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18 全員集合②

「公には、不治の病に冒された私が離宮で静養していることになっている、というのはみんな知っているのよね?」



 これ以上ないというくらい血色のいい肌をしたディアドラ殿下が上機嫌で笑う。『不治の病』設定だったんだ? なんてどうでもいいことを思っていたら、ロンド様が「こんなに肌艶のいい病人はいねえよ」と小声でツッコむ。



「『静養』という名の『謹慎』、もしくは『幽閉』なんだろ?」

「あら、お父様はそんなことおっしゃらなかったわよ。ほとぼりが冷めるまで離宮で大人しくしていなさいって言っただけ」



 その言葉に、アレゼル様ががっくりと肩を落とす。「あの人、ディアドラには半端なく甘いんだった……」なんて絶望に満ちたつぶやきが聞こえる。




 これもあとで聞いた話だけど、ディアドラ殿下には三人のお兄様がいて、末っ子でかつ唯一の姫君であるディアドラ殿下はとにかく蝶よ花よと大切にされ(甘やかされて)育ったらしい。特にオルギリオン王の盲目的な溺愛ぶりは限度を超えていて、ディアドラ殿下の言うことには一度も逆らったことがないんだとか。え、一国の王がそれでいいの? とは思うけど。




「大人しくしていなさいって言われたから、大人しくしていたのよ。髪もばっさり切って、普段は男装してね」

「それ全然大人しくねえだろうよ」

「逆に目立つのでは……」

「そう? でも私が『静養』のために訪れていた西の離宮は風光明媚な場所にあるのだけれど、王都から最も遠い離宮で辺りに住んでる領民も少ないからバレることはなかったわよ? 毎日のようにリストと遠乗りしたり湖にピクニックに行ったり、楽しく過ごしていたの」

「全然大人しくしてねえ」

「何のために離宮に行かせたんだ」

「オルギリオンの行く末に不安しかありません」



 我が国の男性陣三人が頭を抱えている。強面のリスト様だけが、愛おしそうにディアドラ殿下を見つめているのは微笑ましいというか何というか。



「それでね、ある日のことなんだけど、遠乗りに行った先でリストが妙なものを見かけたのよね」

「妙なもの?」

「武装した集団がフォルクレド国内に向かって進軍していたのです」

「は?」

「それって」

「そう。西の離宮はね、フォルクレドに近い場所にあるの。もっと言えば、フォルクレドのギルノール辺境伯領に近いところよ。その方向に進軍していた武装集団を見つけたから、リストに命じて探らせたの」



 型破りな王女ののほほんとした療養(?)生活の話が一変、俄かに剣呑な雰囲気になる。



「軍旗や紋様などどこの軍かを示すものは何もなく、明らかに素性を隠している様子でした。これはただごとではないと思い密かに隠れて探っていたところ、グリムド辺境伯所有の騎士団がギルノール辺境伯領を襲うべく進軍しているとわかりました」



 誰も、驚いた様子を見せない。ロンド様とハラルド様は直接戦闘に加わっていたからすでにその情報を知っていて、アレゼル様もとっくに報告を受けているのだろう。




 グリムド辺境伯と言えば。



 オルギリオンとフォルクレドの国境に位置する、オルギリオン側の辺境伯である。そしてもっと言えば。



「セヴァリー侯爵の妹の嫁ぎ先が、グリムド辺境伯家だ」

「やはりつながりましたね」

「セヴァリー侯爵とグリムド辺境伯が結託して、ということか」

「そうでしょうけど、そこにオルギリオンの意志は存在しないわ。オルギリオンはフォルクレドと不戦条約を結んでいるし、攻め入って戦争を仕掛けようなんて思っていないもの。むしろお父様は、私のせいで婚約が破談になったのに穏便に事を進めてくれたフォルクレド側に恩義すら感じていたのよ。だからこれは、グリムド辺境伯が単独で行ったことだとフォルクレド側に伝えなきゃと思って急いでここまで来たの」



 意気揚々と胸を張る麗しい王女に、ハラルド様が心なしか冷ややかな目を向ける。



「ディアドラ殿下。念のためお聞きしますが、どうやってここまで来られたのでしょう?」

「離宮で静養しているはずの重病人がフラフラしているとバレたら大変なことになるでしょう? だからリストと二人で、商人のキャラバン隊の護衛になりすまして入国したのよ」

