左頬と右頬、そして──
「オラオラ、ドンドンきやがれ!」
開戦直後、自由は自分から集団の中に飛び込んでいった。
アイツのお決まりのスタイルだ。我が弟は、人目が多い場所で最も力を発揮する性質だからな。
「「げふッ!?」」
「「ブホォ!?」」
「「ガッッッッ!?」」
集団に紛れてしまったのでよく見えないが、二人一対の悲鳴が同時に響いている。
ということは、集団戦における自由の必勝法を存分に振るっているのだろう。
自由の喧嘩のスタイルは、基本的に"ガチ"だ。
もっと突き詰めて言うと、『相手の一番硬い場所に、こっちも一番硬い部分をぶつける』ということになる。そうすることで、相手は最も派手にぶっ飛ぶからだ。
一対一の場合、アイツは自分の拳を顔面に叩き込む。アイツの握りこぶしは、長年打ち固められただけあって石のように固い。
だが、多人数を相手にする場合はそうはいかない。いくら打ち固めていても、何度も殴り続ければ拳の方が先にガタが来る。
だから、弟はもっと確実で、もっと安全で、もっと凶悪な方法を採用したのだ。
まあ、やってることは至ってシンプルだ。相手の硬い部分同士を激突させているだけだからな。
今日のアイツは、まさに絶好調。取り囲んでいた不良共が見る間にその数を減らしていく。
おかげで、アイツの戦いっぷりが良く見えるようになった。
「逃げてんじゃねえぞ、コラ!」
背を向けた不良の頭を鷲掴みにして、そのまま隣の奴の顔面に叩きつける。
「「ゲフャッハー!?」」
珍妙な叫び声をあげて二人同時に悶絶する。
相変わらず、容赦がない。そして、無駄もなければ隙も無い。
多人数の中でも位置取りを自在に変え、敵の攻撃が届かない場所に移動する身のこなし。
そして、相手の頭を掴んだ際に同時に足を引っかけてバランスを崩し、狙った方向に寸分の狂いもなく導いている。
我が弟ながら、恐ろしいセンスである。
え?俺はどうしてるのかって?
ただ見てるだけなのか?って?
そんなわけないだろ。こっちだって、とうの昔にはらわた煮えくりかえってるんだ。
弟が派手にやってくれるもんだから、目立つことなく確実に一人ずつ仕留めていってるさ。
ひっそりと、地味にね。
目標に向かう途中。邪魔な不良が目の前を横切った。
ちょうど良い。こいつも仕留めておくか。
相手の死角を渡り、背後に滑り込む。
この状況なら、背後を取るのなんて簡単だ。
そして、
「……えっ!?」
俺が背後を通り過ぎた直後、何が起きたのか分からないといった様子で自分の手を見つめる不良。
直後──
「いってええええ!」
一瞬おくれて痛みを思い出したのか、その場にうずくまる。
弟と違って、俺のスタイルは合理的だ。
こっちも理屈はシンプル。相手の一番もろい部分をへし折る。
右手の小指を折られたせいで満足に拳も握れずうずくまっているところに、弟に投げ飛ばされた不良が正面衝突する。
うむ、これぞ兄弟ならではの連携プレイって感じだ。
さあ、邪魔するやつはドンドン捻り折っていくぞ!
隙だらけの背後に忍び寄って、だらしなく広げている掌を、もぎ取るように捻り潰す。
普段はこんな物騒なことはしないが、弟が言う通り、こいつらには慈悲も容赦もない。当分の間、悪さができないような体にしてやる。
「なんだ、コイツ。とんでもなく強え!」
「あっという間に半分やられちまったじゃねえか!」
今更づいていももう遅い。多人数がけの時の弟の恐ろしさは、過去何度も見てきている。
といっても、地面に倒れてるうちの1/3は俺がやったんだけどな。
弟が前面に立ち、俺が背後から攻める。この戦法を崩せるものならやってみろ。
そもそも、お前らには俺の存在自体が見えていないのだから、気付きようもないだろうがな。
やがて俺が目標に到達した頃、一人の不良が叫んだ。
「そうだ!女を人質にしろ!こいつは、あの女を助けに来たんだ!」
「あの女を盾にすれば──って、いねえじゃねえか!?」
危ないところだったが、どうにか間に合った。
金木さんは、すでに俺の手で縄を解かれ、一緒に壁の隙間から脱出した後である。
不良共の駆逐なんかよりも、彼女の身の安全の方が100倍も大事だ。
だから、まず俺自身が弟に殴り飛ばされて倉庫の中に侵入し、同時に周囲を囲まれているとデマを流した。
意識を外に向けさせることで金木さんへの注目を外し、同時に乱入してきた自由への援護を始める。
混乱しているうちに最短で金木さんのもとに向かい、束縛を解いて今に至る。
残党は、弟に任せても問題ないだろう。
アイツには『殲滅』の命を与えてある。不良共は、しばらくの間はまともに表を歩くことができない体になっているだろう。
「もう安心だ。どこか痛むところはない?」
着ていた朱久の学ラン──見張りをしていた奴のを奪い取ったのだ──を肩にかけてやり、安全なところまで金木さんを連れて行く。
「え、その声……。まさか、正義クンなの?」
どうやら、俺が誰だか今気づいたらしい。
まあ、髪の毛はオールバックにしてるし、なにより顔面が原形をとどめないほどにボコボコになってるから無理もないか。
見張りの不良に変装していることがバレない様にするためと、自分への罰として、弟に頼んで念入りに変形させたのだ。
「ゴメン、俺のせいでこんな危険な目に遭わせて」
「──助けに、来てくれたんだね」
緊張の糸が切れたようだ。体が震え、目から涙があふれだしている。
当然だよね。あんな目に遭ったんだ。
「本当に……ゴメン」
「……そんなことない!もともとは夜中にあんな人気のないとこを歩いていた私が悪いの。正義くんは、二度も私を助けてくれた……謝るようなことはしてない!」
「でも、俺は……俺が許せない」
顔面を腫らしたくらいでは気が済まない。
こんな間抜けで愚かな俺を……許せるわけがない。できることなら、今すぐ消えてしまいたい。
「一体、どうやって君に詫びたらいいか、見当もつかないんだ。でも、もう二度と君の前には姿を見せない。それだけは約束する」
今、俺が思いつくのはこの程度だった。
俺に関わったせいで、こんな目に遭ったのだ。きっと、俺の顔を見る度にあの恐怖の記憶を思い出すに違いない。だから、せめてそうならないように俺が姿を消すのが最善なんだ。
だが──
「この……バカ!!!!!」
視界が歪むほどの強烈なビンタが炸裂した。
──金木さん。今のは効いたよ。下手すりゃ、弟の拳よりも破壊力があったかもしれない。
「か、金木さ──」
「この鈍感男!!!!!」
俺が口をはさむ間もなく、左頬を音速で通り過ぎたビンタが、今度は光速で右頬に帰還する。
やべえ、本当に意識が飛ぶ……。
「私の前から姿を消す!?いくら目立ちたくないからって、本当にそんなことをしてどうするの!私は、そんなことされてもちっとも嬉しくない!!だって──」
ビンタを繰り出すために俺の胸ぐらをつかんでいた左手が、その言葉と同時に解けて俺の顔を撫でる。
涙で濡れた瞳は、金木さん史上最も明確な意思を宿し、そして、その視線は俺を金縛りにした。
焼けつくような吐息と共に、思いを吐き出す。
「だって──私は、あなたが好きなの!」
たぶん、あと三話くらいで終わるはずです。




