隙間の花畑
一人暮らしのサラリーマンが、弁当を作るのはかなり無理がある。それは昼休み、定食屋でランチを食べた後の事だった。その隙間は、思いもよらない所にあった。見つけたのも、偶然。まさか、路地の間の壁のコンクリートの継ぎ目に光が漏れているなんて思わないじゃないか。興味をそそられて覗き込むと、そこは、小さな苔むした空間だった。思わず身を乗り出して、手を掛けたのがいけなかった。とたんに隙間に身体が吸い取られて、私は「その空間」にやってきたのだった。
シュポン!
最初、何が起こったのか判らなかった。けれどスーツ越しにもわかるふわりとした苔の感触。座り込んだ私の尻を包み込むモッフリとした感触が、これが夢ではないと教えてくれた。何か人工物の四角い残骸もあるが、苔に覆われていてよく判らなかった。所々に、小さな花が咲いている。
「にー。」
何か生き物の声がして振り向くと、そこには不可思議な生き物がちょこんと座っていた。ねこのようでもある。だが、耳が四つある。なんだこれは。
「にー。」
すり寄ってくるその白い毛玉が、どうにも可愛く見えてくる。撫でると、ふわりとお日様の香りがした。天井をよく見ると、隙間から日差しが差し込んでいた。明るいのはこのせいか。
と、ぞわりと、何か得体の知れない恐怖が込み上げてきた。バッとその方向を見ると、ついぞ自分が入ってきた隙間だった。その隙間から、うぞうぞと、黒い物体が覗く。
「シャーーーーッ! ウゥ~~!!」
白い毛玉が立ちふさがって、もこもこと、その容積を増やしていく。でかい。これは、自分の知っている生き物ではない……。などと冷静に頭の隅で思いながら、動向を見守る。にゅるりとした触手のようなものが隙間からはみ出してきて、毛玉はそれを前足でパンチする。緩やかな攻防が繰り広げられたあと、黒い物体はしゅるしゅると引き上げて行った。危険が去ったのを察したのか、毛玉も元の大きさに戻っていく。
「にー。」
振り返って、「もう大丈夫」と言わんばかりに毛玉がすり寄ってくる。
「さっきのはなんだったんだい?」
「にー!」
勢いよく返事をしてくれたが、君の言葉は判らないんだよ、毛玉くん。
「あ! 時間!」
……また、ここに来られるだろうか。その時のために猫缶でも買っておこうか。確認すると、もう昼休憩が終わる時間に近かった。隙間に触れば、戻れるだろうか。
「にー?」
「また来るよ。」
意を決して、隙間に触る。
シュポン!
……戻ってこれた。なんだか不思議な体験をした。相変わらずその隙間は光が漏れていた。また、行けそうだ。帰りにコンビニで猫缶を買って、また来よう。秘密の場所を見つけて、心が少年に戻ったみたいだった。
その日、なんとか仕事をこなした私は、また、あの路地に来ていた。すっかり暮れてしまった夜の街とうって変わり、隙間から覗いた光景は神秘的なモノだった。苔から、光が漏れ出ていた。思い切って隙間に手を掛ける。
「にー。」
白い毛玉が発光した苔に照らされてキレイだ。すり寄るこの子は、猫缶を食べるだろうか?というより、普段何を食べて生活しているんだ?
