

「そうなのです! さすがお目が高い!」



 ベレンシア公爵令息はそう言うと、やや早口でこの庭園の良さを声高にプレゼンし始める。もしかして東国かぶれの方なのかしら。東方文化ガチ勢的な? いいけど。勉強になるし。



「……というわけです。妃殿下は、東方の国々に行かれたことは?」

「残念ながら、まだ」

「そうでしたか。東方には幾つかの国がありますが、中でも東方三国と呼ばれるアカツキ、シノノメ、アケボノは一度訪問されることをお勧めしますよ。東方の国々の素晴らしさは、直接自分の目で確かめてこそですから」



 どんだけ思い入れがあるのだろうというくらい、東国を絶賛するベレンシア公爵令息。そして、何故初対面でこの人の講釈を聞く羽目になってんだ自分。まあ、勉強にはなったけれども。そういえば、ディア様も東国好きだったわね。忍びの者とかに詳しいし。どこから調達したんだか、忍び装束まで持ってんだよねあの人。




「ラエル様、そろそろ」



 すぐ脇に控えていたアンナが頃合いを見計らってささやいた。こんなところで見知らぬ男性と長時間一緒にいたら、いろいろと誤解を招きかねない。それを危惧しての配慮なのだろう。さすがはアンナ。できた侍女である。



 行きたかった中島に後ろ髪を引かれつつも、私はベレンシア公爵令息に目を向ける。



「貴重なお話ありがとうございました。豊富な知識に感服いたしました」

「お役に立てたのでしたら光栄です。……あの、妃殿下」



 ベレンシア公爵令息の声が、わずかに上擦った。



「なんでしょう?」

「また、お会いできますか?」



 やけに期待のこもった目で見つめられる。



「……機会があれば」



 それだけ言って、庭園を離れる。平静を装ってはいたけど、頭の中には大きな疑問符が浮かぶ。




 なんだ最後のあれは? どういう意味? 









◇◆◇◆






 結局、アレゼル様が戻ってきたのは夕食の直前だった。



「ごめん!! ラエル!」



 すごい勢いで私の部屋に入ってくるなり、ほぼスライディングで土下座をするアレゼル様。



「ルーグが帰してくれなくて……!」

「いいですよ、別に」



 ほんとはちょっとムカつくけど(多少声に不機嫌さが混じってしまったのは仕方がない)、でも東方庭園のおかげでだいぶ気が晴れたし。妻として、夫が旧交を温めるのを非難するほど狭量ではない(つもり)。



「楽しかったですか?」

「うん、まあ」



 と言いつつ、アレゼル様はどことなくそわそわと不自然な反応を見せる。なんだろう。この違和感。



「明日こそ、オデルの街を見に行こう。今日の分も併せてきっちり埋め合わせするから」



 申し訳なさそうに私の手をそっと握り、アレゼル様は明日の予定を矢継ぎ早に口にする。でもなんだか、無理やり話題を変えられたような気がしなくもない。



 昨日感じた違和感や焦燥感が、急にその存在感を露わにする。おまけに不信や疑惑の種を孕んで、不穏な渦が少しずつその大きさを増していく気がした。







◇◆◇◆◇






 案の定というかなんというか、アレゼル様は今日も朝からルーグ殿下のところに行ってしまった。また呼び出されたとか何とか。



 「できるだけ早く戻ってくるから」なんて昨日と同じことを言っていたけど、こうなると昨日と同じ展開になるような気がしてならない。そもそも、朝から晩までルーグ殿下と一体何をしているというのだろう? いくら久しぶりだからって、一日中話しても話し足りないなんてことある? なんか怪しくない? いや確実に怪しい。



 不信や疑惑の種が心の中で芽吹いてしまって、否が応でも気が滅入る。



「ねえ、アンナ」

「なんでしょう?」

「『東方庭園』のほかにおススメの区画はある?」

「今日も庭園に行ってみますか?」

「ほかにすることもないし」

「アレゼル殿下を待たなくもよろしいのですか?」

「どうせ戻ってこないわよ」



 投げやりに答えると、アンナがやれやれと言わんばかりの表情を返す。それからしばらく思案顔をして、



「そうですね、では『シロナ・ガーデン』はいかがでしょうか?」

「『シロナ・ガーデン』? どんな感じの庭園なの?」

「昨日の『東方庭園』も色鮮やかな庭園ではありましたが、『シロナ・ガーデン』も彩りが美しくまるで絵画のような光景だそうですよ」

「それもオリバー様情報?」

「はい」



 さすがは宰相補佐。宰相であるイアバス侯爵の名代として他国へ行くことも多いからか、やたら詳しいな。



 本当は、昨日中島に行き損ねた東方庭園にもう一度行きたい気もするのだけれど。でもあのベレンシア公爵令息にまた会いそうで気まずいのよね。別れ際の彼の言葉が、妙に気持ちをざわつかせる。あまり近づかない方がいのではと、心の奥で警鐘が鳴っている。



「じゃあ、その『シロナ・ガーデン』に行ってみようかな」



 言うが早いか、アンナはすぐさま準備し始める。





 王宮の侍女に『シロナ・ガーデン』への行き方を尋ねて、外に出た瞬間だった。




「ラエル妃殿下!」



 つい昨日、散々聞いた声が後方から飛んでくる。



「またお会いしましたね」



 できるだけ会わないようにしようとしていたその人は、そんな私の思惑など想像だにしないのか満面の笑みで近づいてくる。



「ベレンシア――」

「グレアムとお呼びください、ラエル妃殿下」



 昨日別れ際に見せた熱っぽさの宿る視線を再び向けられて、やっぱり居心地が悪い。



「今日も『東方庭園』へ?」

「いえ、今日は『シロナ・ガーデン』に行こうかと……」

「そうでしたか。『シロナ・ガーデン』もこの王宮庭園の見所の一つなのですよ。必見です」


 

 言いながら、さも当然といった様子でついてくるベレンシア公爵令息。それを見たアンナのあからさまに不快そうな顔と言ったらもう。




「ところで」



 歩き出したベレンシア公爵令息は、辺りを見回しながらどこか侮蔑を含んだ薄笑いを浮かべた。



「アレゼル殿下はご一緒ではないのですか?」

「え……」

「昨日もご一緒ではなかったようですが……?」



 容赦なく痛いところを突いてくるなこいつ。私の顔色を窺っているのか、媚びるような目も鼻につく。



「殿下は所用がおありのようで」



 何でもないことのように平然と言ってのけると、ベレンシア公爵令息はわざとらしく眉根を寄せ、そして大きなため息をついた。



「やはりそうなのですね」

「え?」



 挑むようなふてぶてしささえ感じられる顔つきで、ベレンシア公爵令息は声を潜める。




「アレゼル殿下は昨日も今日も、聖女に会っておられるのですよ」















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― 新着の感想 ―
[一言] なんか悲しいな…(涙) あんなにラエルを溺愛してたのに… 勝手に執着しておいて! 何かあるんだろうけど… ラエルを悲しませるのが切ない! 運命の乙女は1人だけなのかな? これじゃぁラエルが…
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