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2 疑心暗鬼

「さすがはラエル。『女神降臨』だな」




 『聖女降臨』に引っかけてうまいこと言ったつもりのアレゼル様だけど、言われた私も悪い気はしない。というか、とてもうれしい。そして照れる。



 王太子夫妻としての初めての外国訪問。今日はいよいよ『聖女降臨を祝う夜会』当日である。



 オルギリオンには一昨日到着し、王宮に滞在することになった。誰がどう手を回したのかは知らないけど、夫婦なのにちゃんと二部屋用意されていた。いや、別にいいんだけど。あわよくば、とか思っていたらしいアレゼル様はわかりやすく落胆していたけど。



 今日の私のドレスも、アレゼル様が準備してくれたものである。婚約して以降、私のドレスはアレゼル様が主担当みたいになっている。色とか形とかデザインとか、注文が多いんだもの。今日の主役である聖女様は恐らく白に近い淡い色のドレスをお召しになるだろうということで、私はその対局とも言える濃い紫、つまりアメジスト色のドレスを纏っている。シックなアメジスト色のグラデーションに、上半身には小さなクリスタルを散りばめて星の輝きを表現したんだと、王室御用達の有名デザイナーであるナウスがドヤ顔で説明していたらしい。



 しかし私の前に立つ侍女のアンナも、相当なドヤ顔である。



「ラエル様の柔らかな髪色に星を模したクリスタルとエレガントなグラデーションを奏でる紫色。アレゼル殿下のお見立てもさすがでございます」



 自分の仕事に達成感を禁じ得ないという様子で、にっこりと微笑むアンナ。



 アンナはあのまま、王太子妃となった私の専属侍女となった。しかも侍女長。大した出世である。



 それから、私たちの婚約を祝う夜会のすぐあとにオリバー様と無事婚約した。とっくに結婚してもいい年頃なのだけど、オリバー様のあの謎の宣言(「エリカが結婚して幸せになるのを見届けるまで何ちゃら」とかいうやつ)の通り、エリカとハラルド様が結婚するまで待つつもりらしい。「エリカ様は私にとっても妹のような存在ですし、オリバー様がそうしたいとおっしゃるのなら私も同じ気持ちです」とできた侍女は話していた。泣ける。



 そのアンナ、今回のオルギリオン訪問にどうしてもと言ってついてきている。私を着飾る役目をほかの人に任せたくないらしい。というか、あの二年前の騒動で私がイアバス侯爵家のために敵の本拠地へ乗り込んだことにいたく感動したらしく、あれ以降ぶっちゃけ私のことを崇拝している。ちょっと恥ずかしいくらいのレベルで。



「ラエル様、今日は聖女様から主役の座を奪ってしまうかもしれませんね」

「ラエルの美しさには聖女もひれ伏すだろうな」



 私を溺愛&崇拝する二人の徹底的な賞賛の嵐。恥ずかしいから勘弁してほしい。






◇◆◇◆◇






 王宮の大広間は、絢爛豪華を極めたような眩さだった。自国の貴族はもちろんのこと、他国の要人も数多く集まっている。すでにたくさんの人で溢れているけど、まだ聖女の姿は見当たらない。まあ、主役の登場は最後の最後なのだろう。



 オルギリオンに留学経験のあるアレゼル様はさすがに顔が広く、会場に入った途端方々から声をかけられている。かつてのご学友らしき人たちに挨拶されるとすかさず、



「彼女は私の()のラエルだ」



 明らかに「妻」を強調している。フォルクレドでは私のことをわざわざ「妻」なんて紹介する機会がないもんだから。かく言う私も、「妻」なんて言われて照れまくりである。いやダメだ。慣れなくては(でも照れる)。




 そうこうしているうちにけたたましくファンファーレが鳴ったかと思うと、王族の方々が威風堂々たる存在感を放ちながら入場する。オルギリオン王と王妃、バロール王太子と王太子妃、キアン殿下と続き、最後にルーグ殿下がエスコートするのは長い黒髪の聖女。



 薄い水色のドレスはシンプルながらも繊細な銀糸の刺繍が施されていて、聖女の毅然とした清らかさを一層際立たせている。少し儚げな印象はありながらも透き通るような肌はなめらかで、ディア様とはまた違った次元の麗しさにため息が漏れる。



 思わず見惚れてしまってふと隣を見上げると。




 私は信じられないものを目にしてしまった。




 隣に立つアレゼル様の瞳が、ただ一点を見つめていた。熱のこもった視線の先にいるのは、ただ一人。




 あの目。あの視線。あれは――――




「アレゼル様……?」



 不安に駆られた私の声は、少し掠れていた。



「え?」

「どうか、したのですか?」



 私を見下ろすアレゼル様の紫水晶に、虚ろな影が宿る。不自然に彷徨う視線は、私を捉えない。



「……いや、何でもない」 



 その表情は、明らかに何でもないとは言い難い。そして彷徨う視線は、引き寄せられるように再び清廉な存在へと向かう。




 ん? 何? 今の反応……。




 そのまま、オルギリオン国王陛下の挨拶が始まる。



 国王陛下はにこやかに聖女降臨の喜びを祝う。143年ぶりの降臨と邂逅の奇跡を称える。でも私の中に芽生えたアレゼル様に対するそこはかとない違和感のせいで、国王陛下の言葉なんかほとんど頭に入ってこない。辛うじて、聖女はミレイ様というお名前だという部分だけが妙に耳に残る。




 これまで、こんなことがあっただろうか。私がそばにいるときは、常に真っ先に私という存在を優先させてきたアレゼル様。私以外は何も見ていないというくらいの勢いが通常運転になりすぎて、私の感覚も多少バグってるのかもしれないけれども。