「猫缶、食べるかい?」
「にー!」
返事はいいんだがなぁ。耳も四つあるから、普通の猫と同じ扱いで良いのかわからない。この子に悪い食べ物じゃないといいんだが。買ってきたは良いものの、しぶしぶといった感じで猫缶を開ける。
「にー!」
こちらの心配をよそに、毛玉くんは猫缶をガツガツと食べた。大丈夫そうだ。
「に~~‼」
よほど美味しかったのか、毛玉くんはブワッと毛を逆立てて四~五倍に膨れ上がった。すぐに元の大きさに戻って続きを食べ始めたが、私はちょっとビックリしてしまって腰を抜かしていた。
ゴトッ
上から音がして、何者かの声がする。
「あれ? シロカミ様、お客さん? 珍しい~。外界の人じゃん!」
民族衣裳のようなモノに身を包んだ少年が、天井の板を外してひらりと入ってくる。
「こんにちは。お、シロカミ様、いいもん貰ってんね。旨いか?」
するりと手慣れた手付きで毛玉を撫でると、少年は私の方に向き直った。
「外界からのお客人は丁寧にもてなすのが習わしだ。だが、選択肢も与える。ここの事は忘れて帰るか、これからうちの村に来るか。シロカミに選ばれし客人よ、答えを聞こう。」
ガイカイ? ムラ? 説明してほしい部分がたくさんあるが、とりあえず忘れて帰るという選択肢は私にはなかった。
「か、帰りません。」
「わかった! じゃあ案内しよう。シロカミ様、おいで。」
「にー!」
少年は片手に毛玉、もといシロカミ様を抱えて天井に開いた穴にするすると登っていく。高くはないとはいえ、身軽だ。
「あんたもおいで! 登れそうか?」
「や、やってみます!」
猫缶をビニールに仕舞って、鞄に詰める。ボルダリングなんかやったことないが、たぶんこんな感じだろうな。苔むした石畳に手を掛け、足を掛け、体重がかかり…… めちゃくちゃキツイ!
カラン。気づいたら、鞄に仕舞ってあった猫缶およびビニールが落ちてしまっていた。けれど拾いにいく余裕もない!
「がんばれ、引っ張ってやるから!」
少年は言葉通り助けてくれて、やっとの思いで登りきったのだった。息も絶え絶えに少年に礼を言う。
「ありがとう、助かったよ……。すまない、缶詰を、落として、きて、しまった……。」
「あぁ、いいよ。どうせ帰る時、あの道は通るから。」
そうか、なら帰りに回収していこう。少年は、何か石のようなもので、来た道を塞いだあと、そこに絵を書き始めた。よくよく見ると、猫のようにも見える。書き終わると立ち上がって、私の方を見た。
「これでよし。それより、おいでよ。村を案内しよう。長老にも会いに行かなくちゃ。」
スタスタと、シロカミ様を両手で大事に抱きながら、少年は歩き出す。石で囲まれた廊下。ここも苔むしている。その先に、光が強く差している。つられて、歩き出した……。眩しさに目を凝らすと、少年と同じような装束に身を包んだ村人が仕事をしていた。そして子ども達が遊んでいた。ビルの並んでいたあの元居た世界とは全く違う。そして夜だったはずなのにここは昼間だ。時間の流れも違うのか。変な感じだ。
「ここはお祈りの広間だ。ようこそ、カミカコイの村へ。あんた、名前は?」
「佐藤です、佐藤ツトム。」
「ツトムさんか。俺はトト。こっちはこの村の守り神、シロカミ様。で、この籠に入ってるのが、今日シロカミ様に捧げるはずだった供物。」
籠には、焼き魚やら果物やらが乗っている。
「あっ! すみません、勝手にあげちゃって……!」
「いや、いいんだ。お気に召さないなら食べないから。よっぽどお気に召したんだと思うよ、あんたの『供物』。」
「にー!」
シロカミ様が勢いよく返事した。そのあと、私達はトト少年の案内の元、村を見て回った。花に溢れた、穏やかな村だ。気になったのは、所々に生き物をかたどった石像があったこと。それらがキレイに磨かれていること。
「あぁ、あれは歴代のシロカミ様の形代の生き物をかたどったものだよ。それぞれが墓標だと言われてる。」
墓なのか。
「さ、次は長老の居る祈りの館だよ。」
「怖くないですか……?」
「怖くない! さ、行くよ!」
プレッシャーに胃がキリキリする。一際大きな建物に入っていくトト。後に続くと、数人の老人から若者までが揃っていた。
