非公開にしてたのに……!
まさかのタイトル伏線、再度回収です
鼻血が止まらない。
黒原に撃ち抜かれた場所から、ドバドバと鼻血が流れ続けていた。
気絶した佐々木は、その息苦しさのせいですぐに覚醒し、そして目の前に迫っていた自由の、底意意地の悪い笑みにすぐに気づくことになった。
「とういわけで、哲也。テメエの気も晴れただろうから、こっからは俺様のターンだ」
「なにかは知らんが、好きにしろ。そこまでボコった奴を、さらに殴る様な悪趣味な真似はできん」
「俺様だって、そんな可哀そうなことはできねえよ。ほら、これで血を止めな」
佐々木の前にかがみこむと、ティッシュを鼻に詰めて止血する。
(何のつもりだ?これ以上、俺に何をしようって言うんだ?)
優しく介抱する自由の様子を見て、佐々木は逆に恐ろしさを感じていた。
なぜならば、丁寧に止血を施す自由の顔は、カエルのお尻に爆竹を詰めて遊ぶ子どものように純真で、残酷な表情を浮かべていたのだから。
「さて、と……。やっぱりもってやがったか」
血が止まるまでの間、懐をまさぐって何かを抜き取っていく。
今の時代、誰もが一つは持っている。スマホである。
バッチイものを触るような手つきで佐々木の携帯を手に掴むと、ロックの解除を試みる。
「やっぱりパスワードをかけてやがったか。ま、そう来るだろうと思ってたから、わざわざ丁寧に止血をしてやったんだけどな」
スマホのロック解除画面を呼び出し、『顔認証モード』にする。
「最近のスマホは便利だよなあ?パスワードなんか知らなくても、顔さえあればロックが外れるんだから」
言いながら、カメラを佐々木に近づける。しかし──
「ありゃりゃ、エラーが出ちまった。鼻血を止めたくらいじゃダメだったのか。おい哲也!こんなに顔面を変形させるくらい殴るんじゃねえよ!」
「テメエが好きにしろって言ったんだろうが。そもそも、スマホのロックなんか外してどうするつもりなんだ?」
黒原が佐々木の疑問を代弁してくれた。
コイツは、いったい自分のスマホを使って何をしようとしているのか?
「テメエ、訳の分かんねえことしてんじゃ──ゲフ!?」
文句を吐きかけたところを、自由の拳が一閃。たまらず悶絶する。
「仕方ねえなあ。へこんだところを逆から叩いて、元に戻すしかねえか」
「……さっき、もう殴るのは可哀そうとか言ってなかったか?」
呆れ顔の黒原を無視して、自由の整形実験が始まった。
「こっちの左目がへっこんでんな……。右側を殴れば元に戻っかな?うーん、全然うまくいかねえな」
「お、おい……。もうそれくらいにしておいてやれよ」
次々と"整形パンチ"を繰り出していく自由に、次第に黒原の様子も青ざめていった。
しかし、ムキなったのか自由は一向に引かない。
「これでも、俺様は将来医者を目指してんだ。だから、これくらいはできて当たり前なんだよ!」
「だが……。もう流石に原型を止めてねえぞ」
「あ?もともとこいつはこんな顔立ったろうが。ちょっとばかりイケメンに仕上げすぎちまったかな?やっぱり、こっちはへこませておくか!」
「ぼ……ぼうやべてくだざい……」
泣いて懇願する佐々木は一切構わず、何度も何度も拳を打ち込んでいく。
やがて、佐々木の悲鳴すら聞こえなくなったころ、ようやく自由が何かに気づく。
「あ、そうか。指紋認証で解除すりゃよかったわ」
「……おまえ、それ絶対ワザとだろ?」
何はともあれ、念願のロック解除を成し遂げた自由は、佐々木のスマホを暫くいじっていた。
すぐに目的のものを見つけたようで、ニンマリと笑って佐々木の前に座り込む。
「さ、いよいよこっからが本番だ。今までのは俺と哲也の分だったが、こっからはアニキとアネキの分だ。可愛いめぐみんを影ながら応援する会、総勢でテメエにお返しをしてやるぜ」
言いながら、スマホの画面を佐々木に向ける。
アチコチ充血して腫れ上がっていた顔面だが、その画面を見るや否やサッと青ざめる。
「ば……!」
「佐々木郷太。いや、HN"GOHTA"と呼んだ方が良いかな?投稿サイトでも有名な、ファンシー小説の作家。まさか、本人がこんなイカツイオッサンだとはだれも思ってねえだろうな」
「か、返せ!返せ!この野郎……どっから嗅ぎつけやがった!」
どこにそんな元気が残っていたのか、佐々木がスマホを奪い返そうと立ち上がる。
もちろん、自由に足蹴にされて一歩も動けないが……。
「アンタがアニキを呼び出すために送ったメール。あれが良くなかった。アニキはすぐに勘づいたらしいぜ。特徴的な文体とあんたの本名。同じ投稿サイトで活躍する仲間だからな」