「……それ不法入国になるだろ」

「知ってはいたけどとんでもない王女だな」

「聞かなきゃよかった……」



 またしても頭を抱えるフォルクレドの三人と、規格外の王女に優しげな笑みを見せる護衛騎士の対比がすごい。



「でもそのまま真っすぐフォルクレドの王宮に来て、事の次第を伝えたから素早くラエル様救出に向かえたわけでしょう?」

「それはまあ、そうなんだけど」



 アレゼル様が渋い顔をしながら、仕方なく(とても嫌そうに)同意する。



「ディアドラがいきなり王宮に現れて、グリムド辺境伯がギルノール辺境伯領を襲撃していると教えてくれたんだ。グリムド辺境伯はセヴァリー侯爵家と血縁関係にあるし、以前からセヴァリー侯爵はイアバス侯爵家を敵視しているようなところがあった。事情を聞くために騎士団の近衛隊数名を連れてセヴァリー侯爵家へ向かう準備をしていたら、変装したアンナが慌てて戻ってきたってわけだ」



 なるほどね。だから、助けに来るのが早かったわけね。



 壁近くに控えるアンナに目を向けると、穏やかに頷きながら微笑んでいる。本当に、アンナはよくやってくれたわ。この騒動が全部片づいたら、エリカにも話してアンナの恋が実るよう全力で応援したい。




 あれ? でも。




「あの、ハラルド様とロンド様は何故……?」

「やっと俺の出番かよ」



 ロンド様が得意げにニヤリと笑う。待ってましたとばかりに身を乗り出す。



「そもそもさ、ギルノールに援軍なんて要らなかったんだよ」



 自信しかないという快活な口調で、威張るように反り返るロンド様。



「どこの軍が襲撃してきたとしても、ギルノール(俺たち)が負けることはまずないだろうな。それなのに親父が焦って援軍要請しちまって」



 あー、そういえば。アレゼル様もロンド様がいれば大丈夫、みたいなことを以前言ってたような。



「ギルノールの騎士団はそれほどお強いのですか?」

「騎士団が強いというより……」

「こいつが馬鹿なんだ」

「殿下、それはないでしょう? 俺はこういう、いざというときのためにコツコツと準備してたんですから」

「準備、ですか?」

「こいつ、異国の武器集めが趣味なんだ」



 呆れ顔というか疲れ顔というか、微妙な表情のアレゼル様がため息交じりで説明し始める。異国の武器集め。またしても初めて聞くパワーワードだ。



「こいつはさ、自分の体を鍛えて剣の技を磨くことと異国の武器とか兵器集めに執念を燃やしてるんだよ」

「兄上はロンド様のことを『筋肉馬鹿』と言ってましたね。あと『脳筋武器オタク』とも」

「オリバーのネーミングセンス、相変わらずダセえな。ウケる」

「そこは怒らないのね?」

「でも辺境伯家が異国の武器を集めているとなると、反逆の意志ありと見做されるのではありませんか?」

「だからさ、当然王家の許可を取りつつ、同じ武器とか兵器とかを買って王家にも送ってるわけ。トリセツ付きでね。自分たちのためだけじゃなく、王家のためにもやってることなんだよ」

「トリセツ付き……」

「何が王家のためだよ。お前が異国から買い集めた珍妙な武器や兵器のおかげで、王宮の武器庫はもはやパンパンなんだからな。いい加減にしろよ」

「王宮の武器庫を増築でもすればいいだろ?」



 おっと。規格外の人物がもう一人いた。筋肉馬鹿で武器オタク。だいぶ奇天烈な趣味をお持ちである。



「まあそういうわけでさ、普段から万全の準備を怠らない我がギルノールがそう簡単に負けるわけないんだよ。買い集めた武器とか兵器とか、試しにちょっと使ってみたらグリムド軍は即総崩れだったしな」

「本当にグリムド軍が気の毒なくらいでしたよ。俺たち援軍が到着した頃には、すでに決着はついていましたから」

「そうそう。軽く叩きのめして捕まえてみたら、グリムド辺境伯のとこの騎士団だって言うだろ? なんでだ? ってなってたところにハラルドたちが来て」

「そうこうしているうちに、王都からイアバス侯爵家が謹慎処分を受けたとの知らせが来たのです」



 ハラルド様の声がすうっと温度を下げる。静かな怒りは、辺りの空気を凍らせる。



「あのときのハラルド、すごかったよな。普段は落ち着き払った無表情のくせに、鬼神悪鬼のごとき形相になって」

「当たり前でしょう? イアバス家が国家転覆を目論んだなど笑止千万。イアバス家が、エリカが危機に瀕しているというのに、あんなところで無駄な時間を費やしている暇などないと思ったのです」

