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16 権謀術策

 ――――うまくいったとはいえ、この扱いはちょっとどうなの……?




 と思いながら、私は馬車に揺られている。何を隠そう、目隠しをされている。なんなら手も縛られている。口を塞がれていないだけ、良しとすべきかもしれないけど。





 あのあと、私とアンナはある計画を立てた。この国を窮地に追い込む黒幕の正体をあぶり出すための、多少無謀とも言える策略を。




 オリバー様から託されたあの壊れた積み木の意味に、多分私は気づいてしまったのだ。でもそれをアレゼル様に知らせても、決定的な証拠がない以上イアバス家の潔白を証明することはできない。確証もない。つまり劣勢を覆すことはできない。




 なら、この状況をひっくり返してしまえばいい。




 私たちの計画は、まずアンナに頼んで手紙を出してもらうところから始まった。宛先はプレスタ伯爵家。



 いろんなことが立て続けに起こって不安だし、王宮も対応に追われているため一旦自宅に戻ることになった、これから馬車で帰りますという内容のものだ。



 もちろん、全部嘘。



 この手紙に敵が食いついてくるかどうかは、正直言ってわりと賭けだった。でも敵が私の想定通りなら、バルズ様逃亡以降王宮に籠りきりの私が外に出る機会をずっと窺っていたはず。バルズ様を牢から逃がしたのも、まだ私を狙っているからだろう。



 だから手紙を出して少し時間を置いたあと、手配した馬車に乗った。ついていくと言い張るアンナをなんとか説得し、一人で乗り込んだ。



 案の定、馬車はプレスタの家には向かわなかった。まったく知らない道を通って気づいたら郊外の森の入り口。止まったと思ったら顔を隠した二人の男がずかずかと入ってきた。手を縛られ、目隠しもされたけど抵抗はしなかった。叫びも騒ぎもしない私を見て男たちは訝しがっていたけど、一人はそのまま馬車の中に見張りとして残り、一人は御者台に戻ったらしい。そうして、今に至る。



 馬車の床に大人しく座り込みながら、この先のことを考えて小さくため息をつく。



 王宮の混乱に乗じて密かに抜け出したことがアレゼル様にバレたら、きっとただでは済まない。はっきり言って、今のこの物騒な有り様とかこれから起こるだろう危機的局面よりも、あとでアレゼル様に怒られる方が余程怖い。我ながら感覚がだいぶおかしくなってるなという諦めの境地である。諦観ともいう。無事に帰還してすべての騒動が解決したとしても、プレスタ家にはもう戻してもらえないような気さえする。そのままアレゼル様の自室に閉じ込められても文句は言えない。せっかく安全な王宮に匿ってくれていたのに、自分から敵陣に乗り込んでいくんだもの。あの愛が重めの王太子がどれだけ心配するか、その反動でどれだけの独占欲が爆発するか想像したら、もはや帰らない方が身のためだという気もしないではない。いや、帰るけど。

 


 それでも、だ。それでもこの企てを実行することに、意味があると思った。今しかないと思った。恐らく、あまり時間がない。手遅れになっては国の存亡にかかわるかもしれない。その鍵を自分が握っているかもしれないとわかっていて、黙って王宮の隅に隠れているなんて私はできない。






 どこを通っているのか見当もつかないまま揺られること数刻、馬車は静かに止まった。



 目隠しをされたまま、どこかの建物の中に連れていかれる。それなりに歩かされているから、そこそこの規模の建物だろう。階段を上るよう言われ、それからどこかの部屋に入れられ、椅子らしきものに座らされたと思ったらドアが閉まり、鍵をかける音がした。



 しばらく息を潜めて、まわりの様子に意識を集中する。人の気配は感じない。ここまで来る間に目隠しが少しずれてしまっていて、拉致した人物たちの中途半端な仕事ぶりに敵ながらちょっと呆れてしまう。縛られたままの手で目隠しを下げてみたら、簡単にはずれてしまった。突然視界が広がり、見渡すとそこは。




 普通の部屋だった。




 見慣れた雰囲気の、どこにでもありそうな、よくある客間。ゲストルーム。




 ただ残念なことにというか、悲報と言うべきか、客間なのでベッドがある。これは非常にまずいのではないだろうか。最悪の事態を想像しただけでおぞましい。怯みそうになる。



 部屋の中を一度じっくり見回してから、立ち上がった。階段を上ったから二階だというのはわかっていたけど、ベッド近くのガラス戸の外にはバルコニーがある。バルコニーに出ると外の庭園を眺められる造りらしい。部屋の中から外の様子はあまり見えないけど、ざっくりと庭園の位置関係を把握する。



