??? 灯火なき街 8
「さあ、先輩。貴女のクラスの生徒たちは誰一人として私の館を攻略できませんでしたね。そろそろ、負けを認めていただけますか?」
いつから二人の勝負になったのかは謎であるが、酸田の言うとおり、確かに3年A組にこの館に挑もうとしている生徒の姿は見えなかった。
「やはり、私の理論に間違いはなかった……!恐怖こそ、教師に最も必要な資質……!これからは、恐怖がすべてを支配する時代が来るのよ……!」
あまりにも物騒な台詞を呟きながら、ブツブツと画面を凝視している。
そんな酸田に気圧されながらも、幸は別室のモニタ──館の入口の様子を伺っていた。
「酸田さん。私も、別に恐怖を利用することは否定しないわ。規律を守らせる立場上、甘い顔をしているだけでは成り立たないのが教師という仕事だもの。でもね──」
酸田は、肝心なところを勘違いしている。
教師というのはどういう存在なのか。そして、どうして幸がその道を志したのか。
それを理解させるには、どうしても実証してみせる必要がある。
恐怖よりも強い力が、人を突き動かす様を。
そして、それを実証できるのは、彼女の教え子の中でもたった一人しかいない。
(誰よりも臆病で……でも、誰よりも強い思いを秘めた、あの生徒だけ……!)
「え……?なに、これ。どういうこと……?」
監視モニタを見つめる酸田が、異変に気づく。
「誰かが館に入った……はず……なのに……どうして?」
モニタに表示されているいくつかの数値が、たしかに侵入者の存在を示していた。
だが、おかしい。監視カメラには何も映っていない。
まるで……
「まるで、存在しない人間みたい……!」
──佐藤正義の場合──
(ああ、くっそ……!一体どこにあるんだよ……!)
周囲は闇。漆黒の暗闇だ。
普通のお化け屋敷では、ここまで真っ暗にすることはできない。
よほど遮光に気をつけているのだろう。
本来ならば、闇は俺の得意領域。
だが、落とし物を探そうと思った時にこれほどやっかいな状況はない。
ナメクジのように床を這いずり回りながら、手の感触だけを頼りに落とし物を捜す。
どこまで進んだかわからないが、まだ彼女の眼鏡は見つからない。
ひょっとしたら、途中で見落としがあったかもしれない。
一度引き返して、入り口付近から探し直すか……。
くそ……!早く見つかってくれ。
そうじゃないと、俺の神経が持たないぞ……!
「イヤ……なに?どういうことなの?」
侵入者のわずかな痕跡を監視しながら、酸田の頭はすっかり混乱していた。
「どうしてこんなに歩みが遅いの?何のギミックも発動していないはずなのに……。ええっ!?来た道を戻った?意味がわからない……」
頭を抱え、呆然とモニタを見つめる。
先刻から、理解不能な出来事が立て続けに起こっている。
何が起こっているのか、なぜこのようなことをするのか、すべてが謎だった。
「何故って、酸田さん。そんなこともわからないの?」
入り口の様子を見ていた幸が、今度は挑発するように酸田に問いかける。
「そもそも、どうしてギミックが何も発動しないの!?仕掛けた監視カメラにも映らない!恐怖の反応も何一つない!本当に、生きているの……!?」
悔しげに机に拳をたたきつける。
彼女が構築した館は完璧なはずだった。この館に入って、恐怖しない人間などいないはずだった。
「それなのに……何故!?」




