となりの席の金木さん†
「私は、正義くんのことが好き」
一寸たりとも視線を逸らすことなく、金木さんは真っすぐに俺の目を見ている。
躊躇いがちに、一つ一つ言葉を紡ぐ。
「何気ない朝の会話をするときの、控えめで優しい笑顔が好き。
昼休み、誰にも溶け込むことなく、一人で静かに読書をしている横顔が好き。
帰宅の時間、一番目立たないような人混みを必死に探している目が好き。
テストを解き終わってるのに、どこを間違えるべきか本気で悩んでいるときの口元が好き。
体育の時間に誰にもぶつからないように一生懸命に人波をかき分けて避けている姿が好き。……一人だけ、全然別の競技やってるみたいで、見ていて面白かったのよ?」
「……テストの答案を覗いたら、カンニングだよ……」
「うん、そうだね。でも、それくらい好きだった。ずっと、ずっと……隣にいて、あなたを見つめていた。それだけで、本当に幸せだったの」
あまりにも間抜けな俺の反応にも、金木さんは真剣な顔で返事をくれる。目に涙を浮かべ、それでも笑顔を絶やさずに。
そうだった。いつもそうだったんだ。
こんな俺のたわいのない話を、金木さんはいつも真面目に受け止めてくれていた。誰よりも近くで……ずっと……。
「正義くんの症状を聞いて、治してあげるって約束した。でも、本当はそんなことが言いたかったんじゃないの。本当は、人目を怖がって、いつもコソコソしている、そんな正義くんを好きになったって言いたかった。あなたがあなたを嫌いでも、私はそれよりもっと好き。……大好き」
小柄な金木さんから、圧倒的な熱が伝わってくる。
俺の胸を焦がすような、マグマのような熱風だった。
俺の頬を撫でる左手が、小刻みに震えていた。よく見たら、唇も。
どれだけの覚悟で、この言葉を発したのか……。俺は、ただ圧倒されていた。
そして──
俺は、その時になってようやく気付くことができた。
金木さんの想いの強さと。それともう一つ──
「……正義くん……!?」
突如として泣き出した俺を見て、金木さんがギョッとしたような声を上げる。
腹の奥底から湧き出るような涙。これは、感動の涙だった。
「金木さん。君は、本当に凄い人だ……!ありがとう」
「え、ええと……」
告白した相手から全く想定していなかった言葉が返ってきて、戸惑っているのだろう。
それは俺も同じだった。自分の中から湧き上がってくるこの感情を、どう取り扱っていいのか分からないのだから。
でも、俺はこの感情を言葉にせずにはいられなかった。
金木さんの手を握り返す。
「感動してるんだ。初めて知ったから……。こんなにも凄いことだったんだって」
全然知らなかった。人が人に思いを伝える──告白とは、かくも鮮烈で激しく、そして眩いものだったのか……!
俺は、人を好きになるということがどういうことなのか、ようやく理解できた気がした。
そして、ようやく今頃になって理解した。
自分がなぜ涙を流しているのかを。
感動と、そしてもう一つ──
俺は、そのもう一つの理由を伝えなくてはいけない。
「金木さん、ありがとう。こんな俺でも好きでいてくれる人がいたなんて、正直驚いてる。こんな臆病で、どうしようもない俺を……」
今度は、俺が彼女を見つめる番だ。
真剣な思いには、真剣に応える以外の道はない。
不思議だね……。俺は、いつも君の前でなら本音を曝け出せたんだ。
「ありがとう。でも、ゴメン……。俺には、好きな人がいるんだ。そして、それは金木さんじゃない」
「……っ!」
握った手が、可哀そうなくらいに震えるのが分かった。
見つめた瞳の奥から、涙が再びあふれてくる。
でも、もう眼は逸らさない。どんな言葉でも、受け止める。
それが、唯一俺に残された、最後の礼節だと思うから。
「……いつも周囲の機嫌ばかりうかがって、他人に合わせてばかりの娘なのよ?」
「……うん」
「ズケズケとものを言ってるふりして、ただ相手が望んでる言葉を並べているだけの娘なのよ?」
「……そうだね」
「肝心なところでは何も決めず、周囲に流されているだけ」
「……その通りだ」
「人一倍臆病で、大事なことは自分からは言わないし」
「……確かに、そうだった」
「きっと、家に帰ったら毎日のように昼間の自分を思い出して恥ずかしがってるに違いないわ」
「うん。間違いないね」
左手を包み込んだ両手が、今度は金木さんの小さな右手で覆われる。
震える唇で、金木さんが問う。
「ねえ、教えて。彼女の、どこが好きなの?」
──三度、同じ問い──
でも、今なら言える。手でつかめる程に、はっきりと見える。
本当にひどいやつだ、俺は。金木さんに告白されて、初めて自分の想いに気づけたんだから。
「約束する。その質問には、絶対に応える。だから、少しだけ俺に時間を欲しい。金木さんを納得させるだけの答えを、今から書き上げて見せるから」
そう言うと、金木さんは涙を流しながら笑った。
「……バカね!そういう言葉は、普通は告白の返事をする前に言うものよ?振った後に、その理由を待たせるなんて変な人だわ!」
「でも、そういうところも好きなんだけど」と、伏し目がちにそう言われては返す言葉もない。
俺は、本当に馬鹿野郎だった。
「あ~あ、告白なんてするもんじゃないわね。だって、今日だってするつもりなんてなかったのに、正義くんがあんまりひどいことを言うから我慢できなくなっちゃったんだもん」
「ゴメン」
「分かってたの。告白したらこうなるだろうって……だって──」
金木さんは、スッ──と俺の隣に移動した。
彼女の定位置、俺のとなりに。
いつものような、飾らない素敵な笑顔を俺に向け、
「だって、正義くん。いっつも彼女のことばかり見てたもんね。となりで見てたから、分かってたよ!」
ううーん。書いてて辛かった。読んだ感想はいかがでしょうか?
正直、このパートは客観視できてません。