 でも今、まさにこの瞬間彼は私を見ていない。心ここに在らずといった様子で、ルーグ殿下の隣に佇む聖女をただひたすら見つめている。




 言いようのない焦燥感が、小さな渦を巻く。






 国王陛下の祝辞が終わり、挨拶のために王族や聖女様の方へ向かう際にもアレゼル様の表情はどこか強張ったままだった。私の手を取ってはいるものの、どことなく冷ややかでよそよそしい。




 そのとき。




「アレゼル!」



 居並ぶ王族の一番端にいたルーグ殿下の軽やかな声が、私の不安と疑念とを一掃した。



「久しぶりだな! 変わりないか?」

「ああ。ルーグも変わらないな」

「当たり前だろ?」



 屈託のない笑顔を見せられて、アレゼル様の強張った表情もすぐに解れていく。こんなに砕けた言葉でやり取りするほど、親密な仲だったとは。ルーグ殿下の端正な顔(ディア様同様の銀髪に、濃いサファイアの瞳は控えめに言ってもだいぶ男前である)に何となく不思議な既視感を覚えながら見ていると、急に腰の辺りを引き寄せられる。



「ルーグ、妻のラエルだ」

「ラエル妃殿下! やっとお会いできた!」



 先程の国王陛下を彷彿とさせるようなにこやかさと、他人との距離をぐぐっと縮める人懐っこい雰囲気。あー、これが。アレゼル様やハラルド様が「軽い」と一蹴した人となりなわけね。



「ルーグ殿下。初めてお目にかかります」

「いいよいいよ、そんな堅っ苦しい挨拶なんか。ディアドラからも話は聞いてるんだ」



 バシッと音が鳴るかのようなウインクをして、茶目っけたっぷりに微笑むルーグ殿下。オルギリオンの兄妹はみんな仲がいいらしいけど、下の二人の仲の良さは噂通りということか。



「アレゼル、随分と妃殿下にご執心らしいじゃないか」

「は?」

「ディアドラが笑ってたよ。恋情がなかったのはお互い様だけど、こうも態度が違うのはどうなんだって」



 なるほど。アレゼル様とディアドラ様の関係の真実について、ルーグ殿下もご存じらしい。そりゃそうか。身内だもんね。



 二人の楽し気な会話を聞きながらふと気づくと、さっきまでルーグ殿下の隣にいたはずの聖女様の姿が見当たらない。



 それとなくきょろきょろと辺りを見回す私を察したのか、ルーグ殿下が声を潜める。



「聖女はちょっと、体調が優れないらしくてね」

 


 『聖女』という言葉に、一瞬アレゼル様の目の奥が鈍く光ったように見えたのは気のせいだろうか。





 それでも何とかオルギリオンの王族への挨拶を済ませ、重大なミッションをこなせたことにひとまず安堵する。アレゼル様は当然以前から面識があっただろうけど私は全員初対面。しかも、初の他国での公務。緊張しないわけがないじゃない。これでも結構ガチガチだったんだから。ルーグ殿下が真っ先に声をかけてくれたおかげで、かなり緊張が和らいだけど。さすがは王室きってのムードメーカー、天然人たらしは伊達じゃない。声をかけられて勘違いする令嬢が続出してしまうのも、まあ頷ける。



「お話の通り、気さくな方でしたね」



 飲み物を取りに行く途中で何の気なしにそう言うと、隣を歩いていたアレゼル様がいきなり立ち止まる。



「ラエル」

「はい?」

「ルーグに見惚れてただろ」

「は?」



 口を尖らせるアレゼル様の非難めいた口調に面食らう。



「見惚れ……?」

「ルーグは男の俺から見ても眉目秀麗、美形揃いの王族の中でも一際目立つ美丈夫だからな。ラエルが見惚れるのも仕方はないが許せない」

「は?」

「俺以外の男がラエルの視界に入るのだってほんとは嫌なのに、ルーグのやつ――」

「見惚れてませんよ」



 ちょっと吹き出しながら答えると、不機嫌さを隠そうともしない顔がますます険しさを増す。



「誤魔化さなくても」

「誤魔化してません。随分砕けた物言いでやり取りするんだなってちょっと驚いただけです。そこまで仲がよろしいとは思ってなかったので」

「あ……。そう、なのか?」

「はい。あと、初対面のはずなのになんだか妙に既視感があるなって……」



 言いながら、既視感の正体にふと思い至る。




 ああ、そうか。そりゃそうだわ。




 可笑しくなってつい一人で笑っていると、険しかったアレゼル様の表情が訝しがる。



「なんだよ?」

「ルーグ殿下って、男装したディア様にそっくりでしたね」

「あ」



 頭の中に、私たちの婚約を祝う夜会や結婚式に颯爽と現れたディア様を思い浮かべたのだろう。



 髪型こそ違えど、さすがは兄妹。月光で染め上げたような銀髪に、似た面差しの二人だもの。そりゃ既視感を覚えるわけだ。ルーグ殿下がほっそりとした体格で、ディア様が長身だから余計に。



「今度、ディア様にあなたの男装はルーグ殿下に瓜二つですよって教えなきゃ」

「嫌がるだろうな、あいつ。『あんなのと一緒にしないで』とか言いそう」

「言いますね、確実に。……あれ、そういえば」

「なんだ?」

「ルーグ殿下と聖女様のご婚約の話って、結局出なかったですね?」



 その一言で、上機嫌だったアレゼル様の動きが静止する。そして取ってつけたような声で「ああ、そうだな」とつぶやきながら、何故か目を逸らす。




 その後のアレゼル様は誰に会っても何を話してもどこか上の空で、ずっと何かを考えているようだった。






 言い知れぬ違和感と焦燥感が、いつまでも私の胸の内で小さく渦巻いていた。














 




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