??? 灯火なき街 3
──青蓮院琴音の場合──
「おいおい、いきなりお前が行ってどうするんだよ。一人目で終わらせるつもりか?」
「こう言うのは早い者勝ちでしょ?それに、先に入った人の感想聞いたりしちゃ面白みが半減しちゃうし」
琴音は軽く背伸びをして、背中の緊張をほぐすようにしながら館の入り口の前に立つ。
今の琴音は、いわゆる自動操縦モード。周囲の生徒たちの空気を読み、その意をくむように体が勝手に動いている状態だった。
彼女が読み取ったクラスの気配は、一言で言えば"様子見"だった。
高校生にもなってお化け屋敷ごときでワーキャー叫ぶ筈がない。と、小馬鹿にしながらも、尋常ならざる館の気配と、さきほどの酸田の不気味な自信に少々気圧されてしまっていた。
そうなると、逆に高校生にもなってお化け屋敷で絶叫する恥ずかしいやつ、というレッテルを貼られかねない。
そういった懸念がクラス中に立ちこめ、無意識のうちに『誰か先陣を切ってくれ』という願いが漏れ出ていたのだ。
そんな空気が、今の琴音を支配し、操っていた。
「それじゃあ、行ってきまーす!」
意気揚々と、暗闇の中に単身乗り込んでいく琴音。
その堂々とした後ろ姿に、クラスメイトたちは得も言われぬ安堵を覚えていた。
あの、何者にも物怖じしない青蓮院琴音なら、きっとこの館も難なく攻略してくれるに違いない。そうなってしまえば、後は自分たちも余計な恥をかかずにすむ、と。
しかし、その数秒後──
「……どっぎゃあああああああああ!」
およそ聞いたことのない、もはや豪快ともいえる大音声が館の中から鳴り響く。
そして、その悲鳴は最後まで鳴り止むことはなかった。
館中を走り回っているのだろう。ドップラー効果を伴いながら様々な音色の悲鳴が漆黒の闇を木霊する。
やがて、命からがらといった様子で館の出口から飛び出してきた琴音。
顔面蒼白で、全身を恐怖でガタガタと震わせている。
「お、おい……青蓮院……大丈夫かよ……」
「琴音っち……じょ、冗談だよね?みんなを怖がらせようと、わざわざそんな演技を……」
心配そうに声をかける級友たちにも反応することはなかった。
ただひたすらに小声で「怖い……怖い……」と呟くだけ。
そんな琴音の様子を見て、誰ともなくこう呟いた。
「「「次は、もっと大勢で行ってみよう」」」
「……先輩。最初に入ってきたあの娘。一体何なんですか?」
「……」
モニタールームで後輩に問いかけられ、幸は困ったように苦笑いを浮かべるしかなかった。
酸田の表情も、まるで未知の化け物を見るようにこわばっていた。
一人目からして、完全に想定外の事象が起こったため、すっかり混乱してしまったのだ。
「先輩。私は、自分が構築した集団恐育の理論を実証するために、あらゆる要素をこの館に仕掛けました。どんな人間でも、必ず何かに恐怖する。そして、そのパターンを読み解くことができれば、生徒たちを自由に操れると思っていました」
「酸田さん。生徒を自由に操ろうとか、曲がりなりにも教育を志すものが口にしていい言葉ではないわよ。でも、今貴女が言いたいのはそこじゃないのよね」
痛くもない腹を探られて、こそばゆそうな微妙な表情で幸は先を促す。
「論文を読みあさり、人間が恐怖するパターンをすべて網羅したつもりでした。でも──」
酸田は、モニターの向こうでうずくまる琴音を指さし、
「あの娘は、最初の仕掛けが発動する前からいきなり絶叫しだして全力疾走。あまりにも速すぎたせいで、結局何のトラップも作動しませんでした。今時、幼稚園児でもあんな怖がりかたしませんよ?」
「うーん。彼女は、ちょっと特殊なのよ」
幸の生徒を見る目は正確で狂いがない。
早々に、琴音の自動操縦モードの存在には気づいていた。
彼女が周囲の空気を読みすぎてしまうことと、そんな彼女がこういう場所に足を踏み入れたらどうなってしまうかも
「あの娘の場合、周囲の雰囲気に飲まれやすいところがあってね。館の中にいるスタッフの、『怖がらせてやる』っていう感情をそのまま受け取ってしまうのよ」
「……よくわからないんですが、それって、周囲の人間が『怖がれ』って願うだけで、何もしないのに恐くなっちゃうってことですか?」
「世の中には、それほど高い感受性を持った人間もいるってことよ。なんにせよ、青蓮院さんには悪いことをしたわね」
つい先日、実家の経営の危機を琴音に救ってもらったばかりだった。
後でなんとかフォローを入れてやらねばならないだろう。
──と、
「やっぱり、次は大勢でやってきましたね」
次の獲物の侵入を告げる合図に、酸田も気を取り直す。
いきなり調子を狂わされてしまったが、まだ勝負は始まったばかり。そして、彼女の"狩り"の時間も始まったばかりだった。
「さあ、いらっしゃい。一人残らず、恐怖のどん底にたたき落としてくれるわ……」
「酸田さん。それ、完全に悪役の台詞よ……」




