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不良と喧嘩


「ねえ、佐藤くん。さっきのアレ、本当に落ちてたボールを拾っただけ?」

「え?そんなこと言ったっけ?」


「ついさっきのことなのに忘れちゃったの?ひょっとして……」

「そういえば、あれだけホームランを打ったんだから何か景品でももらえたんじゃないかな。ちょっと惜しいことをしたね」


 強引に話を逸らして、会話を軌道修正する。

 もともと口下手なもんで、かなり無茶苦茶な転換になってしまったが、変に気を遣わせるわけにもいかない。


 なに?ボールが飛んでくるのが分かってたんなら、彼女をボールの軌道からどかせばよかったんじゃないかって?

 女性の身体に、しかも彼女に触れるなんて恥ずかしくてできるわけがないだろ!?


 それに、そんな派手なアクションしたら、余計に目立っちゃうじゃないか。

 あの状況なら、素手で受け止めるのが最も静かで、目立たない方法だったんだよ。

 

「なんだか、佐藤くんって不思議。さっきも、全然本気出してないように見えたし」

「冗談でしょ。俺なんかが、あんな剛速球を打てるわけがないって。それよりも、次はどこに行くのかな?」


 肩を竦めて追及をかわす。こういう時は、真っ向から否定するよりもやんわりと話題を逸らす方が摩擦が少なくて済むのだ。


「でも、でも!」


 しかし、彼女は食い下がる。人目もはばからず、大声で唸りを上げている。

 まあ、そのしぐさの目立つったらありゃしない。

 

 こんなところでそんなに騒いだら……。


「お?この通りでこんなに大声出しちゃって、どうしたんだよ?」


 ほら、やっぱり現れた。ていうか、タイミング良すぎだろ。

 えんじ色の派手な学ランは、近所でも有名な不良校──朱久(あけひさ)高校の奴らだ。


 前時代的なヤンキースタイルのファッションで、奇妙なバランスで体を左右に揺らしながらこちらに近づいてくる。

 

 ヤバイヤバイヤバイやばいやばい……!


 心の中で警鐘が鳴りやまない。

 この状況は非常にマズイ!


「おい、まさかこの女……。黒原さん、こいつ多部川の青蓮院ですよ!」

「どうやら、本物みてえだな。いつもは大勢の取り巻き(はべ)らせてっから、気付かなかったぜ」


 完全に予想通りの展開だ。いつもの登下校は大勢の生徒に囲まれてるから手が出せなかったが、隙あればこうやって強引に誘いを賭けようとする輩は大勢いる。

 二人組の不良に絡まれて、普通の女の子なら狼狽えるところだが、彼女は違った。


「お生憎様。今はお二人様よ」


 ベーっと舌を出して、グイっと俺を引き寄せる。

 って!俺の腕に貴女のいろんなところが密着してしまうんですけど!?


 別の意味でヤバいことになりそうだが、問題はそっちではない。

 案の定、周囲から軽いざわめきが聞こえ始める。


「なに?喧嘩か?」

「いいや、ナンパらしいよ」

「一人の女性を巡って、男と男の真剣勝負か」


 やじ馬が周囲に人だかりを作る。

 みんな、()()()()()()()……! 


「そんな地味な男なんて放って、どっか行こうぜ」

「可哀そうに、オレ達に怯えてガッチガチに固まってんじゃんよ」


 お前らが怖いんじゃない!他の人達の視線が怖いんだよ。

 ああ、胃が痛い。汗が止まらない。膝が震える。目の前が真っ暗だ。


「私達、これから行くところがあるの。邪魔しないで頂戴」

「んだとお?」


 強気を崩さない彼女に、不良共が声を荒げる。お前らも、沸点低すぎだろ。

 でも、このままじゃ彼女が危ない。


 動け……動け……!

 硬直した思考の中で、ただそれだけを必死に願い続ける。


 朱久の奴らは、とにかくタチが悪い。カツアゲだけじゃない、傷害事件にまで発展するような派手な喧嘩を繰り返している。

 そんなやつらに、彼女を渡していいわけがない。そんなこと、絶対にダメだ。


 だから、少しでいい。

 頼む……何でもいいから動いてくれ……!