「トト、お客人かな?」
一番奥の老人が問う。
「はい、長老。」
「お客人、名前を伺ってもよろしいかな?」
「ハイ、さ、佐藤ツトムと申します。」
「ツトム殿、お座りになって下さい。」
「では、失礼いたします……。」
し、視線が痛い。トト、助けてくれ!と思って視線を巡らすと、トトはテキパキとシロカミ様の座るお籠を持ってきて、私の隣にシロカミ様を座らせた。そして、並んでいる人達の末席にすとんと座る。
「して、ツトム殿。」
「ひゃい!」
声が裏返る。
「そう身構えんでも取って食いはしないから安心して下さい。我らは、時折訪れる貴方のような人と、村を守りたいだけなのです。」
「ま、守る、ですか? 一体、何から……?」
「私達は『ヨドミ』と呼んでおります。外界……ツトム殿がいた世界では、『不運』とも『病』とも、『災害』とも呼ぶとか。向こうの世界では見ることはできません。しかし我々の領域では形をとる。黒く禍々しい姿をしています。」
まさか、あの時の…… ⁉ 毛玉、もといシロカミサマが追い払ってくれた、黒いスライムみたいなものを思い出す。
「思い当たる節がありそうですな。それらに好かれる質のニンゲンが、外界には一定数現れる。そして、ある『時期』が来ると襲い掛かってくると言う。しかし運が良ければ、シロカミ様に呼ばれるのです。そして守られる。しかしあの狭い空間から溢れれば、我らの村にも被害が及びます。」
そんな。そんな大事だとは、思いもしなかった。
「コロン、こちらへ。」
長が呼ぶと、奥の間からきらびやかな装束を身にまとった少女が出てきた。
「はい、ただ今。」
「ヨドミの『核』を視ておくれ。」
「はい。」
少女が持ってきた湯気をまとう湯が、目の前に置かれる。薬草が少し浮かんでいる。
「この薬湯は、熱くはありません。手を、ゆっくり入れてください。」
「はい……。」
とぷん、と。温い薬湯に手を浸けていく。すると、湯がじんわりと黒ずんでいった。
隣にいるシロカミ様が唸り声を上げ始め、尻尾がボワボワと毛羽立ち始める。
「ウゥ~……!」
黒ずみが濃くなり、キリキリと痛みも出てくる。
「くっ……!」
「いけないっ! ……ありがとうございました。」
少女は痛がる私の腕を薬湯から素早く抜き取ると、渇いた布で拭ってくれた。そして深々と頭を下げる。
「すみません。痛くなるのは稀なので……。説明が不十分でした。申し訳ありません。」
えっ。ほとんどは痛くならないの?稀だと何かヤバイですか……? とは言えず、
「いえ、大丈夫です……。」
と、ひきつった笑いを浮かべる羽目になった。
「コロン、どうじゃった。」
ふとシロカミ様を見ると、すっかり落ち着いて毛繕いをしていた。
「はい、長老。この方に迫っていたのは身体の限界。ヨドミの正体は『過労死』です。」
とたんにどよめきが走る。
「なんと! よりによって『死』か!」
えっ、このままだと私死ぬところだったってことですかね?
「なんということじゃ……。」
え? なんかヤバイんですか?
「これ、皆の衆。客人が怖がるじゃろうて。」
めちゃくちゃ怖がってますよ。えぇ。
「すまぬなツトム殿。『死』に関連したヨドミは強力なものが多いゆえ、皆取り乱してしまったのです。しかし守れない事はない。安心して下され。」
「ありがとうございます……。」
今より最後に「死」のヨドミが出たのは数年前、多大な被害が出たのだという。それ以外は「怪我」「別れ」「身内の不幸」など様々だと。
「ひとまず今宵はトトの家に泊まって行かれよ。予定は大丈夫ですかな?」
「はい、大丈夫です。明日から土日休みです。」
「いつヨドミが来るやも解らぬ。今のうちに、ゆるりと休まれよ……。」
「……お気遣い感謝します。」
そうして私は、トトの家に招かれた。トトのお母さんが、美味しい夕飯を作ってくれた。焼き魚が骨身に染みる。そういえば自宅では、忙しさにかまけてコンビニ弁当ばかり食べていた。パワハラ上司の横暴に耐え、不規則な生活をして、不健康な食生活。過労死してもおかしくないな。ふと、戸棚に猫の置物のようなものが並んでいるのに気づく。
「これ、全部猫ですか?」
