17 全員集合①
男装の麗人は、この世の人間とは思えないほど優雅に微笑んで首を傾げた。
「はじめまして、ラエル様。私がオルギリオン国第一王女、ディアドラ・オルギリオンですわ」
やっぱり!! その銀髪に金色の瞳、そうとしか考えられないですもの……!(何故か心の声まで敬語になる)
現実離れした美しさに圧倒され、目を見開いて驚くことしかできない私にディアドラ殿下はなおも続ける。
「私も頭の固い貴族連中には向こう見ずで破天荒な王女だとずいぶん揶揄されてきましたけれど、ラエル様もだいぶお転婆ですのね」
「そ、それはどういう……?」
「だって先程の木に飛び移ってからの動きは、まるで曲芸のようでしたわよ。あれは東方の国にいるとされる忍びの者さながらですわね。華麗すぎてつい見惚れてしまいましたもの」
あー、ですよね。やっぱりあれ、見られてたんですね。一番見られてはいけない、極めて貴族令嬢にふさわしくない瞬間をタイムリーに見られてしまってたんですね。
「……実は、木登りは得意でして」
観念して、暴露せざるを得ない。
「そうなのか?」
「……はい。プレスタ領はかなり自然豊かな土地柄なんです。ど田舎とも言いますが。幼い頃水害に見舞われた際、その復興作業に私たちプレスタ家も家族総出で参加していたのです。ですからまあ、肉体労働には慣れていますし、作業の合間には領地の子どもたちと一緒に木に登ったり川遊びをしたりしていましたので。体を動かすのは得意な方なのです」
「多分、それだけではありませんよ」
また別の方向からいきなり声がした。目を向けると、近づいてくるのはギルノール辺境伯領に出征したはずのハラルド様。しかも出征式で見た、騎士団の隊服のままだ。
「護身術の練習をしたとき、もしやと思っていたんです。ラエル様は恐らく、人並外れた身体能力をお持ちだと」
「は?」
「護身術の習得が早かったうえ実は身のこなしも素早く尋常ではないと感じました。動きに無駄がなく、隙がない。体を動かすということに天才的な感覚をお持ちなのでしょう。何より、実際の場面ですんなり護身術を実践できたのは比類なき身体能力の賜物かと」
え、そうなの? でもこれくらい、プレスタ領では普通よ? 子どもたちみんなできるわよ? と言おうとしたけど、なんだかとんでもないことになりそうだったからひとまずやめておいた。
それにしても、なんでここにハラルド様がいるの? ギルノール領は? 戦闘は? 事態が飲み込めない私の前に、さらなる予想外の人物が駆け込んでくる。
「おいおい、ハラルド。俺を置いて行くなよ」
「勝手についてきたのはあなたでしょう」
「なんだよ。悪いやつらを取っ捕まえるの協力してやっただろ」
「知りませんよ。協力してくれなんて一言も言ってませんし、とっとと帰ってください」
「うわ、ハラルド冷たーい」
「……ロンド。少し控えろ」
「あ、はーい、殿下」
にこにこと愛想のいい、でもやけに頑丈そうな男性はどうやらあのロンド・ギルノール様らしい。黒に近い茶色の短髪に、筋骨隆々とした体つき。けど、なんで? どういうこと?
