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20 真相究明

 次の日から、私とアレゼル様は密かにあの方の身辺を調べ始めた。



 できれば誤解や勘違いであってほしいというアレゼル様の悲痛な想いもあり、しばらくは二人だけの秘密ということにして。



 調べたのは、あの方の最近の動向。王位継承権を放棄したあと世界各国を歴遊していた王弟殿下は、他国の要人とも親密な関係にある。アレゼル様の留学の際には後見人として自身もオルギリオンに滞在していたわけだし、グリムド辺境伯とつながりがあってもおかしくない。ガストル殿下とセヴァリー侯爵、そしてグリムド辺境伯とのつながりを示すものがあれば、それが決定的な証拠になり得る。



 調べている途中でアレゼル様は陛下から呼び出しがあり、何をしているのか聞かれたらしい。王宮内部の図面のことは、陛下も気がついているはずだった。もう隠すことはできないとすべて正直に話したら、陛下は顔色を変えることなくアレゼル様の中にくすぶる疑念に同意したという。




 そんな中、今回の騒動に関するさらなる詳細が明らかになっていく。例えば、バルズ様の逃亡に加担した見習い騎士団員は私の拉致の実行犯の一人だったとか、もう一人の実行犯はセヴァリー侯爵家の使用人でマリエラ様に心酔するあまり言いなりだったとか。



 そのマリエラ様は、セヴァリー侯爵から私の排除を提案されたとき自らその役割を買って出たという。そして私のことを調べるうちに、バルズ様の存在を知り利用したんだとか。



『だっておかしいではないですか!? 何故あのような、取るに足らない伯爵家の者が殿下と婚約するのです!? きっと殿下は騙されているか、そうでなければ無理やり婚約を強いられているとしか思えないでしょう!?』



 調査の進捗報告に現れたオリバー様曰く、マリエラ様は取り調べの中でそう叫んだらしい。悪かったわね。取るに足らない伯爵家の者で。



 でもその様子を聞いた(ブチギレモードの)アレゼル様が、直接マリエラ様と対峙した話がちょっとすごかった(いろんな意味で)。





『お前なあ、勘違いすんなよな』



 王太子としての仮面を躊躇なく脱ぎ捨てたアレゼル様を前にして、免疫のないマリエラ様は驚きのあまり硬直してしまったらしい。



『俺がラエルを愛してるから婚約したんだよ。俺にはラエル以外考えられないしラエル以外無理』

『そんな……! で、殿下はあの女に騙されているのではないですか!?』

『は? お前、よくそんな口が利けるな? 騙されてるってなんだよ。俺のラエルに対する気持ちを否定すんのかよ』

『だってそんな……! わ、私の方がずっと殿下のことを……!』

『お前の気持ちなんか知ったこっちゃない。むしろ自分のしたことを自覚しろ』

『え……』

『俺にとっては命より大事なラエルを、お前が害そうとした事実は揺るがない。たとえ神が許したとしても俺は絶対に許さないからな……!』





 真顔のオリバー様の口から改めて説明されると、恥ずかしさの方が先に来てしまうんだけれども。



 そんな怒髪天を衝く勢いのアレゼル様にマリエラ様は言葉を失い、その場でよよと泣き崩れました、とのこと。



「まあ、マリエラの気持ちはわからないでもないですがね。幼い頃からアレゼル殿下一筋でしたし。だからといって許されることではありませんが」

「当たり前だ」

「しかし、まったく理解できないのはバルズ・カルソーンの方ですよ」



 あのオリバー様が、心底解せないという顔をしている。『フォルクレドの頭脳』でもわからないことなんてあるのだろうか?



「バルズ・カルソーンは、愛するあなたを取り戻したかったと話しているんです」



 思いがけないオリバー様の言葉に、隣に座るアレゼル様の顔を念のため確認してみる。案の定というかなんというか、この世の不平不満をすべて煮詰めたような顔をしている。



「なんですかそれ」

「言葉の通りですよ。バルズ・カルソーンが今回の悪事に加担した動機です。取り調べの際に話したそうで」

「いやいや、まさか。あの人、私のこと嫌いだったんですよ? 昔から地味だの何だの蔑まれて軽んじられてきたって、オリバー様もご存じですよね?」

「まあ、エリカから聞いていましたからね。しかし取り調べでは、本当はずっとあなたが好きだったと、嫉妬されるのがうれしくて別の女性の名前を出していたなどと話しているそうですよ」

「は?」

「つい魔が差して別の女性と関係を持ってしまったが、そのおかげで真に愛するのはあなただと気づいたとも」

「は?」

「カルソーン家の財政状況やマリエラに唆されたことももちろん犯行の背景にはあるようですがね。あなたへの恋情が直接的かつ根本的な動機のようです」




 開いた口が塞がらない。そうだったの? でもほんと、申し訳ないんだけど、実感が持てない。持てるはずがない。



 確かに、保健室にいたときも資料室に引きずり込まれたときも、セヴァリー侯爵家の離れで会ったときにもそんなようなことは言っていたけど。でもまさか、本気にするわけないじゃない。これまでがひど過ぎたんだもの。騙されて勘違いしまくってるのね、くらいにしか思ってなかったし。12年間のバルズ様の言動をいろいろと思い出してみるけれど、やっぱり納得できるわけもなく。一体、あれのどこに恋情とやらが?




