??? 灯火なき街 6
── 佐藤自由の場合 ──
「またまた、今度はあの自由君までやってくるなんて。酸田さん、あなたのこの実験装置、相当有名になってるみたいね」
驚く幸の言葉に、しかし酸田は無反応だった。
代わりに、穴が開くほどにモニターを凝視している。
「……あんなに大勢の女性を一人で独占しようなんて、なんて傲慢な……!女をモノやアクセサリとしか考えてない、ろくでなしに違いないわ!」
「まあ、ろくでなしなのは間違いないけど。あの子、そんなに悪い子じゃないのよ?」
「いいえ!見たらわかります!顔がよくて、成績もよくてスポーツも万能!俺様にできないことはないなんて根拠のない自信が全身からにじみ出ています。こういうクソガキは、今のうちにその鼻っ柱を折っておかないと、将来ろくな大人にならないんです!」
血走った目でそう宣言する酸田を、いつしか幸は残念なモノを見るような目で見るようになっていた。
(あなたの、そういうところ──誰かをおとしめたり妬んだりするパワーこそ、たいした求心力だと思うのだけど……)
と、心の中で呟くが声には出さない。
恐怖や嫉妬よりも、遙かに強い感情の存在を、幸は確信していたからだ。
代わりに、自由を指さしながら挑発を続ける。
「でも、このこの場合は怖がらせようとすればするほど逆効果よ?なにしろ、人の視線が大好物なんだから」
「ふっふっふ、先輩。こういったタイプの人間がいることくらい、想定済みです。私の理論は完璧なんですから。この館を攻略できる人間なんて、いないんですよ……!」
「だーっ!こんな寂しいところにいつまでもいられっか-!もうやだよーー!」
そう言いながら泣きながら逃げ出していくのは、哀れな我が弟。
だからやめとけっていったのに。
……いや、目立つの嫌だから心の中で呟いただけなんだけどさ。
「あれ、2年の自由君でしょ?恐いもの知らずで有名だと思ってたのに、意外とこういうところ苦手なのね」
「いや、あいつの場合。人の視線がないところで一人っきりにさせられるのが嫌なだけなんだよ。おおかた、入ってすぐに取り巻きの女子たちと強制的にはぐれさせられて、人気のない通路に放り込まれたんだろうさ」
部屋にいる時、俺との会話が終わったら秒で寝入るのも、実は一人でいるのが怖いからなんだよな。
こんなにお化け屋敷が向いてないやつ、他にいないだろ……。
それはさておき、この館の内部構造は相当に複雑だってことだ。
一列に並んでいる行列を、無理矢理分断してるんだ。きっと、いくつものルートが頻繁に切り替わるような、とんでもない大がかりな舞台装置が中で動いているに違いない。
いったい、この館の主は何を考えてこんなものを……。
「って、佐藤君。どうして自由君のことそんなに詳しいの?」
「う……!」
いけない。俺があいつの兄貴だってことは誰にも内緒だったんだ。
今日はやたらと金木さんの突っ込みが鋭いな、と思いながら、どうにか逃げる口実を考えていると──
「あーーーーーーっ!」
人混みの中心から、何やら悲痛な叫び声が聞こえてきた。
館の中から出てきたわけではない。きっと、館から出てきてしばらくしてから、何かあったに違いない。
っていうか、この声には聞き覚えがある。
俺が、この声を聞き間違えるはずがない。
「青蓮院さん、どうかしたの?」
心配そうに声をかける友人の声に、彼女は館から出てきたときよりもはるかに蒼白な顔でこう答えた。
「──とっても大事にしていた、お父さんからのプレゼントが見つからないの。きっと、あの館の中で落としてきちゃったんだ……」
今にも泣きそうな声で、彼女はそう呟くのだった。




