表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

73/82

??? 灯火なき街 1

本編の隙間に挟まる、サイドストーリーのような位置付けです。

「今までにない、画期的な教育方法……ねえ」

「そうです、先輩!」


 久しぶりに大学の後輩から連絡があったと思えば、開口一番にこれである。

 多部川学園3年A組担任、香田幸(こうださち)はそのおっとりとした美貌に困惑の表情を浮かべるしかなかった。


酸田(すだ)さん。それが貴女の卒論のテーマなの?」

「そうです、先輩!」


 先ほどと同じく、やたらと熱のこもったハキハキとした口調でそう答える。

 多部川商店街の一角にある喫茶店で熱弁を振るうのは、勝ち気な印象の長身の女性。


 酸田(すだ)裕紀(ゆうき)

 東奥大学教育学部、(さち)の後輩である。


「私の目標は、先輩の卒業論文をさらに進化させ、新しい教育のあり方を模索するというものでした」

「まあ、そう言ってもらえるのは嬉しいけど・・・・・・」


 運ばれてきたシナモンミルクティで唇を潤しながら、(さち)は小首を傾げる。

 聡明な彼女の頭脳を持ってしても、この後の話の展開が予想できなかったからだ。


「先輩の提唱した、超大人数対応型教育システムの斬新さは、確かに素晴らしいものでした。でも、私は先輩の論文に欠けているものがあることに気づいてしまったんです!」


「・・・・・・へえ?」


 (さち)の片眉が跳ね上がる。

 自信作である自身の卒業論文を、面と向かって否定されたのではさすがに面白くない。


「私の理論に欠けてるものって何かしら?」


「それは、"求心力"です!圧倒的大多数の人間を教育するためには、生徒全員を同じ方向に向かせる強い動機付けが必要になります」


「その通り。だからこそ私は、そのヒントを得るためにこの学校を選んだんだもの」


 (さち)が多部川学院に赴任してきたのは決して偶然ではなかった。

 少子高齢化のこの時代ではあるが、子供の数よりももっと深刻に減少しつつあったのが"教師の数"である。


 以前に比べ、教師に求められる質も仕事の量も上がる一方。

 教師の負担は増えるばかり。このじり貧ともいえる現状を打破する策として、(さち)は一人の教師でどれだけ多くの生徒を一斉に指導できるか、その基礎理論を提唱したのだ。


「ところで先輩、人間を最も強く動機付ける感情ってなんだかわかりますか?」

「さて・・・・・・なにかしらねぇ」


 あえて答えをはぐらかした。ようやく結論が見えてきたことと、それをわざわざ口に出すのがはばかられたためだ。

 そんな(さち)の心境に気づかないまま、ぐっと拳を握り天に突き上げる酸田。


「それは、"恐怖"です!古来から、人間は恐怖によって統一され、統治されてきました。その原理原則は、教育の場においても間違いなく有効です!」


「このご時世、そんな恐怖政治がまかり通るわけないでしょうが!」


「そんなことありません!生徒はなぜ宿題をやるのですか?忘れたときに教師に怒られるのが嫌だからです!たった一人の教師を前にしたときに、大勢の生徒はどうしてもその存在を軽んじてしまうものなのです。それを覆すためには、圧倒的な恐怖であのクソガキ共を支配するしかありません!」


 完全に血走った目で力説する酸田。

 その様子に、(さち)はふと閃くものがあった。


「酸田さん、そういえば教育実習の季節だったわね。実習先で何かあったの?」


「全・・・・・・っ然!何にもありませんでしたよ!大勢の生徒たちに囲まれて、素敵な時間を過ごさせていただきましたとも!ええ!」


(絶対に何かあったな)とは思ったが、口には出さなかった。

 酸田のように直情的でわかりやすい女性は、得てして思春期の学生たちの格好の餌食になるものだ。


「とにかく、恐怖で生徒を縛り付けるなんて考え方には賛同しかねるわ。このご時世、そんなことをやってしまえば問題になるもの」


「そんなことはありません。人の欲こそ、千差万別。加えて限りがありません。でも、人が恐怖を感じるものには共通性があります。さらに、人はネガティブな情報により敏感になる生き物です。それを利用すれば、合理的に、倫理的にも生徒たちを支配することができます。それこそが、私の提唱する新しい教育理論──その名も”集団恐育”ですっ”!」


「・・・・・・」


 沈黙を保つ(さち)の様子に、酸田は挑発的な姿勢を見せる。


「実証して見せましょうか?先輩の生徒たちで」

「……なんですって?」


「聞きましたよ?何でも、先輩のクラスにとんでもないラブレターを書きまくってるド変態の生徒がいるらしいじゃないですか。しかも、未だ見つかっていないとか。先輩ともあろうお方が、やっぱり4000人ものクソガキを束ねるのは手に余るってことですか?」


「"ホリック"の正体ならとっくに突き止めてるわよ。それに、彼の文章を読みもしないでそんなことを言うもんじゃないわ!」という言葉をかろうじて飲み込む。

 彼との約束だ。絶対に口外しないと誓ったのだ。


 安い挑発だ。しかし、冷静な(さち)にしては珍しく、その目に怒気が宿っている。


「私の生徒を、クソガキ呼ばわりしたわね?」

「今時の高校生なんて、どこに行っても似たようなものですよ。ネットで見つけた知識を自分のものと勘違いして、人を小馬鹿にすることしか知らないんです」


「・・・・・・教育実習先で何があったかは知らないけど、いいわ。その挑戦、受けて立とうじゃない!貴女の集団恐育とやらで、うちの生徒を意のままに操れるか、やってご覧なさい!」






酸田さんのモデルは二人います

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