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番長と真相



「クソっ!俺ァいったい何やってんだよ!」


 商店街を歩く黒原は、全身から怒りのオーラを漂わせていた。おかげで、夕暮れの書き入れ時にも拘らず、黒原の半径10メートルにはだれも近寄ってこない。

 訳の分からぬ怒りで身を焼きながら、ズンズンと当てもなく歩いていく。


「黒原さん、待ってください!」


 黒原の子分であるリーゼントの不良だけが、黒原の怒りの結界の中に入り込んできた。

 顔を引きつらせながら、黒原の後ろに追いつく。


「なんだ、ついてきたのかよ……。そういえば、わき腹は大丈夫か?さっき、随分とイカツイのもらってたみてえだが」

「佐々木さん、ほんとマジで容赦ねえっスね。でも、黒原さんのやつに比べれば、何てことねえっス」


 痛むわき腹を抑えながら、強気に笑う。

 リーゼントは何も言わないが、彼がここにいる意味を、黒原はよく心得ていた。


「他の奴らは……。みんな()()()のか」

「どいつもこいつも、意地も義理もねえ奴らばっかっス」


 そうは言うが、佐々木の悪評を知らぬ生徒はいない。

 黒原を歴代最強の番長と評する声もあるが、佐々木を歴代最恐の番長とすることに異論のある生徒はいない。

 逆らえば、どうなるかわかったものではないのだ。


「それで、黒原さんはどうするんすか?」

「……」


 リーゼントに問われて、黒原はようやく自分が置かれている状況を把握した。

 先ほどの一幕で、すでに校内に自分の立ち位置はない。言い換えれば、黒原は自由の身になったのだ。

 もはや、朱久のメンツだとか、番長としての立場を考える必要もない。


 しばらく瞑目した後に、ゆっくりと目を開ける。


「アイツは……あの野郎は……」

「……」


 黒原が誰のことを指しているのか、すぐに分かった。


「本当に、楽しそうに喧嘩する奴だよな」

「そうでしたね……」


 多部川の『佐藤』──佐藤(さとう) 自由(カオス)とは、校門での初戦以来何度も死闘を繰り広げていた。

 黒原は自分を、朱久で最も好戦的な男だと自負していたが、自由(カオス)はそのさらに上をいっていた。


「なんだかムラっ気のあるやつだよな。鬼のように強いこともあれば、てんで駄目なこともあった」

「俺の見立ててでは、黒原さんの四勝二敗ですかね。特に、最近の路地裏での喧嘩じゃかなり一方的でしたもんね」


「でも、それでも膝だけはつかなかった」

「……」


 リーゼントの贔屓(ひいき)目の星取はとりあえず聞き流し、最後の喧嘩を思い出していた。

 あと一歩のところまで追いつめたと思ったのだが、相手は最後まで膝をつくことなく立っていた。


 「膝をつくなんてダセえを事は、死んでもやらねえ」と、血だらけの顔でそんなことを言っていた。

 プライドの塊のような男なのだ。


「ダセえってのは……ダセえよな」

「黒原さん、なに当たり前のこと言ってんすか」


「そうだ、当たり前のことなんだよ」

「……黒原さん?」


 そう、迷う必要などはなかった。

 黒原は、リーゼントに笑いかける。無骨なこの男が笑うなど、滅多にないことだった。


「俺は、この世で嫌いなものが二つある。俺より強いやつと、女にもてるチャラい男だ」

「ハハハ、ちげえねえっス」


「とりあえず、あのツラへこまして二度と女にモテねえようにした挙句、「調子に乗ってすいませんでした」と謝らせねえとな」

「ついていきますよ」


 リーゼントは知っていた。

 その"チャラい男"と喧嘩する時、黒原もまた楽しげに笑っていたのだ。





 一方、編集部のデスク。


「あ、先輩。お疲れ様です」


 編集長に呼び出されていた先輩をねぎらうのは、隣の席の金木かおる──金木めぐみの姉であった。

 今年入社。ようやく仕事を覚えてきたばかりのド新人である。


「なんか、今日の編集長、気合入ってましたね」

「ああ、俺もあんなに作家に入れ込んでる編集長は初めて見るよ。どうやら、今回の獲物は想像以上の大物らしい」


 かおるはすぐに視線をPCのモニタに戻し、何やら膨大なデータを洗っているらしかった。

 心ここにあらずと言った様子で先輩との会話を続けている。


「しかし、"ホリック"が通ってるのって、あの多部川学院だろ?生徒数約4万人の超マンモス校の中から、たった一人の生徒を探し出すなんてどうやりゃいいんだよ」

「……これなんてどうでしょう?」


 あらかじめ用意していたようで、かおるは手際よく机の脇から一枚の紙きれを手渡す。

 何やら、学校行事の参加要項が書かれていた。


「なになに……多部ログ?こんな妙なイベントをやってたのか、多部川は」

「妹が通ってるんで教えてもらったんですけど、地元じゃけっこう有名な学校行事らしいですよ」


「それで、これがどうかしたのか?」

「鈍いですねえ、先輩。対象は3年生。()()青蓮院を含む全員が参加してるんですよ?しかも、()()()()()()()投稿してるんです」


 そこまで説明して、ようやく先輩はピンと来たようだ。

 

