くだんの日††††
「ねえ、自由くん。今日はどこに行こうか?」
「カラオケ?いい個室のある店、知ってるよ?」
「それとも……よかったら、私の家に来ない?」
夕暮れの商店街を、数人の女子に囲まれて歩く自由。
彼にしてみればいつものことであった。周囲の男どもからの嫉妬や羨望の眼差しも、他の女性からの好奇の目線も、どちらも等しく彼を高揚させてくれた。
最近は、厄介な不良と喧嘩することが多いせいで生傷が絶えないが、それですらサマになってしまうのは彼の持って生まれた才能だろう。
とにかく、全てが絵になるのだ。
「さて、今日はどうしようか……ね……」
喜色満面の笑みを浮かべていた自由の表情に、急に緊張の色が走る。
周囲にいた女子たちが慌てるほどの豹変ぶりだ。
「ど、どうしたの?自由くん」
「そんな怖い顔しちゃって……」
心配する声が耳に入っていないようで、ストリートの向こう側のただ一点を凝視している。
そこに立っているのは、一人の男子生徒。猫背で前髪が長く、分厚い眼鏡をかけている。どこにでもいそうな、地味な学生だった。
自由はピタリと歩みを止めると、低く抑えた声音で周囲の女生徒たちにこう警告した。
「おい、悪いことは言わねえから、今すぐ帰れ」
「え……?」
いつもならば「そんなこと言わないで、もっと遊ぼうよ」と食い下がるところだったが、有無を言わさぬ自由の気配に言葉が続かず立ち尽くす。
「ついて来たけりゃ好きにしていいが、その代わり、もっとおっかねえモンを見ることになるぜ」
返事を待たずに、その地味な学生のもとに歩み寄っていく。
いつもの奔放な姿からは程遠い。まるで時限爆弾に近づく様な慎重さだ。
遠目ですぐに分かった。世界で一番尊敬している兄が、今まで見たことがない程にキレている。
「……どうした。アニキ」
「お前か……自由」
返事をしながらこちらを見やる。
背筋がゾク……と震えた。他人の視線にあれだけ怯えている兄が、他人を射殺せそうなほどの視線をこちらに向けてくる。
「なにがあったんだよ」
「……こいつを見てみろ」
無造作に放られた兄のスマホ。
開かれていたのは、一通のメールだった。
──拝啓、佐藤 正義クンへ☆
ようやく連絡がつながったNE!
アチコチ探したのに、全然見つからないんだモン( ゜Д゜)
キミが隠れてばっかりだKARA、こっちも色々溜まっちゃった(>_<)
仕方ないKARA、可愛い白衣の天使にたっぷり慰めてもらうZE!
追伸☆彡
逃げたら、もっとひどい目に遭わせちゃうYOH!
商店街の外れの倉庫DE待ってる輪!
朱久高校 佐々木 郷太
「こいつは……随分と悪趣味な野郎だぜ」
吐き捨てるように呟き、兄にスマホを返す。
添付されていた写真には、後ろ手に縛られためぐみの様子が映されていた。
「どうする、アニキ……って、決まってるよな」
「行くぞ、自由。手を貸せ。」
幽鬼のように危ういオーラを放つ兄。対照的に弟は嬉々として戦闘準備モードに移行していた。
「女の子にこんな仕打ちをする奴に、容赦する必要はねえよな」
「……ああ。全員に地獄を見せてやる。だが、その前に自由。お前に頼みがある」
「あ?別に準備運動なんて必要ねえだろ。こんなクズども相手に武器なんて持ってくのもダセえし。何のつもりだ?」
「とにかく、今すぐこの場で、全力で俺を殴れ」
数刻前。
使われなくなった廃倉庫。朱久のたまり場の一つであった埃臭い建物の中にめぐみは捕らえられていた。
周囲を無数の不良に囲まれても、めぐみは気丈にも泣き出すことなく恐怖に耐えていた。
「いいか、コイツには指一本触れるなよ」
ここに運び込んだ直後に佐々木はこう厳命した。
いつもの彼のやり口を知っている不良たちは、意外そうにその理由を尋ねる。
すると、
「あのクソ野郎──佐藤の目の前でヤってやるんだよ。ボコボコにして身動きできねえ野郎の目の前でな」
ニイっと、亀裂のような笑みを浮かべる。
「野郎に最高の屈辱を味あわせるには、この女にも最高の声で鳴いてもらう必要があるからなァ。やり疲れて声も出ねえってんじゃつまらねえだろ」