「返せ……返せ……!」
自由に完全に自由を奪われていたが、それでも佐々木は抵抗を止めなかった。
そんな姿を見て、黒原の好奇心も次第に刺激されていく。確かに、自分が同じ目に遭ったとしたら噴飯ものの辱めだ。だが、『それ以上の何か』がそこに潜んでいる気がしてならなかったのだ。
「HNが分かったら、後はめぐみんのアネキの出番だ。あっという間に調べはついたぜ」
「よせ……やめろ……!」
絶望的な顔で見上げるが、むしろそれを楽しむように自由は話を続ける。
「ところで、あんたの先代の番長。歴代でも珍しい女番長だったんだってな。名前は、獅童 久美子……。お、ちゃっかり写真まで撮ってやがる。なかなか気合の入った、美人な姉ちゃんじゃねえか」
「やめてくれ……やめてくださいィ……」
黒原も久美子のことはよく覚えていた。
女だてらに不良の巣窟を束ねていた、芯の通った勇ましい女性だった。そして、同じぐらいに美しい人だった。黒原の、憧れでもある。
「で、だ。アンタの投稿履歴を探ってたら、一作だけ非公開になっていた文章を見つけたんだよ」
「なんでもします。なんでもしますからァ……」
踏みつけられた姿勢のまま土下座をするという器用な真似を披露する佐々木。
しかし、それは却って自由を喜ばせるだけだった。
「好きだったんだなあ。そして、その思いの丈を何かに記さずにはいられなかったんだなあ。わかるぜえ、その気持ち。いや、俺様には全然わかんねえけど、世の中にはそういうタイプの奴がいるってのは、身近でずっと見てきたからな」
スマホを操作し、投稿サイトの作品一覧を呼び出す。
いくつもの作品群の中に、確かに一点。"非公開設定"になっているものがあった。
設定を解除し、『投稿』ボタンに指をかける。
しかし、不意に気が変わったように佐々木の前に座りなおす。
「やっぱり、気が変わった」
「まさか……返してくれるのか?」
「そうだな。やっぱり俺が間違ってたぜ。テメエみてえな人間のクズにも触れちゃいけねえ部分がある。特に、恋心なんて言うのは他人がおいそれと口だすのは間違ってるよな」
「そ、そうそう!わかったら早く返して──」
「それに、この文章を読んで俺も感動したぜ。テメエが久美ちゃんにかける思いは本物だ。だから、俺も精一杯応援したくなった。だから──」
「……だから?」
見上げる佐々木に、自由が漆黒の笑みを向ける。
「だから、やっぱり告白は自分の手でやんなきゃだめだよな」
目にもとまらぬ早業で、佐々木の指を『投稿』ボタンに押し付ける。
一瞬の間を置いて、画面に『投稿が完了しました』と表示される。
それを見届けると、今度こそ精魂尽き果てたらしく、佐々木は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
「非公開に……してたのにィ……」
失禁しながら失神する佐々木に、最後にこう吐き捨てる。
「どうだ?見られるってのは快感だろう?」
マイHoney 獅童 久美子 CHANへ☆
今日の君はいつにも増して超キュート!
ボクのハートもズッキュン打ち抜かれちゃったZE
強くてCute、おまけにLovely!
三拍子そろった完璧Lady!
ボクの頭は沸騰寸前さ
ああ、今すぐ君と一緒に夜空のSyawerを浴びに行きたいのに
意地悪な雲がボク達の間の邪魔するなんTE!
ボクの愛するため息で、すべて吹き飛ばして君のもとに飛んでいくYOH
明日も明後日も、ボクはキミのシモベさ!
愛する久美子へ
佐々木郷太
「あー、すっきりした!さ、俺様も大本命の告白劇を見に行くとすっか」
「まったく、エゲつねえことしやがる」
「とかいって、哲也だって投稿サイト見て腹抱えて笑ってたじゃねえか」
「アレを見せられて笑わねえ奴なんかいねえだろ」
長い坂道を登りながら、黒原は自由の背中に追いつく。
本当に、奔放な男だ。
「そうだ。さっきの勝負、俺様も最後の一撃を加えた訳だから、37対37で引き分けだからな!」
「別に構わねえぞ。今度こそ、決着をつけてやる」
「しかし、喧嘩もいい加減に飽きたな。今度は俺様から勝負の提案だ」
「なんだよ?」
「制限時間内に、より多くの女をナンパした方が勝ち、ってのはどうだ?」
「……それも悪くない。だが、そのまえにこの腫れ上がった顔を治すのが先だな」
肩を組んで、二人はゆっくりと最後の舞台に歩いていく。
過去一筆の乗った回です。あと、Syawerはわざとです。
次回、最終回!




