推理と直感†
──正義とめぐみのデートとほぼ同時刻。
「おまたせ……しました」
「いいえ、とんでもない。私こそ、貴重な課外授業期間にごめんなさいね」
喫茶店に入ってきた琴音に、かおるは丁重に礼をして席を空けた。
さんざん悩んだ挙句、金木かおるがとった戦法は至ってシンプルなものだった。
初めは"エド"のアカウントを乗っ取り、そこから"ホリック"を呼び出すように連絡する方法も考えた。
しかし、そこまでやるにはかおるの実力は足りておらず、下手をすればその時点でセキュリティ部にバレてしまう。
琴音をうまく誘導して"ホリック"に直接会わせるように仕向けるプランは、金曜日の夜に見事に霧散した。
直接琴音に会ってみて、かおるは一目で琴音の観察眼の鋭さを見抜いた。
下手な嘘はバレる。故に、作戦を練り直す時間を持ち、改めて月曜日に会う約束を取り付けたのだ。
「正直に言います。私は、HN"ホリック"と呼ばれる人物にどうしてもコンタクトを取りたい。そんな折、"ホリック"と唯一コンタクトを取れるHNの存在に気づいたの。それが、貴女」
「……」
かおるの説明に、琴音は黙って頷く。
琴音は、かおるが正直に本心を話していることがよく分かっていた。
「妹から聞いたわ。クラスのみんなに"ホリック"を探し出すと宣言したそうじゃない。私の疑問はそこなの。どうして、そんな回りくどいことを?」
「……知られたくないんです。"ホリック"に、エドワード=ノイズが私であることを」
「何故?」という問いは、無言で首を振る琴音を突き動かすには力不足だったらしい。
代わりに、かおるはこんな問いかけを続けた。
「"ホリック"の好意を、どう受け止めているの?」
「とても驚きました。御存じかもしれませんが、私は"ホリック"の──大ファンでしたから」
「……そう」
そこまで聞き終えて、かおるの脳裏に瞬時にいくつかの仮説が浮かび上がった。
一つ目、琴音は作家としての"ホリック"は好きだが、異性として告白されたことに嫌悪感を抱いている。
これならば"エド"が琴音だと名乗り出ない理由に説明がつく。作品のファンであり続けたければ、あくまで琴音として"ホリック"に返事をしなければならない。
しかし──
(この仮説は棄却、あるいは望み薄だわ。琴音としてお断りするだけなら、クラスメイト全員に向けて"NO"と言えば済むことですもの)
公衆の面前で振られる"ホリック"の気持ちを考慮した、という可能性は捨てきれない。
こうして面と向かって会話してみると、事前に妹から聞いていた印象と随分違ってみえる。かなり繊細で、人の性格の機微を察することができる娘だ。
(となると、翻って逆の仮説が有力になるわね。つまり、彼女は"ホリック"の告白を好意的に捉えている)
だが、二つ目の仮説は最初に自分で発した疑問と真正面からぶつかることになる。
両思いが分かっていて、どうしてそれを黙っていなければならない?
(まさか……)
かおるの脳裏に、瞬時に新たな仮説が浮かび上がってきた。
仮説の検証は簡単だ。本人に直接問えばいい。偽らず、本心で語ると覚悟を決めたばかりなのだから。
「手紙がイタズラである可能性を、疑ってるの?"ホリック"の本心を測りかねている……と。もしくは、他に気になる男子でもいるの?」
なんと嘘の下手な娘だろうか。
ビクッと背筋を震わせる琴音を見て、かおるはむしろ感動すら覚えていた。そして、想像以上に繊細な彼女の悩みを察して、優しいため息をつく。
泣きそうな笑顔で、琴音は本音を吐露する。
「……正解です。私、他人が自分のことをどう思っているのかよく分からなくなる時があって……」
「感受性が強すぎると、そういうこともあるのかもしれないわね」
事情は、かおるが想像していた以上に複雑で、しかし単純だった。
(おかげで、"方針"は決まったわね)
"ホリック"にたどり着くには、この拗れに拗れまくった糸を解くしかない。
そうすれば、自然と彼女の前に"ホリック"は姿を現すだろう。
大人の女性として、ここはひとつアドバイスをしてやればいい。
とはいっても、してやれることはそんなにない。アドバイスとは言うが、内容も単純極まりないのだから。
「青蓮院さん。あまり複雑に考えすぎない方が良いわ。こういう時は、素直に攻めるに限る。貴女もそっちの方が得意なはずでしょ」
「それって、どういうことですか?」
かおるは肩の力を抜き、優しく微笑んだ。
「聞いてみればいいの。答えが返ってくるまで、何度でも。相手からの言葉が真実だと、信じられるまで」
まったく、10年に一度の作家の卵を探しているつもりが、どうして高校生の恋愛に首を突っ込む羽目になったのやら。
そういえば、妹も最近やたらと色気づいてきている。えてして、高校3年生とはそんなものなのかもしれない。
過ぎた日を思い返しながら、かおるは琴音に別れを告げた。
もしも"ホリック"に連絡がつくことがあれば、その時は一報欲しいと添えて。
しかし──
このアドバイスが、琴音の周囲を今度こそ徹底的にかき乱すことになるとは、かおる自身も想像すらしていないのだった。
2話連続でフラグ立てました。さあ、いよいよラストスパートです。




