??? 灯火なき街 10
<おめでとうございます。あなたは見事にこの館をクリアしました>
「……!」
停電から復旧して、起動したシステムが最初に告げたのがこのメッセージだった。
血の気の引いた表情で、酸田は必死に攻略者の痕跡を探していた。
「……駄目。結局、最後の侵入者については何の情報も残ってなかった……。こんなに、人の目につかない人間が本当に存在するの?」
「どうでしょう。うちの生徒の実力は」とドヤりたい気持ちをこらえ、幸は諭すようにこう切り替えした。
「どう、酸田さん。これが、あなたの集団恐育の弱点よ。確かに恐怖は、多くの人間を操るためには向いているかもしれない。でも、教師の仕事の本質は"人を成長させること"。そしてあの子たちは、自分の好きなもののためなら、恐怖なんて乗り越えて、弱点だって克服しちゃうものなの」
「……」
うつむき、沈黙を守る酸田。
(これで、少しは懲りてくれたかしら?)
方針こそ間違えていたが、酸田の研究理論は非常に興味深い。
それを実践するための方法も、ユニークで独創的だった。
「どうかしら。今回の失敗を糧に、貴女の理論をさらに発展させて──」
「──フッフッフッフッフ……!」
地の底から響くような笑い声。
狂喜の笑みを浮かべ、酸田は復旧したてのシステムを全力で操作し始める。
「あの……酸田さん?」
「フフフフフ。そういうことなのね。ついに分かっちゃったわ」
酸田が見ていたのは、入り口付近のモニタ。
画面の向こうをみると、どうやら彼は無事に(つまり、誰にも知られることなく)琴音に眼鏡を渡せたらしい。
どこの誰か分からない相手に、感謝の言葉を告げる琴音の姿があった。
その様子に、酸田はことの顛末を次第に理解していく。
「青蓮院琴音に対する異常な執着。そして、人の目を避ける圧倒的な目立たない力。これは、つまり。最後の侵入者の正体が"ホリック"だったことを示唆している」
「……」
「生憎、侵入者のデータは一切手に入れられなかった。だけど、それ以外の生徒のデータはすべてここにある。つまり、簡単な消去法を使えば"ホリック"の正体にたどり着ける……!」
データにアクセスを始めた酸田をよそに、幸はそっと席を立つ。
「それじゃ、酸田さん。私はこれで失礼するわぁ」
「私の理論は間違ってない。"ホリック"という例外がいただけに過ぎないわ。だから、彼を徹底的に研究することができれば、今度こそ私の理論は完成するはず──ああっ!?」
酸田が素っ頓狂な声を上げる。
「データが……今日一日のデータが……全部消えてる……!」
データ消去の履歴を追うが、何の痕跡も残していない。
見事な手際だ。素人にまねできるわけがない。こんな芸当をできる才能に、酸田は心当たりがあった。
「先輩!さっきの停電の時に、やってくれましたね!」
恨み言を言おうにも、そのとき既に幸の姿はなかった。
「研究には協力するとはいったけど、あくまでも理論の実証の機会を提供するだけ。生徒の個人情報はきっちり守らせていただきます……!」
正義が聞いたら、「どの口がそんなこと言うんですか」とツッコミを入れそうな台詞であったが、それでも幸は上機嫌で宵闇の商店街を歩いて行く。
今日はいいものが見れた。
彼は、きっといつか、自分の弱点を克服することができる。
自分は、そのときが来るのを見守ってやればいい。
この前のように、無理矢理実力を引き出してやる必要はなさそうだ。
「先生、やっぱりやることをやれる生徒が好きよぉ」
その日の帰り道、
「ねえ、佐藤君。流石にあんな短時間で二回もトイレに行くのはおかしいんじゃないかな~?」
「……お腹の調子が悪かったんだよ」
「私見てたんだよ?トイレ入った後、すぐに出てきたでしょ。どこに行ったんだろうね~?」
「……個室がいっぱいだったんだ。他のトイレを見つけるのに苦労したよ」
随分とまずいことになった。
安心して帰路につこうとしていたら、珍しい人に捕まってしまった。
となりの席の金木さんは、興味津々と言った様子で俺の後をついてくる。
明らかに疑われている。
俺があの館を攻略したのではないか、そう思っているに違いない。
まあ、実際にそうなんだけどさ。
「ねえ、佐藤君。私って、結構口が堅い方だよ?」
「だから、違うって。俺みたいなやつにそんなことできるわけないでしょ」
「え~。私、気になるな~」
夕暮れの商店街を、金木さんの追及をどうにかかわしながら、ゆっくりと歩いて行くのだった。
その日の晩──
エド:
今日もとても素敵な展開でした。特に、杏に呼び止められたときの悟。振り返った彼が、杏の問いに少しだけ答えを躊躇した瞬間。きっと彼の脳裏には3年前の純との思い出がよぎったんじゃないかな、と思います。沈黙を埋めるような風花の描写に、胸が締め付けられるようでした。
ところで、今日はとても素敵なことがあったんです。
ちょっとしたトラブルに巻き込まれた私を、とある人が助けてくれたんです。
今、こうして『雪の残り香』を読めるのもその人のおかげ。その人のこと、もっと好きになっちゃいました。
余談でしたね、すいません。次のお話も楽しみにしています。
ホリック:
エドさん、今日も感想ありがとうございます。
振り向いた悟が返答に時間がかかったのは、3年前の純に言いそびれていた言葉を思わず口走ってしまいそうになったからなんです。エドさんなら気づいてくれると思っていました。
プライベートで素敵なことがあったのですね。うらやましいです。
エドさんのような人に好かれているのですから、きっとそのお相手も素敵な人なんでしょうね。これからも、末永くお幸せに。
って、気が早かったですかね?
なにはともあれ、次のお話も読んでいただけると嬉しいです。
映し出される文字を目でなぞる。同時に、大事な黒縁眼鏡を愛おしそうに指でなでる。
自室の椅子に座りながら、琴音はPCのモニターを指でコツンと突っつきながら、こう呟いた。
「……馬鹿ね」
口元には、淡い微笑が浮かんでいた。
これで、一連のサイドストーリーはおしまいです。
後ほど、本編の隙間に挟み直しておきます。