大きな疑問符が次々と浮かび、頭の中を埋め尽くしていく。思ってもみなかった人物たちの大集合に混乱した私を見かねたアレゼル様が、口角を上げた。
「ひとまず全員、撤収だ。詳しいことは王宮に戻ってからだな」
◇◆◇◆◇
王宮に戻って傷の手当てをしてもらい、軽く湯浴みをしてからいつもの応接室に向かった。
そこにいたのはディアドラ殿下とちょっと強面な騎士風の男性(恐らくディアドラ殿下の恋人と思われる)、ハラルド様とロンド・ギルノール様、そしてアレゼル様。ちなみにアンナはいつの間にか侍女服に着替えていた。湯浴みのときにはいつも通りの様子に戻り、私と一緒に応接室に入るとそのまま壁付近にすっと移動する。
それにしても、この面子は一体どういうラインナップなのだ。
「ラエル、大丈夫か?」
部屋に入るとアレゼル様がいち早く近づいてきて、そっと抱き寄せる。優しく頬に触れ、見上げるとアメジストの目が影を帯びて震えている。私の中の重苦しい罪悪感が顔をのぞかせたとき。
「ねえ、アレゼルって、私にはあんな顔したことなかったわよね?」
「姫様」
「別にいいんだけど、なんだか複雑な気分だわ。別にいいんだけど」
と言いつつ、まったく納得できていないという表情のディアドラ殿下。なんかこの王女、見た目も常識破りだけどもしかして中身もぶっ飛んだ人なんだろうか。王族にしては感情豊かだし、自由すぎない? 想像してたのと、だいぶ違うような。
「ディアドラだって同じだろ? リストに向ける顔と俺に向ける顔にどんだけギャップがあったと思ってんだよ」
「それは仕方ないわ。だって私、リストに一目惚れしてしまったのだもの」
「姫様……」
リストと呼ばれた護衛騎士は、顔を真っ赤に染め上げて絶句している。強面の赤面って、想像以上に破壊力があるのだということを私は初めて知った。
「ラエルも来たことだ。まずは情報を整理するぞ」
アレゼル様は私の手を引いて自分の隣に座らせると、改めて一堂に会したメンバーを紹介してくれた。
そして、一通り挨拶が終わると内ポケットからあの小さな巾着袋を取り出す。
「これは謹慎になる直前、オリバーから俺に託されたものだ」
拉致される予定の私があれを持ち歩くことはできないから、結局アンナに預けた巾着袋。無事にアレゼル様の手に渡ったらしい。
巾着袋の中からあの積み木を取り出したアレゼル様は、私の顔を覗き込む。
「ラエルはこれの意味がわかったんだろ?」
「はい」
テーブルの上に積み木を置きながら、「説明してくれるか?」と促すアレゼル様。
私は積み木に視線を移した。四つの面がすべて同じ正三角形で構成され、一角が欠けている以外はありふれた、素朴な積み木。
「この積み木は、我が国における政治的機能の中枢部分を表していると思ったのです。王家を頂点として、三つの角にあたる三大侯爵家がそれを支えている。その象徴であると」
「なるほどな」
「でも一角だけ壊れているわ」
「そうです。一角が壊れている、欠けているのは三大侯爵家のどこかが欠けたことを表すのではないかと思ったのです。要するに、三大侯爵家のどこかが王家を支えるのを辞め、裏切っている」
「そういうことか」
「でもこれだけだと、裏切っているのがどの侯爵家なのかはわからないのではなくて?」
「はい。ただ、この積み木を託されたのはオリバー様です。自分たちイアバス家は国を裏切っていないと訴えたくて密かにこれを持ち込んだのでしょうから、イアバス侯爵家ではないのだろうと思いました。残るのはデリング侯爵家とセヴァリー侯爵家ですが、デリング侯爵家は統括する王国騎士団の半数以上をギルノール辺境伯領へ援軍として送っています。国や王家へ忠誠心がなければ、そうした判断にはならないだろうと思ったのです」
「それで、セヴァリー侯爵家が怪しいと思ったのですか?」
「はい。セヴァリー侯爵家といえば、マリエラ様がいらっしゃいます。マリエラ様は幼い頃からアレゼル様をお慕いしていたそうですし、お会いしたときの様子と話に聞く苛烈な性格から、ずっと私を害そうとしていたのではないかと思い至りまして」
アレゼル様が愕然とした様子で「マリエラが……?」とつぶやく。え、まさかマリエラ様の想いに気づいてなかったの? そういうの、オーラを見ればわかるんじゃないの?