「お前はエリカのこととなると、ほんと見境がなくなるよな」

「あなたに言われたくありませんよ」

「はいはい。とまあ、こんな感じでハラルドがとんぼ返りを決め込んだからさ、俺もなんだかきな臭い匂いがするなと思ってついてきたんだよ」

「二人と援軍として出征した団員の一部が王宮に到着したのが、ちょうど俺たちがセヴァリー侯爵家に向かおうとしていたときだったんだ」



 「あのタイミング、神ってたよな?」とおどけるロンド様。確かに、最高のタイミングで役者がそろったということになる。イアバス家の面々がいないから、『全員』とは言えないけども。




「ということは、だ。今回の一件はセヴァリー侯爵がグリムド辺境伯と結託してイアバス侯爵から宰相の座を奪い、そのうえマリエラを殿下の婚約者にするために画策したってことになるのか?」



 ふざけた雰囲気から一転、ロンド様が緊張感漂う真顔になってアレゼル様に尋ねる。ほかのみんなもアレゼル様の言葉を神妙な顔つきで待っている。



「その可能性が高いだろうな。さっきセヴァリー侯爵家の離れで捕らえたやつらを騎士団が尋問してるから、その供述にもよるだろうが」

「バルズ様やマリエラ様も捕まったのですか?」

「バルズ・カルソーンは捕らえたがマリエラは離れにいなかったらしい。やつがマリエラの悪事を余すことなく証言すれば、マリエラも無傷ではいられないだろうな。俺も手加減なんか一切しないつもりだが」

「セヴァリー侯爵はどうするの?」

「本邸の方にも騎士団を向かわせたから、じきに拘束されるだろうな。捕らえられた侯爵がどこまで白状するかはわからないが、状況証拠が積み上がれば逃げ切れるわけがない」

「イアバス侯爵家はどうなるのです? エリカは!?」

「それもさっき捕らえたやつらの供述次第だろうが……。王宮内部の図面を持っていたイアバス家の使用人を改めて尋問するよう指示したから、そっちが先に落ちるかもしれないな」






 果たして、その翌々日には。



 イアバス侯爵家の潔白が無事に証明され、イアバス侯爵とオリバー様、そしてエリカも王宮に参上した。



 アレゼル様が予想した通り、最初にすべてを自供したのはイアバス家の使用人だった。セヴァリー侯爵家での大捕り物のことや今度は侯爵自身が嫌疑をかけられていると知るや否や、手のひらを返したようにすべてを白状したらしい。


 この使用人、もともとはセヴァリー侯爵家の使用人だったという。セヴァリー侯爵に頼まれて名前や経歴を偽り、イアバス侯爵家の使用人として潜りこんで悪事に加担したんだとか。酒場で暴れたのも、騎士団に捕まえてもらうための意図的なものだったらしい。



 そして、バルズ様は今度こそ観念して知っていることを素直に話しているそうだ。やっぱりマリエラ様に唆されていたようで、そのマリエラ様も侯爵家の本邸に向かった騎士団員にすんなり拘束されてしまった。離れでの騒ぎに気づきもせず、悠長にお茶を飲んでいたみたいだけど。ただ、今のところは騎士団員の追及に知らぬ存ぜぬを貫いているとのこと。



 一方、今回の黒幕と目されるセヴァリー侯爵は見つからなかった。騎士団が本邸に駆けつけたときには、すでに姿を消したあとだったという。








 陛下との謁見を終えたエリカとオリバー様が、いつもの応接室に現れる。



 応接室のドアが開くと、ハラルド様が何も言わずにエリカに駆け寄り抱きしめた。ハラルド様の腕の中で泣きじゃくるエリカを見て、オリバー様も少し涙ぐむ。そんなオリバー様の肩にロンド様が手を置くと、オリバー様が「来てくれたのか?」と一言つぶやく。ロンド様は「当たり前だ」と返して笑った。



「男同士の約束だろ?」



 その様子を見ていたディアドラ殿下もわずかに目を潤ませ、リスト様がそっとハンカチを差し出す。



 壁際に控えるアンナに至っては、オリバー様の姿が見えた瞬間こちらに背を向けていた。多分あれは号泣している。ハンカチ持っているかしら。




 でも、よかった。




 これで正真正銘、全員集合である。


















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