 もう少しいろいろ調べたいけど、手を縛られているからなかなかそうもいかない。ひとまず椅子に戻ろうかと思ったところでドタバタという足音とカチャカチャと鍵を開ける音、そして開いたドアの先にいたのは。




「ラエル!」




 はい。予想通りの人でした。




「大丈夫か!?」



 えらい勢いで近づいてきて、「こんな手荒な真似するなんて……!」とか「ちょっと待ってろよ」とか言いながら手を縛っているロープをほどいてくれるバルズ様。



 あれ。初めてバルズ様に優しくされたかもしれない。私に対しては常に傍若無人の塊みたいな人だったのに。なんて遠い目をしながら物思いに耽る暇もなく。



「ラエル! やっと帰ってきてくれたんだな! どれほどお前に会いたかったか……」



 目の前の馬鹿は再会に感動しているらしい。許可もなく私の手を握り、泣きそうになっている。いやなんか、キャラ変してない? この人。



「ラエル、もう心配しなくていい。王太子との婚約もなかったことにしてやるからな」

「は?」

「お前が嫌々婚約したふりをしていたことは知ってるんだ。何か事情があったんだろ? でもそれも、もう終わりだ。今日からお前は俺のものだ」



 やばい。



 知っていたけど、猛烈に勘違いしている。盛大な思い違いをしている。誰に吹聴されたか知らないけど(いやほぼ見当はついてるんだけど)、自分に都合のいいように事実を捻じ曲げて解釈するのまじでやめてほしい。大体あなた、私のこと嫌いだったじゃない。一体どうしちゃったわけよ。



 と、言い返したいのをぐっとこらえる。これで口論にでもなって、バルズ様が激昂した挙句力ずくで何かされたら元も子もない。今私に求められるのは、思慮深さと冷静さ、それに慎重さだ。王太子妃教育でデボラ先生に言われたことを思い出し、多少怯えているふりをしながら目の前の馬鹿を見返した。



「バルズ様、ここは……?」

「ある方の屋敷だ。俺を匿ってくれてる」

「牢からいなくなったと聞きましたが……」

「ああ。そのお方が出してくれたのさ」



 言いながら、うっとりと私を見つめるバルズ様。牢から勝手に出たらダメなんですよ。という常識はもはや通用しないらしい。そしてこの視線、ちょっと耐えられないかも。私の平常心、がんばれ。



「……これからどうするのですか?」

「ひとまず今日のところはここで一晩過ごしていいと言われている。明日の朝には二人でここを出て、新天地を目指そう」

「新天地? カルソーン家には戻らないのですか?」

「あんな家、こっちから願い下げだ。もう何のしがらみもない。王都から離れたどこか遠い地で、二人だけでひっそりと暮らそう」



 全力で嫌ですって言いたい! でも言えないつらさ!!



 とにかく今は、ここから抜け出すことを考えなくては。敵の本拠地を突き止め、この騒動の黒幕を特定するためにわざと拉致されたんだもの。馬鹿の気色悪い戯れ言にいちいち反応してはいけない。平常心を保つことに全身全霊を傾けていると、バルズ様が私をじっと見つめているのに気づく。そして鬱陶しくも悩ましげな目をしながら、顔を近づけてくる。



「ラエル……」

「あ、ちょ、バルズ様!!」



 本気の抵抗に、バルズ様ははっきりと眉を顰めた。



「なんだ?」

「あ、あの、その、体を清めたいのですが!」

「なんで」

「ここに連れてこられるまで、縛られたり転がされたりして泥まみれ埃まみれなのです。ですからその、できればきれいな体で……」



 演技派女優並みにしおらしく体をくねらせる私を見て、バルズ様は途端に鼻の下を伸ばした。わかりやすすぎる。



「わ、わかった。湯浴みの用意をしてもらおう。ちょっと待ってろ」



 私の言葉に何を期待したのかいやらしく顔を赤らめたバルズ様が、慌てた様子で鍵もかけずに部屋から転がり出て行った。




 よし!! そしてちょろすぎる!