トトのお母さんが返事をしてくれる。
「はい。我が家の守り神は代々猫なんです。だからシロカミ様のお世話もうちから代表でトトが。この村には、それぞれの家にそれぞれの生き物の守り神が居るのです。」
「なるほど……。あれ、そういえばトトくんは、どこに……?」
夕飯までは一緒に食べたと思うんだが。
「あぁ、トトはお祈りの広間に居ます。村の衆と結界の準備をしている頃かと。ヨドミの夜襲に備えて陣を組んで結界を張るんです。ヨドミは夜に力を増しますから。」
トトのお母さんとこっそり覗きに行くと、夕暮れの中、テキパキと指示を出すトトと、大人しく籠でくつろぐシロカミ様の姿が見えた。
「ところで……、気になっていた事がありまして。聞いてもよろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょう。」
「トトくんのお父様は、ご在宅でないのですか……?」
「あぁ、その事でしたか……。」
少し曇った顔をすると、トトのお母さんはゆっくり答えてくれた。
「数年前のヨドミの時に、あの子の父親は、命を落としています。」
「それはもしかして、『死』のヨドミの時ですか?」
「えぇ。『地震』と、『死』が、混ざり合った強力なヨドミでした。たまたま保護していた少女を守って……。」
数年前というと、あの大災害か。
「外界では被害が酷かったと聞きます。せめて、あの少女を守れて良かった……。」
でも、それで最愛の人を失ったのだから、心中穏やかじゃないだろう。
「猫の一族で、残っている男衆はトトだけなんです。だからお勤めもあの子がひとりでやっているんです。」
「そうだったんですね……。」
「あ! 母上! ツトムさん! 準備万端ですよ。今夜辺り危ないでしょうから、どうぞ結界の中心へ。母上は下がっていてください。」
促されるまま、連れられていく。と、トトのお母さんが声をかけてくれる。
「トト、ツトム殿、お気をつけて。」
見送る不安げな顔を曇らせたくなくて、元気に返事をする。
「はい! 奥さんも気をつけて!」
やっぱり心配そうな顔が、最後にちらりと見えた。
お祈りの広間に、大勢の男衆が集まっていた。背後に控えるのは、祈りの館で会ったお偉いさま方。手元で印を結び、何やら唱えている。楕円形に作られた広間に、陣が組まれている。そして真ん中には座るスペースがひとつ。
「ツトムさん、ここに座って。そろそろ結界が出来上がるよ。」
ありがとう、とお礼を言って、周りによろしくお願いしますと声をかけながら座る。するとトトが脇に立って、槍を地面に突き立てる。
「俺の父さんは戦士だったんだ。俺も逃げずに戦う! 俺は猫の一族の戦士だ!」
オー! と男衆から掛け声があがる。気合いは充分な様だ。誰も傷つかないことを祈るばかりだ。そうして、日が沈む。松明の火がパチパチと鳴る中、結界を結ぶ呪文らしき声が響く。次第に広間の縁に青白い光が立ち上ぼり、放物線を描いて我々を包み込んだ。
一方、最初にシロカミ様と出会った空間に、なにやら不穏な空気が流れる。うっかり落としたままの缶詰がカラカラと音をたて始める。ズルリ、とヨドミが姿を現して、その容積を増していく。その部屋からあふれそうになった時、トトが書いた紋章がヨドミに反応して発光する。
「来たぞ!」
光を見つけた男衆が叫ぶ。とたんに動きを増したヨドミが、石造りの建屋からあふれてくる。
「でかいぞ‼」
大きな黒い、半透明のヨドミが結界からこちら側に近寄れず、結界に覆い被さってくる。ヨドミは通さず、槍や弓などは通すようで、男衆が次々槍を投げていく。弓も引いていく。そうして当たった部分が結晶化して、バラバラと地面に落ちていく。
「さっさと帰れ‼」
ヨドミは痛そうな反応をして動きが鈍くなる。しかし。じわじわと、結界も溶かしていく。とうとう溶けて、細腕のヨドミが侵入してくる。
「うわぁ!」
一人の男衆が、細腕に掴まれて高く引き上げられた。そのまま地面に叩きつけられる。
「大丈夫か!?」
駆け寄った二人が担いで後方へ負傷者を連れていく。
「いてて!」