あとで聞いた話だけど、マリエラ様のオーラはもともとかなりどぎつい極彩色をしていたらしく、そのうえアレゼル様に会うとますます勢いを増して猛々しさに溢れる色になっていたらしい。アレゼル様はそれを恋心とは捉えず、猛烈な忠誠心だと思っていたと言うから驚きである。マリエラ様、だいぶ気の毒過ぎる。
「まあ、あいつならやりかねないよな」
ロンド様が頷きながら腕を組んだ。当然のごとく、アレゼル様以外はみんな気づいていたらしい(そりゃそうだろう)。
「マリエラは確かによく殿下を追いかけ回していたからなあ。エリカなんかずっと目の敵にされてたし」
「わかりやすかったですよね」
「年若い王宮の侍女たちのこともよく睨んでいたよな。追い払ってたこともあったな」
「殿下がディアドラ殿下と婚約された際はさすがに諦めたのでしょうが、ラエル様と婚約されるとなったらやはり受け入れがたいものがあったのでしょう」
「じゃあ、そのマリエラとかいう侯爵令嬢がラエル様の拉致を計画したということかしら?」
「はい。恐らくマリエラ様は計画を練った張本人なのでしょう。拉致の実行犯は知らない男性二人でしたから、マリエラ様は直接手を下さず何人かの人間を唆して利用していたのではないかと思います」
「もしかして、バルズ・カルソーンもその一人だったというのか?」
アレゼル様の忌々しげな声に、ディアドラ殿下が「誰なのそれは?」と不思議そうな顔をする。ハラルド様が小声で何か説明してくれたらしく、「あらまあ」と目を輝かせるディアドラ殿下。完全に面白がってる、あの王女。
「バルズ様の言動がおかしかったのを覚えていますか? あの人はだいぶ馬鹿ですが、それでもあそこまで頑なに私たちの婚約を信じようとしないのはおかしいと思ったのです。馬鹿だからこそ、別の都合のいい情報を与えられてそちらを信じ込んだのではと」
「別の都合のいい情報?」
「この婚約には何か事情があるとか婚約したふりをしているとか、私が本当に好きなのはバルズ様だとか、そういう情報です。そうした間違った情報をマリエラ様から吹き込まれていたのではないでしょうか」
「三大侯爵家の令嬢が言うことだもんな。信じ込んでもおかしくはない」
「はい。バルズ様が何度か私に接触してきたのも、マリエラ様の手引きや協力があったからではないかと思ったのです。マリエラ様に煽られて暴走したバルズ様が力ずくで私を穢すようなことになれば、アレゼル様との婚約をなかったことにできると目論んだのでしょう」
ぎり、とアレゼル様が歯噛みする。頭の中で最悪の事態を想像してしまい、一気に憤怒の炎が脳内を吹き荒れたのかもしれない。
「でも、だからこそ勝機があると思ったのです」
怒りで我を忘れそうになっていたアレゼル様が、ぱっと顔を上げる。得意げな笑顔を見せる私を目にして、正気を取り戻したのだろう。何かが解けたように、ふっと表情を和らげる。
「マリエラ様の目論見が私の想像通りなら、きっとバルズ様と二人きりにさせられると思いました。それがどういう状況であっても、バルズ様と一対一なら勝てると見込んだのです。伊達に12年以上も婚約していません。あの人を制御する方法なら、私が一番知っています。だからわざと、あちらが私を拉致するように仕向け、さらわれたと見せかけて今回の騒動の黒幕がセヴァリー侯爵家だという証拠を掴みに行ったのです」
騎士団がすぐに駆けつけてくれれば、かかわったやつらを現行犯として全員拘束できるはず。さすがに王太子の婚約者を拉致したとあっては言い逃れできないだろうし。
そしてそれを皮切りに、セヴァリー侯爵家の裏切りの数々を証明できるのではないかと踏んだのだ。イアバス侯爵家を失脚させ、私を排除してアレゼル様の婚約者をマリエラ様に挿げ替えようとしたセヴァリー侯爵の策略を。
そのための、アンナの変装と尾行だったのだけど。
「でも、思ったより騎士団の到着が早かったような」
私がそう言うと、この世のありとあらゆる美しさをすべて集めたと言っていいほどの神々しさを湛えた男装の麗人がここぞとばかりにほくそ笑んだ。
「ここから先は、私に説明させてくれるかしら?」
プレスタ領は実質忍者の里(笑)