 心の中でガッツポーズをした私は急いで立ち上がり、部屋の中を物色し始めた。



 今バルズ様が出て行ったドアから脱出しても、無事に玄関までたどり着けるかわからない。途中で人に会うかもしれないし、それこそバルズ様に会ってしまう可能性もある。だとしたら、やっぱり窓から飛び降りるしかない。ここ、二階だけど。



 私は部屋を見回した。窓は何枚かあるけど、バルコニーに続くガラス戸に近づいてみる。幸い、鍵はかかっていなかった。すんなりバルコニーに出ると、眼下には庭園が広がっていた。でもあまり手入れはされていないらしい。というか放ったらかし、かなり荒れているといっていい。



 荒れ放題の庭園の向こうに本邸と思われる建物が見えた。ということは、ここは普段はあまり使われていない離れか何かなのだろう。本邸が誰の屋敷なのかは、大体見当がついていますがね。




 そうして私は、呼吸を整えた。貴族令嬢にあるまじき行動をすることになるけど、背に腹は代えられない。



 バルコニーをぐるりと囲む手すりに足をかけたのと、部屋のドアが開いたのはほぼ同時だった。



「ラエル? 何して――」



 驚くバルズ様の声を振り切って私はそのまま手すりの上に立ち、すぐそばにあった大きな欅の木の枝目がけて勢いよくダイブした。



「ラエル! 待て!」



 バルコニーから身を乗り出して、伸ばしたバルズ様の手が空を掴む。枝に飛び移った私は枝から枝をつたって移動して、わりと難なく地面に着地することができた。久しぶりだったけど、意外に体が覚えているものだ。



 やれやれと思ってバルコニーを見上げると、怒りからか驚愕からなのか、呆然と立ち尽くすバルズ様と目が合う。





 と、そのときだった。



「ラエル!!」



 まったく想定外の方向から、聞き覚えのある声がした。聞き覚えがありすぎて間違えようがない。でも、来るの早くない?



 振り返ると、ぞっとするほど血の気の引いた顔をしたアレゼル様が駆け寄ってきていた。返事をする間もなく、半ば強制的に抱きしめられる。息もできないほど、強く。痛いくらいの力強さと何度も「ラエル」と呼ぶ掠れた声の切なさに、思わず涙ぐみそうになる。



「あ、あの……」

「無事なのか? 怪我してないか?」

「大丈夫です」

「何かされたりとか……?」

「それも大丈夫です」

「今バルコニーから飛び降りたよな?」

「あー、はい。でも、大丈夫です」


 

 手や腕に小さなかすり傷はできたし服も少し破けたけれど、物の数に入らない。私の顔や体のあちこちに触れながら本当に大丈夫そうだと理解したアレゼル様が、心の底から大きなため息をついた。そしてまた、否応なしに抱きしめられる。



「頼むからほんとにやめてくれ。なんでこんな危ないこと……」

「ごめんなさい、アレゼル様。お叱りは受けますから」

「怒ってるわけじゃない。でもラエルが拉致されたと聞いて、心臓が止まるかと……」

「……ごめんなさい」




 わかってはいたのだ。



 アレゼル様がどれほど心配するか。どれほど苦しめてしまうのか。わかっていたつもりだった。



 でも、半分死にかけたような悲痛な表情でぎゅうぎゅうと私を抱きしめ続けるアレゼル様を目の当たりにして、私は何もわかっていなかったことに気づく。こんなにも、こんなにも苦しめてしまうなんて。



「ラエル様……!」



 呼ばれて顔を向けると、そこには御者の格好をしたアンナがいた。私の無事を確かめて安心したのか、少し涙ぐんでいる。



 アンナは最初から、拉致された私を別の馬車で尾行してくれていた。王宮でのスパイ活動だけでなく、馬に乗ることも御者として馬車を操ることもできるらしいアンナ。ほかにもいろいろできるらしい。なんというポテンシャル。



 こっそりと私の後をつけて連れ去られた先を見定めたら、急いで王宮に引き返し、騎士団に伝えて助けに来てもらうという算段だったのだ。



「よくぞご無事で……!」

「アンナのおかげよ。それにしても、早かったのね」

「それが……」



 アンナが答えようとした瞬間、急に屋敷の中から「わーー!」とか「ぎゃーー!」とかいう幾つもの叫び声が聞こえてきた。それから、複数の荒々しい靴音と何かが割れたりぶつかったりする激しい音も。アレゼル様がここにいるということは、敵を取り押さえるための騎士団も一緒に到着したのだろう。



「騎士団も来てくれたのですね」

「ああ」

「ついでに私たちも来ちゃったのよね」



 唐突な声に振り返ると、現れたのは屈強な騎士風の男性と、輝く銀髪をあごの辺りですっぱりと切りそろえた男装の麗人。



 金色の瞳が、無邪気に微笑んでいる。






 ――――え、ちょっと待って。まさかこの人。





 







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