 胃の奥底から絞り出すように、俺はたった一言だけ喋ることができた。


「やめ……ろ……」

「佐藤くん!?」


「んだよ?ビビりの兄ちゃんは引っ込んでろや」

「……」


 不良共の注意がこっちに向く。さらに注目度が増して、プレッシャーも倍増する。

 それでも、目線だけは奴らから逸らさない。


 緊張で指一つ動かせない俺に、今できるのはこれだけだった。

 とにかく、今は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 無言で睨みつけられ続け、やつらの歪んだ人相がより一層不機嫌に染まっていく。

 なんだ……やればできるじゃないか、俺。その気になれば、こんな簡単に目立つことができるのか。


 あとは、どうか俺だけをターゲットにしてくれることを祈るだけだ。


「おもしれえ。朱久の番、この黒原(くろはら) 哲也(てつや)にひたすら黙ってガンとばすなんざ、良い度胸じゃねえか。気が変わったぜ、まずはお前と遊んでやる」


 ──狙い通り!偉いぞお前ら!──


 黒原とか言う、やたらと背の高いガタイのいい男が腕を鳴らしながらこちらに背を向ける。

 いくらなんでも、この公衆の面前でそんな無茶な真似はしないだろう。少々派手に痛めつけて、それでチャラにしてくれるんなら御の字だ。

 とにかく、彼女の安全が第一なんだからな。


 すると、どうやら黒原の舎弟らしい、もう一人が俺の胸ぐらをつかみ上げる。


「マジで気に入っちゃったぜ。このまま()()()()()()でたっぷり可愛がってやるよ」

 

 ──え?今、なんて言った?──


 人気のない所に、連れていってくれるの?

 そいつは、マジで願ったりかなったりだ。


 もう一人の不良が、胸ぐらをさらにグイグイと締めあげながら言葉を続ける。


「あっちに俺たちがよく使う空き地──処刑場があんだよ。ついてきな」


 身体が満足に動かないんで、できればこのまま胸ぐら掴んでつれってくれませんかね?

 "フリーズモード"さえ解ければ、()()を出すことができるからな……。

 

 そんな俺たちの後ろで、意を決したように彼女が叫ぶ。


「佐藤くん!私も一緒に戦う!」


 嫁入り前の女性が、そんな雄々しい発言は控えていただけませんか?

 それに、彼女を巻き込むことになったら、ぞろぞろと野次馬を引き連れていくことになりかねない。そうなってしまえば、俺もいつも通りに動くことができない。


 チラリと視線を彼女に向け、限界ギリギリのところでもう一言だけ絞り出す。


「……ここで待ってて」


「……!」


 必死の形相──野次馬視線の集中砲火で憔悴しただけだけど──に有無を言わさぬ説得力を勝手に感じ取ったのか、彼女はその場に立ち止まってくれた。

 同時に、野次馬の誰かがぼそりと呟くのが聞こえる。


「……渋い」


「オラ!いまさら後悔しても遅えからな!」


 分かったから、早くこの注目地獄から俺を解放してくれ。


「お前らもさっさと散れ!見せもんじゃねえぞ!」

 

 珍しく意見が合いますね。早く人気のないところに行きましょう。

 と言うわけで、俺たち三人は誰の目にもつかない小さな空き地で"決着"を付けることになったのだった。





 ──数分後




「ゴメン、待った?」

「え、早っ!?」


 すっかり野次馬が立ち去ったメインストリートで、約束通り彼女は俺を待ってくれていた。

 怪我一つしていない俺の顔を見て、驚いたように目を見開いている。


「大丈夫?ケガ、してない?」

「うん、大丈夫。さ、行こう」


「ていうか、その……ええと……」


 彼女にしては珍しく言葉を選んでいるようだ。

 無理もないか、あの状況で、まさか数分で何事もなく戻ってくるとは思わないだろうからね。


 何度も言うが、俺は目立つのが嫌いだ。

 だから、目立たないよう、毎日絶え間ない鍛錬を積んでいるのだ。


 ここで一つ質問だ。


 目立たないようにするために自分にできることはたくさんある。周囲に溶け込むように振る舞い、突飛な行動をとらない。

 一方、俺に注意を向けようとしてくる他人に対してできることって、なんだと思う?


 聡明な諸君ならすぐに分かっただろう。

 答えは簡単、相手の()()()()()()()()やればいい。

 相手の意識の外側を動き、首筋に手刀を落とすだけ。今頃二人は処刑場の地面に仲良く転がっているだろう。黒原と言う男も、かなり喧嘩慣れしていたようだったけど、俺みたいに気配を消して不意を突くタイプの相手との経験はなかったみたいだ。


「偶然お巡りさんが通って、あいつら慌てて逃げて行ったんだよ。今日の俺は、運がいいみたいだ」

「そっか、よかったね」


 適当な嘘でも、こんな俺が不良を瞬殺したという真実の方が信じがたい。納得してくれたらしい。

 まったく、やつらが前時代的なヤンキーで本当に良かったよ。




番長 黒原。

ギリギリまで、名前が智司(仮)のままでした。古典的なツッパリ番長です。


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