あまりの趣味の悪さに、後輩たちも声を失っていた。
凶悪さで言えば、長い朱久の歴史の中でも最悪と言われた男。その理由を知った気がしたのだ。
脅迫文を送っためぐみのスマホを片手で弄び、笑う。
「便利な時代だよなあ。こうやって後ろ手に縛っちまえば、顔認証で簡単にロックなんてハズレんだァ。おかげで、愛しの正義くんの連絡先もバッチリ分かったしよ」
カメラを起動し、先ほどと同じようにめぐみにレンズを向ける。
気丈なめぐみは、こんな状況にあっても泣き叫ぶことなく、佐々木を睨み返していた。
そんなめぐみの様子を見て、佐々木はより一層いやらしい笑みを浮かべる。
「いい表情じゃねえの。その強気な表情が、どれだけ堕ちるのか、今から楽しみだぜェ。ひょっとして、病み付きになったりしてな。これだけ大勢に、しかも愛しのダーリンの目の前でやられちまうんだからよ。どうだ、見られるってのは快感だろォ?」
嗜虐的な笑みは、スマホの画面をのぞき込むと若干の曇りを見せた。
スマホのカメラの解像度に、不満を覚えたらしい。
「せっかくだ。なんどでも楽しめるように、高画質でとっとかなきゃな。ちっと、家にカメラ取りに行ってくるから、その間に奴が来たらしっかり締めとけよ」
そう言うと、佐々木は鼻歌混じりに倉庫を後にした。
残された後輩たちは、落ち着かないそぶりでしきりにめぐみの方に視線を走らせる。
「おい、どうするよ、コレ」
「んなこと言ったって、手出したら佐々木先輩に何されっか分かんねえんだぞ」
「しかし、こんな可愛い女を目の前にしてお預けってのもな……」
「……」
不良という存在は、基本的に狩人と同じである。
金も女も、他人からまきあげるものだ。より強い存在に抑え込まれていなければ、その本性がムクリと顔を覗かせるのである。
「そもそも黒原さんは、こう言うの大嫌いだったからな」
「街中で女に声はかけるのも、どっちかって言うと男の方に喧嘩売るのが目的だったからな」
「……」
再び沈黙が倉庫の中を漂う。
そして、またたわいもない方向に話題がずれ、その度に沈黙がくだらない会話を覆い隠す。
そんなことを何度も繰り返すうちに、全員の脳裏に「まあ、何とかなるか」という、訳の分からない言い訳が成立していった。
つまりは、徐々に見たくないものから目を逸らし、やりたいことにだけ目が向くように自分たちを仕向けたのだ。
「というわけで、そんなに派手にはしねえから、佐々木先輩には黙ってろよな」
「優しくしてやるから。安心しろって」
なにが「というわけで」なのか。自分勝手な理屈をこねて、次第にめぐみとの距離を詰めていく不良たち。
さすがのめぐみも、恐怖で顔が引きつっていた。目を閉じ、迫りくる現実から逃れようとする。
先頭の不良が、彼女の腕に触れようとしたその時だった。
「てめえ!ここがどこだか分かってんのか!?朱久の縄張りだぞ!」
倉庫の入り口から、声が響く。
「いい度胸してんじゃねえか!かかってきやが──がはっ!?」
入口を見張っていた不良ごと、豪快に扉を蹴破って誰かが中に入ってくる。
吹き飛ばされた見張りの生徒は、いつの間にやられたのか、顔が識別できないほどに顔面を腫らしている。
「気を付けろ!囲まれてるぞ!」
見張りの警告に、倉庫内が一気に緊張感に包まれる。
倉庫とはいえ、古びたせいであちこちの壁に穴が開いていた。不良たちは、どこから襲いかかられても良いように意識を外に向ける。
だが、実際に彼らの視界に入ったのはたった一人。入口を蹴破って入ってきた、長身の学生だけだった。
端正な顔立ちを怒りと喜びに染め、鬼神のオーラを隠すこともせず、堂々と不良たちの前に姿を見せる。
腕を鳴らし、佐藤 自由は朗々と死刑宣告を読み上げる。
「めぐみんを影ながら応援する会、会員番号永久欠番の俺様が、直々に正義の鉄槌を下しに来てやったぜ。覚悟も後悔もする必要はねえぞ。こっちには、一切の容赦も慈悲もねえからよ!」
まさに、血祭が始まります