「ラエル様は直接の被害者ですからね。マリエラとバルズ・カルソーンの言い分はお伝えした方がいいのではと思った次第です」

「そう、ですか」

「アレゼル殿下は言わなくていいとおっしゃったのですが」



 水を向けられ、ずっと不愉快の絶頂にあったアレゼル様が容赦なく噛みつく。



「当たり前だろ? あのクソ野郎がほんとはラエルを好きだったなんて教える必要あるかよ。俺以外の男がそういう目でラエルを見てるなんて腹立たしいにも程がある。マリエラのことだって、あいつの不当な悪意にさらされるラエルの身にもなってみろ」



 威嚇するような口調のアレゼル様。だいぶご立腹である。それを「まあまあ」と宥めながらも、オリバー様が心ここに在らずといった様子でぼそぼそと口籠もる。



「実際問題、殿下とバルズ・カルソーンのどちらがラエル様を大事にしているかなど一目瞭然。恋情も、真っすぐ伝わらなければ意味がないのだな……」



 急に自分の世界に入り込んだオリバー様を前にして、アレゼル様は珍しいものでも見たかのようにニヤニヤし出した。機嫌もどうやら直ったらしい。






 そうして一連の騒動に加担した者たちの取り調べが進み、やはりセヴァリー侯爵とグリムド辺境伯が結託して今回の騒動を企てたのではという疑いが濃厚になった矢先。



 オルギリオンで二人の身柄が拘束されたという知らせが届く。



 ディアドラ殿下からすでに知らせを受けていたオルギリオン側が密かに動き、早々に二人を見つけたらしい。



 セヴァリー侯爵はギルノールを襲撃したのがグリムド軍だと知られた時点で連絡を受け、いち早くグリムド辺境伯の元へ逃亡していたんだとか。娘を置いて逃げるなんて、卑怯というか卑劣というか。またしても開いた口が塞がらない。



 でも責任を追及されたグリムド辺境伯がすぐにガストル殿下の名前を口走ったため、事は私たち二人だけの秘密に留めておくことはできなくなった。






「明日、陛下が叔父上に直接確かめるそうだ」



 アレゼル様の表情は驚愕と失望で縁取られている。ガストル殿下は無関係であってほしいというアレゼル様の願いが完全に打ち砕かれたわけではないけど、ここまで来ると状況は厳しい。何かしら理由があって仕方なく加担したのだとしても。



「事は国家転覆にかかわることだからな。叔父上が関与していたとなると、王位簒奪を企てたという可能性も否定できない」



 淡々とした物言いにダメージの大きさを感じながら、私はアレゼル様の顔を覗き込んだ。



「明日、陛下はガストル殿下とお二人で話し合われるのですか?」

「王妃殿下も立ち会うそうだ。陛下がひどく気落ちされていてな。一人では正気を保っていられるかわからないと弱音を漏らしていたらしい」



 無理もない。陛下は年の離れた王弟殿下を殊更可愛がっていたそうだから。行く末を考えて早期に王位継承権を放棄されたことにも、複雑な思いを抱かれていたのだから。



「その場に、私たちが立ち会うことはできませんか?」

「え?」

「今回の件、私も被害者の一人です。真相を聞く権利があると思うんです。アレゼル様だって、ガストル殿下から直接お話をうかがいたいのではないですか?」

「それはそうだけど……」



 その提案は、アレゼル様にとってかなり想定外のものだったらしい。しばらく視線を泳がせていたアレゼル様は、上目遣いで私を見返した。



「怖いんだ。叔父上の話を聞くのが」

「……ですよね」

「あの叔父上が、何を考えてこの策略に加担したのか想像もつかない。わからないんだよ」

「はい。私も見当がつきません」

「でもきっと、何か理由があるはずだよな。その理由を俺も聞きたい。叔父上から、直接」

「はい」

「そばにいてくれるか? ラエル」

「もちろんです」



 言いながら、私はガストル殿下の背中を思い出す。



 一度しかお会いしたことはないけれど、あのときの慈愛に満ちた目は紛れもなく甥の幸せを願っていた。王位簒奪の疑惑はともかく、アレゼル様の『運命の乙女』である私を害することがどんな不幸をもたらすのかわからないはずがないのに。