「そうか!ほぼ間違いなく、このイベントにも"ホリック"は参加している。参加しているってことは、何かしらの記事を書いてるってことだ!」


 こうしちゃいられない、と、先輩は大慌て手で外回りに出かけた。おそらく、多部川に直接出向いたのだろう。

 

「はてさて、出向いたはいいけどどうするつもりなんでしょうか?3年生だけとはいえ、1万2千人もいるんですよ?そんな膨大なレビュー記事の中から、どうやって"ホリック"を絞り出すつもりなんでしょうかね」


 そして、二人は知る由もないが、その戦法はすでにクラスメイトの近藤司の手によって見事に失敗させられていた。第3稿が間近に迫っているとはいえ、同じ過ちを繰り返すのは目に見えていた。


「ま、とにかく今は外回りに出てくれれば何でもいいですけどね」


 独り言を続けながら、かおるは黙々とPCを操作し続ける。

 多部ログのことを知らせたのは、隣の席に座る先輩に、万が一にでも今いじっているデータをのぞき見されなくなかったからだ。


「よし、どうにか入りこめたわ」


 かおるは、webセキュリティ部のデータにアクセスしていた。

 編集長の「どんな手を使っても構わん!」という言葉に真っ先に反応し、すぐさまPCでハッキングを仕掛けたのだ。


「とはいえ、そもそものセキュリティが高すぎて自閉モードの個人情報には到底アクセスできそうにないわね。ていうか、これ。セキュリティ部の連中自身もアクセスの方法が分からないんじゃないでしょうね」


 そう疑いたくなるほどのガードの高さであった。

 だが、それで諦めるかおるではない。彼女の狙いは別にあったのだ。


「たとえ"ホリック"本人にアクセスできなくても……。"ホリック"に()()()()()()()()にアクセスできれば……!」


 かおるが探っていたのは、自閉モードに入る前の"ホリック"の行動だった。その頃であれば、まだ"ホリック"にアクセスできていた人間がいるかもしれない。


「どれどれ……。やだ、この人。あのラブレターを公開する前は超ド底辺の作家だったのね。全然PVがついてないじゃない。『雪の残り香』?地味なタイトルだわ」


 PVもポイントもついていない長編小説など読む気にもなれない。同時に、こんな底辺時代の"ホリック"にアクセスしようとしていた人間がいるとも思えなかった。

 ダメもとでアクセスの履歴を追ってみる。すると──


「やった、ビンゴ!」


 思わず歓声を上げてしまう。運良く周囲の人間に届いてはいなかったらしい。隣の先輩を追い出しておいて本当に良かった。


「これまたすごいわね。全部の話に丁寧に感想を付けてる熱心なファンが一人。世の中物好きがいるもんだわ。なになに、HNはエドワード=ノイズ」


 吸い込まれるように、これまでのアクセス履歴とそのデータ量に目を走らせる。

 どんなやり取りがあったかまではアクセスできなかったが、最も重要なのはそこではない。


「ひょっとして、こっちなら……」


 恐る恐る、エドワード=ノイズのセキュリティ・コードにアクセスする。すると、そこにはかおるの予想通りの表記があった。


「やっぱり、こっちは情報のガードが甘い。登録情報が引き出せる……!」


 今、この世界中で"ホリック"に直接アクセスできる唯一の人物。その人を通じれば、"ホリック"にコンタクトを取ることができる……!


 胸が高鳴るのを必死で抑え、エドワード=ノイズの登録情報を引き出す。

 まさしく、値千金の情報だ。


 クリックして、登録者名を呼び出す。

 すると──





「……え?」

 

 そこに書かれていた名前を見て、かおるはキツネにつままれたような表情を浮かべた。

 何かの冗談か?それともセキュリティ部の手の込んだいたずらか?あるいは本当に妖怪に化かされてしまったのだろうか?

 

 念のために一度目を閉じて深呼吸する。

 PCの画面から目を離し、手元にある、印刷された"ホリック"のラブレターに目を落とす。


 どの作品も、決まってタイトルは同じ。

 "ホリック"の意中の女性の名前が記されていた。


 すなわち──拝啓、青蓮院(しょうれんいん) 琴音(ことね)様──


 再び目線をPCモニタに戻す。

 そこには、やはり()()()()()()()()が並んでいた。


「これは……一体どういうことなの?このことを、"ホリック"本人は知らされてない?そして、()()()()()()()()()()()()()の?」


 考えても答えが出る気がしなかった。一つだけはっきりしていることがあるとしたら、それは()()()()()会っ()()確かめるしかないということだ。




かおる「大変だわ!急いでこのことをみんなに知らせないと……きゃあっ!?」

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