私は無傷なのだが、つられて顔をしかめてしまう。……つらい……。共感能力が高いのか、自分まで苦痛を感じる。それに、私は守られているだけだ。
そんなことを思っている間に、ヨドミが次々と結界を突破して侵入してくる。男衆が相手してくれるが、相手は怯みはするものの、血も出ないスライムのようなものだ。攻撃が効くわけでもない。一応少しずつ追結晶化して、体積は削れている様だが。追い払う程度だ。一方で、こちらは生身の人間だ。はたかれれば痛いし、高いところから叩きつけられれば骨だって折れる。トトが、目の前に立って、近づいてくるヨドミを槍さばきで払い除けていた。周りにはヨドミの結晶が散らばる。私は見ることしかできない。と、彼の手首がヨドミに掴まれる。払い除けようとするトト。
「くそっ! 離せ!」
徐々に持ち上がっていくトトの身体を目の前にして、とっさに立ち上がり声が出ていた。
「もう止めてください‼」
ギクッと、ヨドミが動きを止める。
「ヨドミが動きを止めた⁉ まさか! 言霊持ちか!」
長老が興奮気味に隣に駆け寄ってくる。
「ツトム殿、去るように言うのじゃ! 他にも言うてやれ!」
「はい……。まずは、トトを下ろして。」
ヨドミは思っていたより素直にトトを解放した。私はというと、怒りに震えながら、努めて冷静に言葉を紡ぐ。
「他の人も地面にゆっくり下ろして。結界の外に出てください。」
しゅるしゅると引く波のようにヨドミが引き上げていく。
「ここの人達は何も悪くないのに、なぜ傷つけるのか……理解に苦しみます。私の不摂生のせいだと言うのなら、私は。」
「私は! 今の会社を辞めます‼」
私の声が響いた。なぜかヨドミに動揺が走っているのが解る。
「コンビニ弁当生活もやめて、少しずつ自炊します!」
「実家に住民票を写して、今の家を引き払います!それで!」
なんの話だ? と男衆もザワザワし始める。
「それで! こちらの村に! 移住します‼」
どよどよと双方に衝撃が走る。
「そうすれば過労死することもないし、あんた達ヨドミと戦える。守られてるだけは、苦しい!」
「ええぞ! 言葉に重みがついてきた! 追い返す言葉を! それで我らは勝てるぞ!」
長老がアシストしてくれる。
「ヨドミ、あんたは……! 二度と来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
勢いよく風が吹きすさみ、ヨドミが押し戻されていく。そしてすっかりヨドミがいなくなった石造りの建屋が青白く光り、上空に思い切り光の柱が立ち上った。
「こりゃ、たまげた……。」
長老がやれやれと額の汗を拭う。
「ツトム殿、あんた『二度と来れない』様に結界まで張ってしまわれたようじゃぞ。」
「へっ?」
「ツトムさん! すごかったよ! ヨドミに勝っちゃった‼」
トトが走り寄ってくる。何だか、大それたことをしてしまった様だが、ひとまず今はトトの無事を喜びたい。
「トトくん、怪我はない?」
「お陰で無傷だよ! ありがとう!」
「私の方こそ、守ってくれてありがとう。」
二人で微笑み合って、それを長老がにこにこと見ていた。
「あ、こんにちは。お花きれいですよね。とある結晶をここに捨てたら、いい肥料になったんですよ。え? 私ですか? 私もあなたと同じ、ここの空間に吸い込まれたことのある元社会人ですよ。こちらの耳の四つある猫は、『シロカミ様』と呼ばれています。ここの空間の守り神です。うっかりねぇ、ここの空間だけ結界張りそびれちゃったんですよねぇ。だけどお陰でここにしか現れないから、一網打尽にできるようになってお得! みたいな。あなた、後ろを見てご覧なさい。黒いうねうね見えるでしょ? ほらシロカミ様もこんなに怒って……。あなたの身に起こる不幸が『ヨドミ』として現れたんですよ。でもね、上に逃げれば、ヨドミがあなたを傷つけることはできませんよ。強力な結界が張ってあるんで。いえいえ、あなたを守るのが私の仕事なんで。ついでにヨドミの結晶を肥料にできるから作物もよく育ってウィンウィンなんですよね。ご協力いただけますか?」
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