 何故王弟殿下は、こんな凶行に手を貸してしまったのか――――






◇◆◇◆◇






 謁見の間を満たす、ヒリヒリと張り詰めた空気。圧迫感がすごい。



 私たちが入って間もなく、陛下と王妃殿下が姿を現す。一様に表情は暗い。特に陛下の憔悴しきった顔は痛々しいほどだった。



 それからすぐに、ガストル殿下が登場する。国家の一大事に呼びつけられたにしては、なんだか妙に落ち着き払っている。飄々とした態度は得体の知れない不気味ささえ感じさせる。



「国王陛下、並びに王妃殿下にご挨拶――」

「ガストル」



 上機嫌な声を、不機嫌な声が遮る。



「挨拶などよい。何故ここに呼ばれたかわかっておるのだろう?」

「それはまあ」

「どういうことか説明せよ」



 陛下の有無を言わさない圧に怯む様子もなく、ガストル殿下は「説明ね……」とつぶやく。



 視線が、真っすぐ陛下に向けられる。そして隣に座る王妃殿下にも向けられる。



 その一瞬の視線に。



 見覚えがあった。




 あれは。あの熱を孕んだ視線は。アレゼル様が私を見るときの――――




 その瞬間、膝をついていたガストル殿下が上着の内側に手を差し入れる。隠し持っていた短剣を取り出して床を蹴ったかと思うと、目の前の王妃殿下目がけて飛びかかった。




「ガストル!」

「きゃあっ!!」

「叔父上!!」



 咄嗟の出来事に、ガストル殿下と私以外の全員が悲鳴と叫び声を上げる。














「君は……」

「なりません、殿下」




 ガストル殿下は信じられないという顔をして私を見下ろしていた。その右手には短剣が握られ、突きつけられた切っ先は私の目の10センチほど前にある。



 両手を広げて王妃殿下の前に立ちふさがる私と、短剣を手に動きを止めたガストル殿下。



「……どきなさい」

「できません」

「何故」

「ガストル殿下。今ここで私を傷つけても、殿下の真に欲するものが手に入ることはありません」




 私の言葉に王弟殿下はハッとする。そして、苦しげに顔を歪める。




 呼吸すらままならないほどの緊迫した沈黙がしばらく続いたあと。




「私は……、ヘルガに触れることもできないのか……」



 失望の声と共に、王弟殿下の手から短剣が滑り落ちる。体中の力が抜けたようにがっくりと膝をつくガストル殿下のまわりを、数人の近衛兵が剣を向けて一斉に取り囲む。




「ラエル!」



 近衛兵の動きに弾かれるようにアレゼル様が走り寄り、強い力で私を抱きすくめた。



「大丈夫か!?」

「はい」



 セヴァリー侯爵家のときと同じように、本当に何ともないことを理解したアレゼル様がまた大きなため息をつく。



「俺の寿命が縮むからまじでやめてくれ……」

「すみません。体が反応してしまって……」



 その言葉に、アレゼル様は何かを思い出して目を見開く。



「これがあれか。ハラルドの言ってた『人並み外れた類まれなる身体能力』って」

「そうなんですか? これくらい普通では?」

「んなわけあるか。隣にいたのにラエルの動きが見えなかったんだぞ」

「言いすぎですよ」



 小声で答えると、アレゼル様がまたまた大きなため息をつく。そして「こんなんじゃ護衛をつけたところで意味ないかもな」なんて言っている。



「それにしても、なんで王妃殿下を狙ってるってわかったんだ?」

「ガストル殿下の目が……」

「目?」

「あの、多分ガストル殿下は王妃殿下を害そうとしたわけではありません」

「え?」



 アレゼル様が近衛隊に取り囲まれたガストル殿下に困惑の目を向ける。力なく跪いたままのガストル殿下の目は、さっきと同じような熱を孕んで王妃殿下を見つめていた。



「どういうことだ?」



 陛下の険しい表情が、私に続きを話すよう促している。




 憶測でものを言ってはいけないけど。でも、あの目はきっと。




「恐らく……、ガストル殿下は王妃殿下を……。いえ、きっとガストル殿下にとって王妃殿下は……」



 王族以外の人間がいる中で『運命の乙女』という言葉を使うことはできない。私が言い淀んだ先のその言葉を、アレゼル様も陛下も、そして王妃殿下も察したのだろう。息もつけないほどの衝撃が走る。



「ガストル……。そう、なのか……?」



 思わず玉座から立ち上がり、吃驚と沈痛の面持ちでガストル殿下に目を向ける陛下。



 ガストル殿下は否定も肯定もせず、ただ嗚咽の声だけが謁見の間に響いた。















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