??? 灯火なき街 2
「……で、先生。どうして、こんな急に課外授業をやることになったんですか。しかも、こんなところで……」
「……深くは聞かないで頂戴……!」
俺の問いに、香田先生は沈痛の面持ちでそう答える。
先生にしては珍しく、申し訳なさそうな様子だ。
「それにしても、商店街にこんな場所があるなんて知らなかった」
「かなり新しいから、きっと最近できたんだね」
金木さんが、俺のとなりで身震いしている。
先生に連れてこられた、この場所の異様な迫力に気圧されているようだ。
おどろおどろしい雰囲気の入り口には、デカデカと建物の名称が書かれている。
俺は、その言葉をそのまま読み上げてみた。
「……恐怖の館(イチゴ味)……」
「まったく、あの娘ったら……!」
恐怖の館と銘打っているが、その看板は派手なネオンで装飾されており、どちらかといえば場末のキャバレーとかが似合っていそうだ。
……いや、キャバレーなんか行ったことないんだけどさ。
看板の端には「大丈夫……怖くないよ……!」とか書いてるし。
「あっ、見て佐藤君!入り口の隅っこに、かわいらしいウサギの人形が……!」
「……って、五寸釘で壁に貼り付けにされてるし……」
完全に常軌を逸した建物の外観に俺たちがドン引きしていると、その中から長身の女性が姿を現す。
「ようこそ、多部川学院の生徒の皆さん」
すらりとした清潔感のある女性。
こんな不気味な(というか、訳のわからない)館の主には似つかわしくない、綺麗で理知的な顔立ちだ。
丈の長い白衣も相まって、大学の研究者といわれた方がしっくりくる。
ただし、その切れ長の瞳は、寝不足のせいかどんよりと濁っていた。
「今日は、皆さんにこの館を隅から隅まで体験していただきます。きっと、生涯忘れることのできない思い出になるでしょう。……ふふふ」
「ええと、彼女は私の大学の後輩。酸田裕紀さん。この館の設計者よ」
香田先生の後輩ってことは、やっぱり大学の研究生だったのか。
酸田と呼ばれたその女性は、たった今自分が出てきた入り口を指さしながら、説明を始めた。
「皆さんには、この館を一周してもらって、無事にこの出口から出られればクリアです。ただし……」
一拍の呼吸で間を置く。
「ただし、途中で一度でも悲鳴を上げてしまったら、そこで失格。途中退場はできませんので、自分で出口まで出てきてください」
「なんだ、悲鳴を上げないくらいでいいのかよ」
生徒の誰かがあきれたような声を出す。
確かに、高校三年生ともなれば、そうそう狼狽して声を漏らすこともないだろう。
「ふっふっふ……、そう。声を上げなければいい、ただそれだけよ」
「まさか、中で誰かが襲ってくるなんてことはないわよね?」
「安心してください。間違っても、皆さんに危害を加えるようなまねはしません。少なくとも、物理的な危害はね……」
──心理的なトラウマが残っても保証はしない、といっているようなもんだな。
自信たっぷりといったその表情の裏には、なぜか嗜虐的なものが潜んでいるように感じられる。
「もちろん、何人同時で入っていただいてもかまいませんよ?一人ずつ入っていては日が暮れてしまいますもの」
クックックと、不気味な含み笑いを浮かべる酸田女史。
「さあ、最初に攻略する人は一体誰かしらね?」
「はいっ!」
挑発的な問いかけに、元気よく答えたのは──
「……青蓮院さん……」
「私が行きまーっす!もちろん一人で行くよ」
「よろしい。では、私と先輩──香田先生は別室で皆さんの様子を観察させてもらいます。
準備ができたら、どうぞ」
さて、彼女の挑戦の結果やいかに!?




